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氷雪の華

 しょせん、自分たちはまがい物。

 兎獣人の衝動はあくまで兎獣人のもの。混血によって受け継ごうと、いくら相性が良かろうと、自分たちには魂の改竄まで届いた種族ではない。

 だから、ああはならない。


「あの少女に助言したのは間違いだったな」


 霜に覆われた生首を掠める。紫電と共に駆ける。

 自身の限界以上の速度で走る。この状態はとにかく制御しにくい。全力で体勢を維持しそのまま真っ直ぐに標的へと向かう。

 貫くように衝突する。


 同じ紫電を纏う、ドワーフと組み合っていた獣人が吹き飛んだ。おそらく貴重なのだろう遺跡の壁へ突っ込み粉々にする。



「無事か、ワプナン?」



 喉に爪を添えながら質問する。

 さっき一瞬だけ見たところ死人は一人だけ、しかも下手人は彼ではなさそうだが、こうなるまでになにがあったのか分からない。別の場所で大量の死体が転がっている可能性もある。


「さ、さっきまでは……」

「よし正気を戻したな」

「殴られる一瞬前には戻ってたが……」


 そう言って血を吐くワプナン。そうかすでに戻った後だったか。それは申し訳ないことをした。まあ肋骨くらい折れたかもしれないが、戦士なら大丈夫だろう。

 たしかにこれは怒りも忘れる光景だ。


「で、どういう状況だ?」

「オレとアイツが戦って、勝ったら矢で射られて、記憶トンで……気づいたら、こうなってたっす」

「怒りの原因が死んだのだな」


 おそらく衝動解除のきっかけはそれだけではない。その相手を処刑した者の姿も大きいだろう。

 氷の剣だった。

 その兎獣人の両の手は長大な剣と化し、周囲を凍り付かせている。首を切り落とされた死体は立ったまま凍り付き、倒れることすらできず彫像にされていた。


 その周囲を囲む兎獣人は弓を構えたまま、どうすれば良いのか分からず固まっている。冒険者たちも同じ様子だ。

 誰もがその姿を前に困惑していた。どうするべきか迷っていた。

 舌打ちする。なにを迷うことがある。あれはどう見ても普通じゃない。虎獣人の衝動による紫電など、あれに比べれば児戯にも等しい。


 放たれる魔力が違う。汲み上げられる殺意が違う。あれは魂から直接魔力を吸い上げるような無茶ですらない。改竄された不安定な魂に怒りの衝動で穴を空け、抜けた底から汲み上げている。

 なにも無いはずの場所から魔力を引っ張っている。

 つまり世界の法則を壊しているのだ。創世の神々への叛逆に他ならない。


 あんなもの、魔物という枠にすら収まらない。



「逃げろ!」



 大声で伝えてやる。それと同時に、再度剣が振るわれる。

 氷雪の華が咲く。






 気分がスッキリしていた。清々しいほどだ。

 ここまで爽快な心地は久しぶりだ。サノの名を得てから後はなかった気がする。ずっと難事続きだったから、胸が空く思いをすることがなかった。

 ただ、寒い。凍えそうだ。身体が凍っているのではないか。現に両の手は氷で固まって剣になっている。


「寒い」


 空気が凍てついている。けれどこの冷たさは気温ではなく、自分の身体から発されていているのが分かった。

 身体の芯がすごく冷たい。まるで雪解け水の川に落ちたよう。骨に触れただけで凍傷になりそうだ。

 寒くて、寒くて、助けを求めようとして、周囲を見回す。


 みなが自分を囲んで、こちらへ武器を向けていた。


「ああ。そういえば」


 自分は、怒っていたのだったか。


「大丈夫。自分は冷静だ」


 だってこんなに寒いのだから。


 よし、一つずつ整理しよう。あまりに寒すぎて頭がうまく働かないが頑張ろう。

 冒険者たちはいい。彼らは悪くない。いや、そもそも彼らが遺跡を攻略しようとしたせいだったか。けれど彼らには蟻退治の恩がある。だからキリネ君の救出を協力しにきた。

 カラトア神官もいい。彼女は良くしてくれた。前里長や老人衆を説得できなかったことは残念だったが、彼らの気難しさは折り紙付きだ。

 虎獣人たちはどうだろう。先ほど一人増えたようだが、彼らは彼らの国を守ろうとしただけだろう。なにも悪いことはない。特にあの若い戦士は自分を決闘で下しているのだ。文句などあろうはずがない。

 では、兎人族はどうか。


「氷よ」


 力の使い方はなんとなく分かった。まあ多少間違えていても、何人か死ぬくらいだろう。

 逃げろ、と声が聞こえたけれど、逃がすわけがない。剣を振る。

 夜の空に氷雪の華が咲いた。


 月光を受け青白く輝いているが、花弁の造形が夏のものなのはなぜだろう。自分はついぞ花を美しいと思った事はないが、あれは誰かが好きだと言っていたような気がする。

 それは本当にどうでもいい、誰としたのかも覚えていない雑談だったのだろう。けれどこんな形で出現するのならもしかしたら、自分の中でそれは大事なものだったのかもしれない。


「落ちろ」


 夜空に咲き誇るあの花の、周囲の空気を冷気で固めて圧し潰すイメージでどうか。

 そう考えながら、命令する。その場にいた兎獣人たちが一斉に膝をついた。中には弓を折ってしまうほどに勢いよく屈した者たちもいた。

 こんな感じか。とりあえず兎獣人は全員拘束したな。―――いや、一人逃がしたか。


 危険を察知し、大きく退避した兎獣人へ視線を向ける。やはりテテニーだ。ほかのボンクラどもにあの動きはできまい。

 彼女はいい。里より冒険者寄りだ。むしろ最初に対象に入れてしまったのは自分の落ち度だな。寒くて頭が芯から冷たくて、どうにも深い思考ができないから間違えてしまった。後で謝っておこうか。

 でも、どうして。テテニーは自分に弓を向けているのか。冒険者たちはなぜ武器を手にしてこちらを向いているのか。


「サノ」


 どうして。


「落ち着いて、止まってください」


 カラトア神官は、自分にあんなに険しい目を向けているのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに最新話に追いついてしまった、、気になるよぉぉお サノが元の姿に戻れるといいな。一先ず理性は完全には失ってはいなそう。
2024/07/13 11:30 目のないぶたさん
[一言] もしかしてキリネのあれって、今のサノと同じ事をしてる?
[一言] 決闘を汚した自身の父はともかく、すでに自分の士族に刃を向けてしまったが、ここからもどれるのか否か……
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