覚醒
夜闇に右腕が飛んだ。
月よりも地上の雷光が、放物線を描くそれを明るく照らす。自分は地面に倒れながら眺めることしかできなかった。
「止まれ、兎人族の勇士たちよ! 先の戦いは神聖なる決闘だった! 見届けた者として、結果を汚す行いは見過ごすわけにはいかぬ!」
冒険者たちのリーダー、緑髪の男が普段の余裕ある姿勢をかなぐり捨てて呼びかける。その槍先は虎獣人ではなく、我らの仲間たちに向けられていた。
「ぬぅぅううああああああ!」
ドワーフが真っ向から雷纏う虎獣人を止めている。
バチバチと雷が金属鎧を弾いていた。けれど神聖魔術の守護かドワーフの種族特性であまり効いていないのか、あるいは単に耐えているだけなのか、一歩も引かない。
彼は武器を手にしていなかった。岩のような体躯と膂力で、変貌したワプナンとがっちり組み合って止めている。あの兎獣人では持ち上げることもままならないハルバードは、いまだ彼の背にあった。
魔物化した虎獣人よりも、兎獣人へと武器を向けているのだ。これ以上に明確な事実はないだろう。
彼らは非が兎人族にあると判断している。この状況下で命を賭けてでも、正しい結果を守らんとしてくれている。
ああ……本当に自分たちは、なにをやっているのだろうか。
いったいなんなのだろうか。
自問に対して答えなど見つからぬまま、カラトア神官の治癒魔術が完成した。身体の痛みが引く。傷が癒える。戦って負けた証すら失せた気がした。
「サノ、大丈夫ですか?」
「……ありがとうございます、カラトア神官」
礼を言ったけれど、感謝よりも喪失感の方が大きかった。立ち上がる。痛みはない。ちゃんと動ける。
けれどもはや跳べないし走れない。もうどうしたらいいのか分からない。
「……サノ?」
カラトア神官の声に、返せる言葉がなかった。ただ歩き出していた。そうしなければならない気がした。
ゆっくりと歩く。
虎獣人とドワーフの横を通るとき、バヂッと雷が頬を掠めた。鋭い痛みがあったが反応する気すら起きなくて、眉をひそめることすらせず足を動かす。
この程度がなんだと言うのか。彼が受けた裏切りを思えば、痛痒を感じることすら失礼だ。
「すまない、どいてくれないか」
剣を構える若い冒険者たちの間を、声をかけて通る。すこし場違いな言い方だったかな、とすぐに思ったけれど、反省する気などは微塵も湧かず脳からすぐ失せた。その彼らと睨み合っていた兎獣人たちは、なにも言わなくても戸惑いながら道を空けた。無視した。
なにも考えていなかった。思考しようとする気がなかった。どうして自分が足を動かしているのかすら分からない。
意味も無く理由も定かでないまま、夢遊病のように、戦場をゆっくりと歩いて横切る。
ああ、そうだ。
あるいているうちに、おもう。
もう、いいか。
あゆみをとめて、うなずく。
「人間の冒険者のみならず、お前まで魔物の味方をするかテテニー!」
「イカレてる奴は魔物より始末に負えねーっスね!」
傷口を押さえて膝をつく前里長がいて、大振りのダガーを突きつけるテテニーがいた。
ナタのように肉厚で、重みのありそうなダガーだ。とはいえ、あれで腕を斬り落とすのは難しいはず。高所からの落下の勢いと、彼女の技術がなければ無理だっただろう。……あるいは、あれは魔法の武器なのかもしれない。
どうでもいい。
「サノ! なにをしている! お前は英雄の名を継ぐ者だろうが!」
だから虎獣人を殺せというのか。あるいは邪魔をする冒険者たちを? それとも自分に刃向かったテテニーを?
分からない。分かりたくない。もうなにも考えたくない。
身体が冷たくなっていく。頭や指先が氷のようで、震えるほどだ。血が足りなくなるとこうなるが、出血はしていないはず。どうしてなのだろう、と疑問に思って、その冷気は心からきていることに気づいた。
ああ、そうだ。たしかこのうずくまっているのは、自分の親のはずだ。子供は里の子として皆で育てるのであまり血の絆は重視されないが、それでも自分の親が誰なのかくらいは知っている。
自分にはこれの血が流れているのか。
「―――サノ?」
大丈夫だテテニー。そんな顔はしないでいい。自分は冷静だ。身体にも心にも熱は感じない。
「寒いな」
自分の呼気が白くて、身体が冷たくて、頭が思考を拒否して。
片腕のない兎獣人がなぜか、自分を見て目を見開いている。テテニーも、周りの兎獣人たちも自分を見ていた。耳の調子がよくて冒険者たちやカラトア神官の様子も子細に分かるけれど、彼らも自分の方へ視線を向けていた。
なにか変なことでもあるのだろうか? 不思議に思って自分の身体を見てみる。腕が氷の剣のようになっていた。なるほど、これは珍しい現象だ。みんな驚くに違いない。
ああ、でも。いいなこれ。すごくいい。
剣になった腕を振るう。ずいぶん分厚い氷だったから重いかなと思ったけれど、驚くほど軽い。まるで羽のようだ。
先ほど片腕を斬り落とされた兎獣人が悲鳴を上げる。その叫びが途中で止まる。今度は首が飛んだな、とその光景を冷静に眺めた。
やっと、スッキリした。
「―――この展開は、予想していなかったぞ!」
紫電が奔る。




