獣人の決闘
なるほど。
朽ちた石柱を砕いた礫。
破片の大きさによって威力は違うが、虎獣人の膂力で弾き飛ばされたそれは十分に脅威。それが広範囲にばらまかれるのが厄介で、完全に避けるには全力で横へ跳ぶしかない。
避ける。後方で悲鳴があがる。兎人族の勇士たちや冒険者のいるところまで届いたのだろう。伏せろ、とか、木に身を隠せ、などの声も聞こえる。距離があるので死んではいないだろうが、怪我くらいはしているかもしれない。
していてくれた方がいいな。その方が敵の強さを理解してくれる。
なんなら前里長あたりは当たり所悪くて気絶とかどうか。
「オラァッ!」
気合いの入った声と破砕音。自分が跳んで避けた方向へ、今度は壁の破砕片が襲来する。
槍の優位が崩れたな。この巨大な遺跡群全体が彼の武器で盾。
問題ない。ここで仕掛けたのは自分だ。獣人の決闘は力比べの試合ではなく実戦形式。ならば地形を利用するのはむしろ正当。こんなので卑怯とは言うつもりは毛頭ない。
そして、敵が強いのは願ったりだ。負けるのに演技をしなくてすむ。
「くっ!」
さらに跳んで躱す。けれど壊す障害物はいくらでもある。そしてまるで紙でも破くかのように、破砕してくる。
虎獣人がまた壁を破壊し、着地点に礫がやってくる。―――避けられないタイミング。
左腕で目だけはガードする。いくつか大きな破片が身体に当たった。ゴフ、と息が詰まるほどの威力。あばらの一つくらいはヒビが入ったかもしれない。
しかし目が使えなくても、兎獣人は耳が良い。礫を追うように迫る足音など簡単に聞き分けられる。
だからここ。ここが勝負所。見ている者の誰もがこの一瞬に息を飲むだろう。
真っ直ぐに、右手に持った槍を突き出す。
聞こえるのは足音だけではない。風を切るほどの速度、呼吸や心臓の音などから、相手の動きも位置も正確に把握できている。これだけ近ければ目視する必要も無く、相手の姿形まで聞こえてくる。
頭部や心臓など即死になりそうな箇所は避けた。これで倒せてしまうのなら仕方がないが、しかし信頼感があった。まさか君はこんなのを喰らいはすまい、そんな練度ではないという、たしかな信用。
味方よりも敵の方が心から信じられるのは、なんだか納得いかないが。
手応えが、あった。穂先が肉を貫く感触が、柄から右手に伝わる。
「ハッ! 非力だな。片手持ちだと威力が足らねぇ」
槍がビタリと止まる。穂先は鋭い爪を備えた大きな手を貫いていて。
「捕まえたぜ」
そのまま柄をガチリと掴まれていた。
……よくもまあ、そんな戦い方をするものだ。兎獣人は絶対にしない。耐久力の低い自分たちは痛みを嫌うから、遠間から戦える槍や弓を好む。
けれど彼はそうではないらしい。痛みなど二の次で、勝利のみを求める強い意志が目に宿っている。
すばらしい。獣人の、戦士の目だ。
「こっちこいや!」
ぐん、と引っ張られる。兎獣人の力ではまったく抗うことのできない、もの凄い腕力。さすが当時、最強格の獣人種として君臨していた者たちだ。
自分は素手でも戦える。槍に拘るつもりも必要性もない。が……あえて、その柄を離さなかった。
虎獣人の若き戦士、ワプナンが拳を握る。それを見て、先ほど砕かれた石柱や壁を思い出した。
自分もああなるのか。死ぬかもな。
即死は避けるだろうから楽には逝けないな。カラトア神官の治癒が効く範囲かどうかも怪しいところだ。
―――まあ、それが兎人族のためなのだから、いいか。
拳が鳩尾に突き刺さる。
「ようし、俺の勝ちだな」
その戦士は、黄虎族の女王を優しいと言った。だから彼女はキリネ君を殺せないと。
たしかにキリネ君には外傷もなかったし、衰弱は演技だったし、むしろ女王に自主的に協力していそうだった。きっとかなり優しくされてほだされたのだろう。
しかし、どうやらその臣下である彼も優しいらしい。その一撃は内臓を抉るような爪での攻撃ではなく、背骨を折らない程度に手加減された拳だった。
「完敗……だな。いいところがなかった。……帰ったら、里長を下ろされるのも覚悟しなければ」
ひび割れた石畳の地面に仰向けに倒れながら、痛みに耐えつつ答える。
自分でも驚くほどに、声には心からの賞賛があった。
「俺が武器を知ってなきゃ、最初に柄尻がこめかみに当たってノびてるか、それでなくても戦い方が分かんなくて攻めあぐねてるだろうよ」
英雄サノと虎獣人の王との戦いとは違う、ということか。あのときより彼らの手強さはあがっている。
「武器も持たない……相手に、負けたのは変わらない……さ。さすが虎獣人だ」
「お褒めの言葉どうも。――次は本気でやろうぜ」
最後の一言は小声だった。兎獣人の耳ですら、ほとんど聞き取れないほどの声量。唇の動きと合わせてなんとか分かったくらい。
手は抜かなかった。
けれどたしかに、全力は見せていなかった。
脚力を生かして移動し礫を掻い潜って前に出ることもしなければ、槍を放して投げ技や関節技で戦う選択肢もとらなかった。最後の拳をガードすることすら、自分はしなかった。
絶対に勝ってやる、という必死さが足りなかったかな。だからバレた。そういう熱い感情とは無縁だったからしかたない。まあ、里の者たちにはバレなかっただろうからいいだろう。これでとりあえず、今日のところは丸く収まる。
「約束通り、今日は引き上げよう」
「おう。アイツのことは明日以降、平和的に話し合おうぜ」
まだキリネ君を取り戻すチャンスもある。ありがたいな。成功すればカラトア神官の信用も取り戻せるだろう。
ただ、ワプナンに対しては申し分ないと思う。決闘を持ち出しておいて負けることしか考えなかった。必死で勝ちに行けず、気遣いまでさせてしまった。そんな失礼をしてしまったのが唯一の心残り。
いい戦士だ。次は本当に、本気で戦いたい。改めてその若人を見上げながら、自然と口の端が緩むのを感じて―――
―――その彼の胸に、矢が突き刺さるのを目にした。




