魔物の定義
以前、ブリザードウォレスという魔物と戦った。恐ろしい氷の魔法を操る魔獣だった。
ペガサスは空を飛び風を操るし、ケルピーは魅了を使う。幸いにして出遭ったことはないが、竜はいろんな属性のブレスを吐くものだ。
魔物は理不尽に魔力を扱うことがある。……が。
それは魔物に魔力を扱うための器官があるからだ。
たとえば、ペガサスは分かりやすく翼。ケルピーは瞳。ドラゴンはまだ詳しく解明されていないけれど、気道を中心にいくつかの部位に分かれてブレスの器官があるのではないかと言われている。最終的に冒険者たちの胃に入ったあのブリザードウォレスもなにかしらあったのだろう。
それらの器官は特殊な道具に加工できるものは高値で取引されることもあり、冒険者にとってそういう魔物の素材は大事な収入源であったりする。……のだが。
「獣人は人族でしょ……?」
人族にそんな器官はないはずだ。魔力に愛されていると言われるエルフであっても、水属性が特に多い人魚族であっても、魔術なしに魔力を扱うことはできない。
なのに、その虎獣人は魔術を使う様子なく紫電を纏う。
ありえない。魔剣士スピフィのように、単純な原始魔術を詠唱省略しているわけではない。雷の魔術の難易度は低くはない。
そもそも獣人は種族的に魔術が苦手なはずで、あれが詠唱省略ではないことは明白で、だとしたなら……。
―――人族であることを捨てているのだ。
「……それは、衝動のその先、なのか?」
ラミルンが問う。マシェリは彼女に語りかけていた。
つまり虎獣人もまた、兎獣人のような衝動を持っていて……そのうえで、それを力にしている。
あの衝動は魔力由来? 魔法的なもの? 分からないけれど、だとしたら兎獣人たちもこの力を使える?
「すまぬが、そなたらに構っている時間はなくなった。願わくばそのまま童を連れて引き上げろ」
けれど、魔物に堕ちたはずの彼女のその爪も、牙も、魔法も、わたしたちに振るわれることはなかった。それどころか眼中にすら入れられなかった。
彼女が纏う雷が激しさを増し、暴力的な閃光が闇を消し飛ばし、大地を揺るがすほどの轟音が響いて。
雷が奔った後のように、その姿はかき消えたのだ。
―――強いな。
ワプナンという黄虎族の戦士と対峙して、抱いた感想は素直な賞賛だった。
自分は、カラトア神官に素手での戦い方を学んでいる。だから武器を持たない戦いでは里で一番強く、故に自分は里長の立場を得ることができた。……いわば、技という武器を手にしているのと同じであり、素手であってもある程度なら虎獣人を相手に戦うことはできる自負はある。
それでもあえて槍を手にしたまま戦いに挑んだのは、負けを認めるため。槍を使っても勝てなかったのなら完敗だ、と老人衆に納得させるため。
だから自分は槍を構えている。
まるで伝説の、英雄サノと虎獣人の王との戦いだ。彼はただの戦士だけど。
しかし、彼はこちらが武器を持つことを咎めなかった。―――それは今は獣人も武器を持つ時代であり、戦士を名乗りながら武器を持たない彼自身が時代遅れであることを知っているということ。そして、これがただの獣人同士の力比べではないということである。
つまり最悪は、殺し合いになる勝負だということ。
賭けている物があるからこちらは死なすわけにはいかないが、向こうは自分を殺したところで問題ない。負けたら引き上げるという約束は皆が耳にしている。
とはいえ、不利というほどではない。こちらにはカラトア神官もコルクブリズ神官もいる。即死でなければ治してもらえるし、向こうが死にそうになったときでも同じ。
まあつまり、条件的には物騒だ。相手が動けなくなるほどの傷を負わせるか、まいったと言わせれば勝ちというあたりか。内臓が飛び出るほどの重症でも即死でなければいい、くらいの気軽なルールだ。泣けてくるね。
そして、残念ながら自分は、そう簡単にまいったと言うわけにはいかない。
ワプナンが突撃してくる。
槍で牽制する。彼はビタリと間合いの外で止まる。
槍を引く。その動きに合わせて彼がさらに踏み込む。
柄をクルリと回転させて、柄尻で打擲する。盛り上がるほどの肩の筋肉で受けられる。体勢を崩すことすらできなかった。
そのまま踏み込まれる。
恐ろしい爪が振るわれる。
「はっ!」
虎獣人の側頭部へ、狙い澄ました蹴りが入った。
武器の長さが違うとき、間合いの勝負になる。穂先でなくても槍は戦えるが、長さが邪魔になるほど近距離戦は不利だ。牙や爪が届くほどの超接近戦は、剣や斧だって苦手だろう。
だが自分はそうではない。なぜなら自分も獣人であり、人が素手で戦う技術を持つのだから。
「……それは知らねぇな」
それでも、ほんの二歩ほどの距離を動かしただけ。ワプナンは難なく踏みとどまる。
槍を繰り出す。後ろに跳んで避けられる。
……ふむ。一息つきながら観察する。
動きと耐久力は申し分ない。そして見れば分かるがその膂力から繰り出される攻撃は、一撃で自分が二人は死ぬ威力があるだろう。
なんというか、ズルい。さすが大型肉食獣の獣人、生まれついての戦士だ。槍を持っていても素手の戦闘技術があっても、全然有利な気がしない。よくこんなの滅ぼしたな昔の先祖。よっぽど数の差があったのだろう。
それでも、自分はそう簡単にまいったとは言えない。そんな立場ではない。
だからまあ、負けるならあの攻撃を一度喰らわなければならないわけで。
「そっちは武器持ちなんだ。卑怯とか言うなよな」
ワプナンが下がった先は当然ながら遺跡群の方だった。森の方には敵しかいないのだし、彼はその先を守る立場だろうから当たり前。
今、虎獣人が立つその隣には、朽ちかけた古代の石柱があった。
……英雄サノが虎獣人の王に勝てたのは、敵が武器を持たなかったことと、武器との戦い方を知らなかったことが大きいのだろう。
しかし自分が相対している戦士は、武器こそ持っていないが武器との戦い方は知っているようだ。
そして、地形は彼に味方している。
冒険者の魔術士が二人ともいなくて良かった。悲鳴が上がってるところだ。
戦士の拳が握られる。思いっきり振るわれた。
破砕された石柱の破片が、礫となって襲い来る。




