転身失敗
「お」
「おお……」
篝火に引き寄せられる蛾のように、あるいは生者を見つけたゾンビのように、フラフラと前に出る者たちがいた。
ラミルンが共に冒険者をやると言っていた、若い戦士の二人組。
「こ、こんなの、宝の山じゃねぇか?」
「ああ。どれだけの財宝が眠ってるのか。魔法の武具も持ちきれないくらいあるに決まってる」
「すげぇ。ヒリエンカの奴ら、ここの話聞いたらめちゃくちゃ羨ましがるぜ」
「バカ、手つかずの遺跡群の話なんかしたら、国中から冒険者が集まる。エルムフラーレンみたいにここに都ができかねないぞ」
それほどまでのことなのか。頭が痛くなる話だ。
里の移転を決めたばかりだが、それはいずれの話だ。まだ時間がかかる。
なのにぞろぞろと大人数が里の近くを通ってこの場所を目指してくるだなんて、どう考えてもトラブルが起きる。また里の者たちの説得に苦心することになるだろう。
いや、先のことはいい。
「だいぶん風化していますが、石畳ですね」
全員を足元に注目させる。
かなりひび割れているし森の木々にも浸食されていて、平らだっただろう過去の姿は見る影もないが、地面は固い切り出しの石材でできている。
よし、と吊り上がる口元を隠す。
「ここより先は無理でしょう。時間を掛ければ石畳に積もった土埃を頼りに追えるでしょうが、速度はかなり落ちるでしょうし……それに、こんな得体の知れない遺跡の群をうろつくなんて、危険度が比べものになりません」
とりあえず、これは好機だ。
広大な遺跡群を前に焦る心を抑えて、ゆっくりと前に出た。なるべく自然に見えるように。しっかりと考えた選択だと見せかけるように。
自分は獣人だ。だから獣人らしく振る舞わなければならない。自分が兎獣人として異質であることは知っているが、それを表に出せば仲間の信用を失う。里長の立場など関係なく、誰も自分の話を聞かなくなる。
しかし兎人族に寄りすぎれば人間たちの信用を失うだろう。それは避けなければならない。
だからもう、綱渡りのようなバランス感覚で乗り切る。
「おそらく黄虎族はこの中の、すでに危険の無い枯れた遺跡の場所を知っていたのでしょう。そこに避難したのなら、黄虎族の者たちを見つけ出すのは至難の業です」
これは兎人族の者たちに向けて。
「また、先ほど言った通りこの場に避難しているのであれば、敵の伏兵がいるかもしれないという仮定は消えます。これ以上の追跡は無駄でしょう」
「……この場で待ち伏せしているかもしれんではないか」
「黄虎族の女王とキリネ君が囮として、我々をここに誘導しようとしている可能性はありますね。その場合は近寄らなければ良い。ここが危険だと分かっただけでも収穫です。現状ではむしろ、捜索班の方に早く伝達するべきだと考えます」
そんな場合ではないのが分からないのか、前里長はなおも食い下がってくる。
イラッとするが、冷静に説明をした。これ以上揉めるわけにはいかない。
「それとも、これらの遺跡に一つ一つ潜ってしらみつぶしに探しますか? 里長として自分は、兎人族に甚大な被害が出るような行為の許可は出せませんが」
老人衆を見回して問う。
兎人族は基本、危険なものには近づかない。これなら諦めさせられる。
「……たしかに、現実的ではないな」
よし。
「そうだね。遺跡群には守護のゴーレムやガーゴイルなどもいると聞くよ。冒険者としてはたまらなく惜しいけれど、ここは転進がオススメかな。準備もなく、半端な覚悟で踏み込んでいい場所ではないサ」
「ジブンたち、自慢じゃないっスけど遺跡とか専門外っスからね!」
「フフフフフフフフフフフフフフフ。屋内斥候も魔術士もいませんからねぇ。我々が挑んだところで、ただの死体ができるだけです」
「敵が出てくるだけなら倒せばいいんじゃがのう。罠のたびに全滅の危機が訪れるのはゾッとせんな」
よし、上位の冒険者たちも匙を投げた。
「悔しいが、もちろんオレたちにも無理だ」
「遺跡攻略経験があるのは全員向こう側だな。編成の段階で間違えている」
下位の冒険者たちもダメそうだ。この編成で大正解だったな。人員分けをしてくれたあの小さい魔術士の……リルエッタ君に感謝だ。
「すみませんでした、カラトア神官。すぐに引き返してキリネ君を追いましょう。急いで戻れば、捜索隊に合流できるかもしれません」
人間の、もっとも重要な人物に声をかける。位の高い神官であり、自分の体術の師であり、兎人族のために尽力してくれた相手。
「……そうですね。黄虎族の女王は遺跡に民を避難させた、という収穫は得ました。十分です。戻りましょう」
カラトア神官にとってキリネ君は特別な存在だ。本当ならばこちらではなく捜索隊の方に加わりたかったはずだから、戻るとなれば走り出したいほどだろう。それでも落ち着いた様子を見せているのはさすが。……ほんの少しだけ吐息とともに感情が漏れたのは、見逃したことにした。
なんにしろ、これで振り出しに戻せる。
「そこ!」
鋭い声に、ビクリとした。テテニーの声。思い返せば彼女はこういうとき、いつも混ぜっ返すいらんことしいだった。
「出てくるっスよ。ジブンは壁の向こうだって狙えるっス」
遺跡の奥へ耳を向けたテテニーは、矢を番えた弓を構え警告する。
自分の耳ではなにも聞こえない。けれどいるのだろう。テテニーは昔から飛び抜けて耳が良かったが、里を出て冒険者としての経験を積んだからかさらに聴覚が鋭敏になっている気がする。
彼女がいると言うのなら、そこには何者かがいるのだろう。
そして、その何者かとは……。
「まさかこの距離でバレるとはな。気配消しに関しては自信がある方なんだが」
かなり遠くにある、崩れかけた遺跡の壁の陰から出てきたその姿は、虎獣人に違いなくて。
「黄虎族の戦士、ワプナンだ。あんたらがオレらの縄張りをズカズカ踏み荒らしに来た侵略者か」




