手分け
今回ついてきてくれた兎人族の人数は、テテニーやサノ、ラミルンを合わせて十二人だった。
そのうち老人衆は五人ほど。迷宮蟻の件がまだ終わってないこともあって、他の勇士たちは里を守っている。
けれど、前里長の言葉には老人衆以外の兎獣人も反応した。
「そうは言っていないよ。あくまで一緒に住んでいるのが分かるってだけ」
「そうですね。それ以上のことは分かっていません。早合点はやめて下さい」
チッカが冷静に事実のみを伝え、サノがバツの悪そうな顔でそれを肯定する。
「奴隷にしていないという証拠もない」
おそらく奴隷という言葉は彼らにとって非常に重く、虎獣人がかつてを繰り返すように支配階級にいる事実は、世代を経て憎悪が薄れた今の彼らでも捨て置けないのだろう。
だからだろう、彼らは踵を返す。
「どこへ行くつもりですか?」
月明かりの夜に、感情を圧し殺した静かな声が響く。
「黄虎族の国に囚われたキリの救出が、今回の目標です。そちらに彼はいません」
辺境巡回神官―――カラトア神官はゆっくりとした足取りで前へ出る。
伏し目がちにした瞳は前里長へと向いていたが、見ているのはきっと足元だけだろう。
「…………虎獣人がまた奴隷を使役し非道な行為をしていないか、事実を確かめる。あなたも神官なら、悪逆は見過ごすべきではないだろう」
「段階は踏むべきです。今はまだ確定もしていない問題の調査よりも、直面している人命に対処すべきです」
「……まだあの先にいるのが伏兵か、非戦闘民なのかも分かっていない。確認は必要だ」
カラトア神官は首を動かさなかった。頷きもしなかったし、横に振りもしなかった。
ただ沈黙していて、その間は誰もが一歩も動けなかった。
「では、わたくしも同行しましょう」
頬を伝う汗が夜風に冷えるほど長く感じた静寂は、その言葉で解かれた。
―――けれど、それはキリと黄虎族の女王が逃げた方とは逆へ行くということ。
彼女は判断したのだろう。どちらに自分が行くべきか。どちらがより、危ういのか。
……キリの方は、追跡は彼女の得意ではないだろうし、最悪でも一人死ぬだけだものね。
彼女は正しすぎて、自分の感情のままに行動できない。血が滴るほどに拳を握りしめながら、より自分が必要な方へ向かってしまえる。
きっとカラトア神官のこういうところがコルクブリズの言う怠惰なところで、キリが神を信じない理由なのだろう。
神さまはどこまでも平等だから、自分だけが優先されることはない。そうであってはいけない。
彼はとても頭が良くて物わかりがいいけれど、今よりももっと幼いころから母のような存在を通してそんなふうに思い知ってきたのなら……まあ、神様を好きになることはできないでしょう。キリを後継者にしようとした彼女の思惑は、外れて当然。
「いえいえ、カラトア。そちらは拙僧たち海猫の旋風団が行きましょう。あなたはキリネ君を追って下さい」
コルクブリズが割り込む。彼だってキリとカラトア神官の関係は知っている。
けれどダメだ。だって、彼女は正しい判断をしている。
だから、わたしは声をあげた。
「いいえ、カラトア神官は行くべきだわ。彼女は兎人族と一年近く付き合ってきた人物だもの」
彼女は正しい。
ここにいる人間の中で、彼女が一番兎人族と関わりが深い。なら、彼女以外の誰が彼らと行動を共にするというのか。
ただ、このままでは不安だ。兎人族も、カラトア神官も。
「でもキリの追跡と足跡の追跡の二手に分かれるのは賛成」
前に出る。注目を浴びる。全員を見回して、声を出す。
わたしよりも高ランク冒険者はたくさんいるのに……というか、わたしよりも下のランクの者なんていないのに、という躊躇はあったけれど。
でも、わたしが言おう。他の誰かが言い出す前に、キリの仲間で、彼を最も優先できる立場のわたしがそれを言おう。
「わたしはキリと黄虎族の女王を追うわ。今も彼が危うい状況なのは変わらないもの。いない可能性の方が高い伏兵なんて気にしていられない」
キリのいる場所なら魔術で位置把握はできるから、能力的にもわたしはこっちで問題ない。
「キリはさっき、こちらのことを知り尽くした作戦で何人も倒して見せたけれど、それはこちらも一緒。わたしとユーネならキリを止めることができるわ」
「そ、そうですねー。作戦はこれから考えますけどー」
ユーネは少し不安そうだけれど、実はキリと戦うのは簡単だ。真正面からやればいいのだから。
キリが持っていたのは槍じゃなくて棒だった。だからユーネでも少しは時間稼ぎできるはず。その間にわたしが鈍足の魔術でも使えば無力化できる。
難しくはない。だって他にもっと強い相手がたくさんいるのだから、彼にとってわたしたちの警戒度は低いはず。わたしたち用の作戦をわざわざ二個も三個も用意しているはずがない。
「ただわたしたちだけじゃ虎獣人の女王の相手はできないし、夜の森を歩くのも難しいわ。だからチッカたちについてきてもらいたいのだけれど」
「おう、つまりガキんちょシメに行くってことだろ? 付き合うぜ」
いつごろから聞いていたのか、気絶から回復していたウェインが返答した。バカは話が早くて助かる。
「行ってあげてもいい」
「ま、分かれるならチビ追いかける方が有意義だよね」
シェイアも即答。チッカは少しゴネるかと思っていたけれど、快諾。
良かった。普段はいろいろとアレな三人だけれど、味方にしてこれほど頼りに……なるかどうかはともかく、彼らならどんな状況でもどうにかはするだろう……どうにかは。良くも悪くも。
「海猫の旋風団。それと、ニグとヒルティース」
若干の不安を感じながらも、わたしは残りの冒険者たちを振り返る。
「キリの方はわたしたちでなんとかするわ。だから、カラトア神官について行ってあげてくれるかしら」
わたしはそう言って、一旦言葉を切る。
口にするかどうかは少しだけ迷った。でも、ハッキリと言わなければならないことのような気がした。
「―――兎獣人は信用できないから」
人を見極める目も、商人にとっては必須のものだから。




