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まるで、いいヤツみたいじゃないか。

 生き物は、致命傷を負っても動く。即死しない限り動く。


 最後の力を振り絞って、己を死に至らしめた相手の喉笛に牙を突き立てる。声を張り上げて仲間に危険を知らせる。少しでも生き延びようと背を向けて逃げ出す。

 首の付け根から心臓の辺りまでククリ刀で斬り裂かれたあのゴブリンのように、命の炎が尽きるまでもがく。


 実戦を経験した者であれば、殺しきることの重要さは誰もが知っている。

 今際の際にいる者は時に、驚くべき力を発揮するものだから。






 知らせを受け、椅子を蹴倒して立ち上がった。

 こんな時に限って店に治癒術士はいない。手近なヤツを怒鳴りつけて教会に走らせる。

 自分は北西の門へ走った。


 嘘であってくれ、と願う。嘘に違いない、と祈る。

 あの冒険者はうちの店で一番、そういうのとは遠い存在だ。何十年も経験を積み重ね、しかし初心の臆病さを失わず、誰になにを言われようが己のやり方を通してきた偏屈だ。

 人間であれほど長く現役を続けている冒険者など、他に知らない。


 つい先日まではいた顔が、最近はいない。


 そういう店で産まれ育った自分にとって、必ず帰ってくるあの存在は希少だった。中年になった今でも聞ける、変わらない憎まれ口がありがたかった。

 死にたくなければあの爺さんを見習えばいい。数える気にもならないほど、若いのにそう言ってきた。爪の先ほどでいいからあの姿に学べと教えてきた。



「なのに、なんで……」



 北西の門の内側。人だかりを掻き分けると、見慣れたみすぼらしい斑模様の貫頭衣。


「バルク! 治癒術士はっ?」


 自分を見つけたウェインが叫ぶ。衛兵となにやら揉めていたようだが、なぜここにいるのだろうか。 

 よく見れば、チッカとシェイアまでいた。壁に背を預けて座り込んでいる爺さんのすぐ隣で、彼を介抱していた。


「お前ら……なんでここに?」

「尻拭いの依頼終わりに通りかかった! それよりテメェ一人か? なんで誰も―――」

「店に治癒術士がいなかった。教会に人を走らせてる」

「―――クソッ」


 なぜコイツらは治癒術を使えないのだろう。偶然通りかかったのが、治癒術士のいる別のパーティだったなら良かったのに。

 そんなせんのないことを考えながら、座り込んだ冒険者に近寄っていく。……分かっている。治癒術士は少なく、治癒術士の冒険者などさらに少ない。使い手が店に誰もいなかったのだって、別に珍しくもないことだ。


 それでも、誰かのせいにしたかった。


「おお……バルクか」


 この爺さんのそんな、弱々しい声を聞きたくはなかった。


「ああ。どうしたんだ、ムジナ爺さん」


 努めて平常通りの声で聞こうとして、自分でも震えているのが分かった。


「へっ。ゴブリンの群がいてなぁ……二匹ばかり、ぶっ殺してやった」


 傷は見るからに深手だった。なにせ深々と腹に短剣が刺さったままだ。抜けば血が噴き出て失血死するから、あえてそのままにしているのだろう。それでも周りは血だまりになっている。

 致命傷だ。治療の水薬など役に立たないだろう。たとえ今この瞬間、ここに腕の良い治癒術士が偶然現れるという奇跡が起きたとしても、命を救えるかどうか。


「……ランク昇格の手続きをしておく」

「ヒヒヒ!」


 なんて言えばいいのか分からず、やっと出てきたのは業務の話で、当然のように笑われた。


「耳も切り取ってきてねえのに、査定が甘過ぎだろ……だからお前さんはダメなんだよ」


 生き物は、致命傷を負っても動く。即死しない限り動く。

 今際の際にいる者は時に、驚くべき力を発揮する。



 おそらく森でゴブリンの群と遭遇し、戦って深手を負いながら、この状態で街道まで逃げたのだろう。……最期の力を振り絞って。



 普通なら数歩で倒れてしまうような重傷だ。生き汚いにもほどがある。そんなところはいかにもこの爺さんらしい。

 そこまでしてくれたのに、救う手立てがないのが泣くほど悔しかった。


「あーあ……ったく。オレっちもヤキが回ったな。絶対に寿命で死んでやるつもりだったのによ」


 弱々しく息を吐いて、ムジナは空を見上げる。死の際にあってその顔はなぜか、意外なほど晴れやかで。

 彼は笑う。空の蒼を仰ぎながら。


「ヒヒヒ―――オレっちの遺言が、まさかのこれか。らしくねえにもほどがあるぜ」


 笑った拍子にゴボリと血を吐いて。手のひらで乱暴に拭って。


「なあ……お前らよお」

「ああ」

「あの坊主を頼むわ」

「……ああ」


 本当にらしくない遺言だ。最期の言葉を自分ではない誰かのために使うなんて……まるで、いいヤツみたいじゃないか。

 そう言ってやろうとして、嗚咽しか出なかった。

 チッカが老爺の肩を軽く叩く。シェイアは溜め息を吐き、ウェインは泣いた。


 老爺はそんな自分たちを見回して、わざわざ舌打ちして見せて。


「ヒヒヒ……まったく。メンツに不安がありすぎだろ」


 最後の最期まで笑いながら、憎まれ口を叩いた。






 今日はムジナ爺さんとは別行動で、一人だけでマナ溜まりへ行く日だ。



 朝は少し遅かった。ムジナ爺さんは朝がすごく早い。どれだけ早く起きても店にいて野菜を頬張っているから、頑張って早起きしなければならなかった。

 今日は一人だったから、ちょっと油断してしまったのだと思う。ゆっくり寝て、起きたときはいつもより遅めの時間。

 隣の馬房に馬がいなくって、多分誰かが来て連れて行ったのだと思うのだけれど、そんなことにも気づかないくらい熟睡していたらしい。


 昨日の一件のモヤモヤはまだ胸に残っていた。けれど、それはそれとしてやるべきことはあって、気持ちを切り替えて動き出す。


 起きて、冒険者の店で食事をして、すぐには森へ行かなかった。せっかく一人の日だったし、ムジナ爺さんのおかげでちょっと懐に余裕ができていたからだ。

 そう―――機会ができたら、水筒と着替えを買おうと思っていたのだ。

 どちらもすごく欲しかったものなので、今日買いに行くことにした。ムジナ爺さんと一緒だと朝はお店が開いてないほど早いし、帰ってきたら冒険者の店に直行なので、買いに行きそびれてしまう。


 水筒は武具屋にあったけれど、服はなかった。店主に近くで売っているお店を教えてもらって、そちらへ行く。

 何着か安いものを買えて、一度厩に戻ってから着替える。……今まで来ていた服はいつも酷い汚れの場所を洗うだけだったから、さすがにいろいろ気になってきていた。一度しっかり洗濯して、ちゃんとお日様の下で干したいところだ。

 ……とはいえ、さすがにそろそろ出発しなければ帰って来られない時間だった。洗濯は帰ってきてからすることにして、鎧を着込み槍とカゴを背負う。



 そうして、森へ向かった。



 道は覚えている。街道を進み、途中で逸れて森に入った。教えられたとおり槍を手に、周囲をよく見て、音を聞いて、獣道を進んでいく。

 邪魔な枝が払われた道は歩きやすくて、木々や土の香りがして気持ちいい。


 特に問題もなく、マナ溜まりに辿り着いて、採取を行う。


 紫の花の薬草は今日で採り終いだ。僕のカゴをいっぱいにしたら、後は次のために残しておかなければならない。

 ムジナ爺さんが最後の採取を譲ってくれたのはありがたかった。水筒や着替えは買えたけれど、まだまだ欲しいものがある。

 冒険者用の靴は丈夫そうだし、腰紐に付ける布袋は便利そうだ。火打ち石と油があれば焚き火もできる。外套は包まって眠れるって話だからあるととても嬉しい。できればお世話になりたくないけれど、いざって時のために包帯とか薬も用意すべきなのだろう。

 本当は宿に泊まりたいのだけれど、どう考えてもお金はまだまだ足りない。


 採取を終えて帰途につく。来たときと同じように周囲へ視線をやりながら進み、危険がないか注意する。特になにも問題はなかった。ただ……出発が遅かったから、町の門に着く頃には夕方になってしまった。

 門を通る。なんだか今日は、門の前の広場が少しザワザワしていて、いつも挨拶する兵士さんが忙しそうだった。

 通りがかった人たちが壁の方を見ていたけれど、遠目で見ても特に何もなかった。なにか事件があって、もう終わったのだろうか。

 少しだけ気にはなったけれど、足は止めずに帰り道につく。暗くなる前に帰りたかった。


 石畳に伸びる自分の影を追うように歩く。最近はムジナ爺さんと一緒だったからか、なんだか一人で歩くのは久しぶりの気がした。

 一緒に歩く人がいないだけで、町の道はこんなに広く感じるのだろうか。レンガの二階建てはこんなに冷たく見えるのだろうか。

 最初に町に来たときのことを思い出して、少しだけ足を速めた。早く帰りたくて、自分の影を追いかける。


 冒険者の店に辿り着くと、ちょっとホッとした。扉を開けて見回すと、たくさんの冒険者たちがいる。今日は特に人が多いみたいで、席に座れなくって壁際で立ち話している人までいた。


「……あれ?」


 入ってすぐ、違和感があった。

 こんなに人がいるのに、うるさくない。いつもなら席が半分くらい埋まっていれば、どこかには大きな声を出す人がいるものなのに。


 変なの、と受付へ向かう。バルクはいつものように羊皮紙に向かっていた。羽根ペンにインクを付けて、真剣な表情で書き物をしている。


「すみません、薬草採取から戻りました。検分お願いできますか?」

「―――……お前か。ああ、こっちに寄越してくれ」


 声を掛けると、バルクは羽根ペンを置いて応対してくれる。

 薬草の入ったカゴを渡すと手早く検分してくれて、昨日と同じ金額をくれた。お礼を言って、返してもらったカゴを肩に引っかける。

 バルクはまた羽根ペンを持って、羊皮紙に向かった。


 検分の時間が短くなったのは、ムジナ爺さんと一緒に行くようになってからだ。それだけ信用されているのだろう。

 けれど今日は僕一人で出かけたのに、同じくらいの時間で検分してくれた。少し嬉しくて、なんだか認められたような気がした。


 店内を見回す。たくさん人がいる中に、知っている顔を探す。

 依頼書が貼られている壁の前に三人がいた。席に座れず、あそこで立ち話しているようだ。


「ウェイン、チッカ、シェイア。今日は人が多いね」


 近寄って話しかけると、振り向いた三人はなんだか浮かない顔をしていた。特にウェインは酷くって、目の周りを真っ赤に腫らしている。


「ウェイン、どうしたの?」

「あー、いや。ちょっとな……」

「コイツ、また女にフラれたんだよ」


 ウェインが言い淀むと、チッカが理由を教えてくれる。……そういえば、ウェインは以前、同じパーティを組んでいた好きな女の人をもう一人の仲間にとられたんだっけ。


「ウェインがフラれるのも、泣くのも、いつものこと」


 シェイアの言葉にウェインが何か言いたげな苦々しい表情をする。その泣きはらした目を見て、ピンと来てしまった。


「あ……もしかして、最初に会った時って」

「そう。三日前に失恋したばかり」


 こくんと頷くシェイア。


「は? もしかしてウェイン、あの結婚式の後三日も泣きっぱなし? うわぁ、鬱陶しい」

「うるせぇ、失恋したのは結婚式の前日だ。つまり泣いてたのは二日間だ」


 チッカが酷評して、ウェインは反論する。情けなさが増すだけなのでやめておいた方がいい。

 ムジナ爺さんに教えてもらった話がそんなに最近だったのは意外だったけれど、それはそれとして、いつものことなら大したことはないのだろう。ウェインはこの話題を嫌そうにしているし、早く別の話にしてしまうべきだ。


 僕は店内を見回して、さっき見つけられなかった人がやはりいないのを確認して、三人に聞く。



「ねえ、ムジナ爺さんはどこにいるか知ってる?」



 ギクリ、と三人の顔が強張る。

 僕は首を傾げた。


「……どうしたの?」


 チッカが目を逸らした。シェイアはじっと僕を見つめる。

 なんだか少し焦った様子のウェインが、口を開く。



「あー……爺さんなら、都へ行ったよ」


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― 新着の感想 ―
本当に都に行ったかもしれない3人組と、絶対に都に行ってない爺さんをどちらも出すことで「都に行った」の意味がわかるし、あの3人組はどうなったんだ?と思わせられる。すごい手法だと思う。
[良い点] 嘘だ。ムジナ爺さん嘘だと言ってよ。まだまだ教えることあったじゃん。成長した主人公と一緒にお酒飲んでるの見たかったよ。薬草畑で働いてよ、、、 [一言] やっぱり都に行ったっていうのはそういう…
2024/07/08 23:55 目のないぶたさん
[一言] 都へ行った・・・優しい嘘だね。
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