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冒険者たちの話

「ウェインは何年か前からいるチンピラだな。町のやつじゃなくて流れ者らしいが、どこから来たかは知らねえ」


 昨日の雨が嘘だったかのようにすっかり晴れて、けれど地面はまだ濡れていて、僕とムジナ爺さんは足下に気をつけながら森を進んでいた。


「アイツは最初っから戦闘の腕だけはいっちょ前でな、冒険者になってすぐ大物仕留めたりして驚かれたもんだが、バカだからマトモに依頼をこなせなくってよ。初めの頃はギャアギャアとバルクに食ってかかってたもんだ」

「ウェインもそんな頃があったんだ?」

「ああ。もっとも、しばらくしてラナとミグルっていう二人と組んでからは、だいぶん大人しくなったけどよ」


 ラナとミグル。知らない名前だけれど、シェイアと一番最初に会った時にそんな話を聞いた気もする。

 たしか……仲間に面倒を押しつけてきた、とかなんとか。


「ま、その二人はちっと冒険者としての資質が足りなかったな」

「冒険者の資質?」

「なんせ、二人で結婚してカタギになったからなあ。田舎で農家やるんだとよ。ヒヒヒ!」

「あー」


 それは、たしかに冒険者の才能がないのだろう。だってロクデナシじゃなくなったのだから。

 昨日の話を思い出す。まともな人なら冒険者は辞めてしまうらしい。

 ウェインの仲間の二人は、きっとまともな人たちだったのだろう。そう思えば、冒険者の引退っていうのは喜ばしいことなのではないか。


「あの二人はそんなに腕も良くなかったからな。キツい戦闘はほとんどウェインに頼り切りだったくせえ。……だからまあ、さすがに力不足を感じたんだろ。ウェインはバカだから誰かの補助が必要だったが、それは別にアイツらでなくても良かったってことだ」


 ……ウェインが強すぎたから、か。そういうこともあるのか。

 それは、少しモヤモヤする。冒険者の引退は喜ばしいことだと思ったけれど、諦めてそうするのは、ちょっと悲しい気分になる。


「けど、ウェインはラナのことが好きだったらしくてよお。パーティ解散して結婚式してから数日、酒浸りで鬱陶しいくらいにウジウジしてたな。ヒヒヒ!」


 かわいそうすぎる。

 ウェインが強すぎたせいでパーティが解散して、仲間だった二人が結婚したから失恋して、そしてそれを笑い話にされている。聞いている限り、ウェイン自身は別に悪くないのに。


「お、ほれ見ろ坊主。あそこにまた薬草だ」

「ほんとだ……。また先に見つけられなかった」


 指で示された方を見ると、少し遠くにある木の根元にそれはあった。

 初日に草原で見つけたあの薬草で、明るい緑黄色の丸い葉っぱがツヤツヤ輝いている。


「あれは服や動物の毛皮に種がくっついて移動するヤツでな。わりとどんな場所でも見つかるが、まとまって採れることはなかなかない。値は悪かないが、狙って探すもんじゃねえ」


 ムジナ爺さんが薬草の特徴を教えてくれる。……だから草原で少しだけ見つかったのか。

 それを知っていれば、見つけた場所の周辺で時間をとられることはなかったのに。


 僕らは森を歩きながら、道中で薬草を探す勝負をしていた。

 マナ溜まりの薬草は高価だけれど、いつでも採れるわけじゃない。だから今は採る必要がないけれど、訓練としてやっているのだ。


「シェイアは町の魔術士の徒弟だな」


 特に歩きを止めることなく、ムジナ爺さんは雑談を再開する。


「魔術も魔術士もオレっちにはよく分からねえが、結構高名な水魔術の達人ってのが町の中にいるらしくってよ。シェイアはその魔術士の弟子なんだが、あんまり修行が厳しいもんだから逃げ回ってるんだそうだ」

「魔法の修行ってそんなに厳しいの?」

「知らん。……が、あの面倒くさがりのシェイアだしな。単にサボってるだけだろ」

「そうかぁ」


 話しながらも、周囲を見回して薬草を探す。同時に土に残された足跡や糞も探す。折れた小枝とかの、何かが通った痕跡も探す。動くものがないか探すし、妙な音がしないかも注意する。

 全部、ムジナ爺さんが自然にやっていることだ。やれと言われてやっているのだけれど、時々混乱しそうになる。


「面倒くさがりと言えば、シェイアは魔術士のくせにほとんどソロでな。というのも、パーティを組めば仲間に合わせなきゃいかんだろ? 気ままに寝起きして興味の向いた仕事だけ受けるってわけにはいかねえ。そもそも人付き合いそのものが面倒くさい。そんなバカみたいな理由でパーティなんかお断りっていう、やる気の欠片もない女なんだ」

「なんか、分かる気がする……」


 テーブルに突っ伏していた姿を思い返す。あの姿が本当のシェイアなら、やる気なんてないのだろう。


「ま、それが賢くもあるんだがな」

「賢い?」

「やる気もねえクセに、気に食わねえヤツとやりたくもない仕事なんぞしてどうする」


 それは、そうか。シェイアにだって選ぶ権利はあるのだ。危険のある冒険者の仕事を、嫌々やるのは間違っているように思う。


「オレっちはパーティのことなんぞ知らんが、坊主がいつか組むんなら、ちゃんと相手は考えろ。シェイアだけじゃねえ、冒険者なら誰だってそうしてる……ほれ、あっちに薬草だ」

「わ、ホントだ」


 またも先に見つけられた。……というか、藪の下の見えづらい場所に一つだけ生えているもので、あんなの言われなきゃ多分気づけなかった。

 よく話しながら見つけられるものだと思う。


「チッカは都から来たって聞いたな。来てからまだ一年もたってねえハズだ」

「え、あんなに部屋が汚かったのにっ?」


 一年足らずであそこまで部屋を汚くできるの、もう才能だと思う。


「なんだ、チッカの部屋に行ったのか坊主。たしかにメチャクチャ汚えって噂だな。……コイツはチッカに限らずハーフリングの特徴なんだが、アイツらは自分の財産ってヤツに頓着しねえらしい」

「……どういうこと?」

「あんまり後生大事にしねえ、って感じかね。家の中の物が壊れても汚れても気にしないし、捨てるときも惜しまねえ。……どっかで聞いた話だが、ヤツら戦いに向いてねえから、敵に襲われたりしたら基本は逃げる種族なんだけどよ、逃げるときはなんのためらいなく一切合財を捨てていくんだそうだ。そうやって生き残ってきた種族ならではの特徴らしい」


 そういえば僕が売ろうと説得した品のほとんどを、チッカは最終的には売り払った。あの時の彼女は依頼人だったのだから、いくらでも突っぱねられたのに。

 逃げるときは全部捨てていく。命さえあればまたやり直せるといっても、躊躇することなくそれをできる人はどれだけいるだろうか。


「でもチッカ、釣り具は絶対に売ろうとしなかったよ?」


 たくさんの釣り竿の前で両手を広げるチッカを思い出す。あんなにあっても使わないだろうに、何を言っても手放そうとしなかった。


「そいつもハーフリングの特徴だな。ヤツら、一つのことに対して異様なほどのめり込むことがある。そういうときはもう、飽きるまでどっぷりでな。逃げるときもそれだけは持って出る」


 大切な物がいくつもあっては持ち運べない。けれど一つだけなら持って逃げられる。……チッカにとってそれが釣りなのだろう。

 あの部屋の釣り具を全部持って出ることなんて、チッカには無理だろうけれど。逃げるときはあの中の一番大切な物を選ぶのだろうか。


「ほれ、馬鹿話してる間についたぞ」


 話している内にも歩みは進み、森の中のマナ溜まりへ辿り着く。紫の花の涼やかな香りが鼻をくすぐった。

 ここに来るのはもう三度目だけれど、やっぱり凄い光景だと思う。これ全部、高い値段の薬草なのだ。


「さっさと採取しちまおう。一昨日ぶりだが、やり方は覚えてんな?」

「忘れないよ、そんなの」


 たしかに昨日は雨で来られなかったけれども、それで採取の仕方を忘れたりなんかしない。そもそも忘れるほど難しくもない。もちろん言った方も冗談だったみたいで、そうかそうかと笑っていた。


 槍を地面に置いてナイフを取り出し、地面に膝を突く。茎の中程あたりから切って、そのままカゴに入れる。

 この花は花弁を使うらしい。だから花が枯れるまでの短い間しか採れない薬草なのだそうだ。茎から採るのは、そうすると持ち運ぶ最中に花が傷まないため。


 簡単な単純作業。それを繰り返していく。


「……ムジナ爺さんは?」

「あん?」


 一つ採っては、別の花へ。ただし四つに一つは残しておく。全部採ってしまうと来年が採れなくなる。

 そんな難しくないその作業を続ける内、無意識に声に出ていたそれは……特に大した意味があるわけでもない、ただの興味からくる雑談だった。


「ムジナ爺さんの話はないの?」


 さっきの、冒険者の話の続き。知ってる三人のことは教えてもらったけれど、僕はムジナ爺さんのことがもっと知りたいと思った。


「オレっちの話っつってもな……昔のことなら前に話したとおりだぜ。何が聞きてえんだよ?」

「んー……じゃあ、賭けでお金がないっていうのは本当なの?」

「ああ、そいつは本当だ。つっても勘違いするなよ? オレっちは賭博で借金したこたあ一度もねえ。せいぜい身ぐるみ剥がされたことがあるくらいだ」


 それはそれでどうかと思うし、得意気に言うことじゃないと思う。


「でも、ムジナ爺さんは引退考えてるんだよね。蓄えがないのにどうするの?」


 前にそう言っていた。歳で体力がなくなってきたから、そろそろ引退を考えていると。

 だけれどお金がないのなら、冒険者を引退してどうするつもりなのか。


「あー……まあ、アテはあんだよ。一応」


 ムジナ爺さんは薬草採取の手を止めて、髭のない顎を掻く。


「何十年もずーっと一つのことしてっとな、ツテの一つや二つはできるもんだ。―――店に納品した薬草は、薬師ギルドの職員が受け取りに来るんだけどよ。薬草採りの達人のオレっちはたまに、そういうのと話したりするわけだ。で、まあ何かの話の折によ、そろそろ体力的にキツいし引退を考えてるってことを言ったらあちらさんが、それなら薬草畑をやらないかってな」


 薬草畑。

 バルクが言っていた。薬師ギルドは薬草畑を持ってるって。水薬の材料にもなるヒシク草が依頼の中に入っていないのは、栽培できるからではないか、って。


「オレっちは薬草に関しちゃそれなりに詳しいからよ、オレっちの助けがあれば、もしかしたら今まで畑で栽培できなかったヤツも育てられるかもしれねえ。って、そんなふうに誘われてな。ハン、知識を売るなんてまるで学者様みたいな話で、ガラじゃねえにもほどがあるが……悪くねえな、って思ってよ」

「それは……すごい。すごいことだよ、きっと」


 薬草の栽培。それも、いままでできなかった種類のものを、栽培できるようにする仕事。

 それは素晴らしい冒険だと思った。命の危険はないけれど、誰も見たことのないその先に手を伸ばすことだと思った。

 それが冒険じゃなくてなんだというのか。


「すごい。すごいや。そうか、薬草畑かぁ」

「そうかあ? へへ、まあできるかどうかは分からねえし、まだ返事もしてねえんだけどよ。でも、気が向いたらいつでも来てくれって言われててな」

「応援するよ。ムジナ爺さん、薬草のことならなんだって知ってるもん。絶対うまくいく」


 僕は採取のことも忘れてしまって、ムジナ爺さんの薬草畑を想像して嬉しくなった。

 ムジナ爺さんはいったいどんな薬草を育てる気なのだろう。もしかして、この紫の花も栽培できるようにしてしまうのだろうか。難しいだろうけれど、マナ溜まりを狙ってつくり出せればできないだろうか。


「―――ああ、でももしそれが成功したら、依頼される薬草の種類が少なくなっちゃうね。それはちょっと困るなぁ」

「バァカ。できたとしても、まともな量を採れるのは何年も先の話だ」

「そっか、そうだね。じゃあそれまでに、ムジナ爺さんより薬草をたくさん見つけられるようになっておかなくちゃいけないね」


 何年も後のことなら、そこまで心配はないように思えた。だってムジナ爺さんは、お金が余るくらい稼いでいるから船賭博へ行くのだろうし。

 僕がこれから頑張ってムジナ爺さんと同じくらい採れるようになれば、数年して依頼の薬草の種類が少し減ったとしても、生活に困ることはないのではないか。


 それなら、いい。問題はなにもない。



「―――……坊主。お前さん、ずっと薬草採取やるつもりか?」



 意外なほど真剣な声音でそう聞かれて、僕は何度かまばたきした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ハーフリングの生活に根付く本能?文化?みたいなの好きです。 なるほど〜みたいな
[一言] お世辞ではなく心から称賛するあたり、キリは天然の人タラシだね。
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