神の声
「おーおー、コルクブリズ。すげぇ評価されてんじゃねぇか。あの姉さん、やべぇ凄腕で堅物ってかんじだったのによ。なんだ、もしかして昔はあんたもあんな感じだったのか? 前になんか誰かに聞いたぞ、よく知らねぇけど出世頭だったんだろ?」
ウェインがよく知らないと言うなら、本当によく知らないのだろう。話を聞いた相手も忘れているようだし、たぶんこれ以上の情報は出てこない。
「いやいやいやいやいやいや。言っておきますが、彼女は拙僧とは比べものにならないほどの傑物でしたからね。カラトア女史に比べれば拙僧など道ばたに落ちた枯れ葉のようなもので、ホウキでさっと掃かれるように追い出された身分でしてね」
「しかしカラトアが嘘を言うとは思えん。いや、もしそれが嘘ならワタシたち兎人族は騙されたことになる。となると人間はやはり信用ならないと判断するしかなくなるのだがな」
「嫌なロジック使ってきますね!」
兎人族は神官さんを信用してくれたから、今回の件で人間の町の冒険者を頼ろうと考えたのだろう。たしかに神官さんの信用は大事だ。
でも、コルクブリズがダメ人間すぎて神官さんの評価が落ちるのは……ちょっと嫌だな。なんで神官さんはそんなことを言ったのだろう。
「……そもそも拙僧は彼女に勝てた試しがないのですがね。同じ日に神の声を聴いたとはいえ、彼女の方が先でしたし」
「それはそんなに関係ないんじゃない? 神の声を聴くのって個人差あるんでしょ?」
「いえいえ。それが拙僧たちに限っては全然意味が違います」
僕だって神官に関しては少し知識があるからそう言ったけれど、コルクブリズは首を横に振った。
そうして、彼は神妙な声で話を続ける。
「実は拙僧、家名は伏せますがこれでも神官の家系でしてね。とはいえ同い年に彼女がいますから、修道士時代からいつも比べられていました。カラトアはこんな修行をしているぞ、カラトアはこんな活動をしているぞ、カラトアはこんな実績を作っているぞ、などなど言われ続けましたとも。そしてその後は決まって、神官の血筋に生まれた者としてカラトアよりも先に神の声を聞くのだと詰められまして……」
「うぇ。聞きたくねぇ話だな」
ウェインが両手で耳を塞ぐ。ああいうの、一応見張り役なのだからやめた方がいい。
「フフフフフフフフフフフフフフフ。嫌な話でしょう? あの頃は拙僧もずいぶんまいったものです。まあ結局彼女が先に神の声を聞いてしまって、拙僧は親に合わせる顔もなく夜の町を当てもなく彷徨うことになったわけですが。しかしなんという運命のイタズラか、ふらりと入った酒場にて初めての酒を吐くまでがぶ飲みしたところ、なんとゲロしてる最中に神の声が聞こえてですね」
「それは本当に神の声だったのか?」
ラミルンが本当に疑わしそうに聞くけれど、この人は治癒魔術も神聖魔術も使えるからなぁ。
「まあそんな拙僧が彼女に勝てるはずもなく。それからも信心、実力、貢献、すべてにおいて負け続けました。勝っていたものと言えば親の力くらいなもので、序列はいつも拙僧が上にさせられてましたけれどね」
「それ、僕だったら逃げ出してるかも……」
明らかに自分より上の人がいるのに、その人よりも上の立場になるのってすごく居心地悪いと思う。
その相手にはどう思われているのだろうかとか、周りのみんなにはどんな風に言われているのだろうかとか、自分はなんで分不相応な扱いを受けているのかとか……そんなふうに思いながら日々を過ごすのは嫌だろう。
僕もEランクのとき、僕より強いFランクの人たちから視線を感じたことがあったから多少は分かる。この前Dランクになったのもちょっと抵抗感があった。
「まあ……とはいえカラトア女史は真面目で堅物すぎて要領が悪いというか、あれで天然なところがありますからね。拙僧が序列でいつも上にいたのは、自身よりも拙僧の方が信心が厚いからだと勘違いしている可能性もあります。ああ、そういえば思い出して来ましたよ。彼女はとても純心で拙僧が言ったことなんでも信じるものですから、なにかあるたびにいろいろ吹き込んでは煙に巻くみたいなことをしていましたんですよね。きっとあの頃の記憶がその過大評価に繋がっているのではないでしょうか? フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ。いやぁ会いたくないですねぇ、それはもう両膝をつくほどガッカリさせてしまうでしょうから!」
けっこう罪を重ねてる気がするなこの人。
でも神官さんが天然っていうの、実はちょっと分かる。
「……まあ、カラトアがワタシたちを騙そうとしたわけではないことについては納得する」
良かった。とりあえず神官さんは信じてもらえたみたいだ。かわりにコルクブリズの株がガンガン下がってる気がするけどまあいいや。
「でも、神様の声ってお酒飲みながらでも聞こえるんだね。普通は修行中とかに聞こえるものじゃないの?」
今の話で僕が一番引っかかったのはそこだった。
これでも一応、村にいたころは神官になることを期待されてたことがある。もっとも僕はあんまり神様のことがイマイチ分からなかったのと……それに、神官さんというすごく信心深い人が身近にいて、こうはなれないだろうな、って思っていたので早々に諦めちゃったのだけれど。
でも、そんなふうに神様の声が聞こえることもあるのなら、僕でも神官の道はあったかもしれないなって。
「あー、まあ、それはですね……」
軽い気持ちで聞いたのに、コルクブリズは今までで一番言い淀んだ。
「まあ、普通は修行の果てに耳にすることが多いですよ、神の声。夢に出てくることもありますね。ただ、ごく希に強い感情や衝動をきっかけとして聞くこともありまして……ええ。拙僧の場合は、その……カラトア女史への嫉妬と自らの生まれに対する怨嗟が酒精によってはじけた結果と言いますか。ある意味で彼女のおかげで声を拝聴したというか」
「……えっと、ちなみにどの神様? 邪神じゃないよね?」
「それはご安心を。カラトア女史と同じアーマナ神です」
神の中でもっとも偉大でもっとも信者が多い大地母神、女神アーマナ。ユーネもそうだったはずだ。
少し、意外だった。コルクブリズはなんだかもっと理不尽な、天候神モーハテッゼ=アウス様とかだと思ってた。
「アーマナ神は知っている。大地の恵みを与えてくれる神だ。ワタシたち兎人族はみな大地母神に祈る」
戦神ワグンダルじゃないんだ。
「それで、そのアーマナ神はお前になんと言ったのだ?」
ラミルンが問うと、コルクブリズは焚き火を掻き回す間だけ沈黙してから、ため息のように答えた。
「カラトア・メヌアという光を前に、拙僧という影は暗さを増すばかりでしたからね。酒の勢いに任せて問うたのですよ。―――なぜ逆ではなかったのか、と」
逆。……それは、どう逆なのだろうか。
なぜ先に神の声を聞けなかったのか、という恨みか。あるいは、神官さんの方が由緒正しい神官の血筋だったら良かった、というもしもの話か。
僕は、二つとも違う気がした。
「己が道を示せ、と言われましたよ」
そう言ったコルクブリズの声は、なぜか少しだけ……誇らしそうに聞こえたのだ。