雨の日の店の中で
「そもそもだ、冒険者になろうなんてヤツはどいつもこいつもロクデナシなんだ」
雨でほぼ満席になった冒険者の店の真ん中で、老冒険者の口から声高々に暴論が飛び出した。
「成り上がりを夢見る身の程知らず。毎日コツコツ働くのが嫌な横着者。マトモな場所じゃ到底受け入れられないような変人。一攫千金を狙うトレジャーハンター気取り。なにも考えてないバカ。ここは、そんなどうしようもないヤツらの掃き溜めさ。まともなヤツなんか探したっていやしねぇよ。ヒヒヒ!」
……どうやら、ムジナ爺さんはずいぶん酔っ払っているようだ。そういえばさっきお酒おかわりしてた気がする。
「まともな人がいないって、そんなことはないでしょ……」
「バァカ。マトモな神経のヤツらなら、おっかねぇ魔物なんか一生相手にしねえだろうよ。命の危険のない安全なお仕事に就いて、日々平穏に暮らすもんだ」
「爺さんは魔物相手にしたことねーだろー」
僕の呟きをムジナ爺さんが笑い、ウェインが茶化す。自分もロクデナシ呼ばわりされてるのに、少しも気を悪くした様子がない。
「チッカは? チッカはけっこうマトモじゃない? 部屋はすっごく汚かったけれど!」
「アイツならこの雨の中釣り行ったぞ。たまに仕事受けて稼いで、金が尽きるまで釣り三昧して、無一文になったらまた仕事するってのがチッカのスタイルだ。下水道の時も最後の方はずーっと、釣りやりてー釣りやりてー、ってうるさかったからな」
「生粋の趣味人。腕はいいけど」
「アイツ全然仕事しねえもんで、Cランクのくせにオレっちより稼いでねえぞ」
やっぱりあの釣り具、半分くらい武具屋に持ってくべきだった。
「ま、反面教師がたくさんいると思っておけってこったな」
ムジナ爺さんがヒヒヒと笑う。反面教師。マネしちゃいけない人。冒険者はそんな人ばかりなのか。
「……あの三人組は?」
僕が知ってる最後の冒険者組を話題に出す。あの三人はやはり、悪い人たちではなかったと思う。
ムジナ爺さんはヘッと鼻で笑った。
「笑わせんな。冒険者になろうと思う時点でマトモじゃねえ」
それはもしかして、認めたくないけど僕もそうということなのではないか。
「んー? 三人組ってどの三人組だ?」
ウェインが首を捻ってピンとこない顔をする。
そうか。あの三人組とムジナ爺さんの一悶着があったのも、一緒に採取へ行ったのも、ウェインたちが下水道に潜ってる最中だった。三人組らしきパーティは他にもあるだろうし、誰か分からないのは当然だ。
「えっと……戦士の男の人と、魔法使いの男の人と、斥候の女の人の若い三人組」
「ちっと前にお前さんをパーティに誘おうとした初心者組だな。さすがに覚えてんだろ」
「あー、アイツらか」
僕の説明に、ムジナ爺さんが追加で説明してやっとポンと手を打つウェイン。……というか、あのパーティへ誘われてたんだ。
「多分、ネズミ狩りの初心者」
シェイアの頭がもぞもぞと動いて、テーブルに頬をつけたまま店内を見回す。
どうやら彼女もあの三人組のことは知っていたらしい。ネズミ狩りということは、元々は下水道で冒険してた人たちだったのか。
「すぐに冒険者を辞めれば、まだまとも。そういえば、昨日も今日もいない」
言われて、僕も店内を見回した。……お店は冒険者さんたちでほとんど満席なのに、あの三人の姿はどこにもない。昨日のワニ宴の時もいなかった。
まともな人は冒険者にならない。まともな人なら冒険者はすぐに辞める。
採取に行った日、彼らは探索の途中で帰ってしまった。ムジナ爺さんを信用せず、これ以上は無駄だと決めつけて、先に町へ戻った。
見切りが早いと思う。けれど、普通の人だったらああするのも当然だと思う。
普通の人。つまり、まともな人だ。少なくともこのテーブルに集う三人やチッカよりは、変人ではないだろう。
では、あの三人は冒険者を辞めてしまったのだろうか。
「そいつらなら都に行ったぞ」
予期せぬ方向からの低い声に、ビクリとしてしまった。振り返ると頬傷のある、がっしりとした身体のおじさんがテーブル脇に立っていた。
バルク。ここの店主で、いつも受付で羊皮紙と格闘してる人。今日も顔が恐い。
「昨日の朝に出発した。もう会うことはないだろう」
シェイアに用があったのだろう。彼女に羊皮紙を渡しながら、バルクはついでのようにそう言った。
「都ってあの都? 東の道を行くとあるっていう?」
「ああ。三日行くと都があって、その都からさらに三日行くと王都がある」
「王都……」
王都は王様のいるところだ。王様はすごく偉い人だ。
この町からだと六日も歩けば、王様のいる場所に行っちゃうのか。
「都なー」
ウェインが酒をチビリと飲む。
「あっちの方がいろんな依頼があるらしいもんなー」
そうなのか。薬草採取の他にも、僕ができる仕事があったりするのだろうか。
「実力もねえのに行ったところでなんも変わりゃしねえだろうに、ったく」
ムジナ爺さんが悪態を吐く。そういうものなのか。
「―――そうね。でも夢があるから、都に行く冒険者は後を絶たない」
受け取った羊皮紙に目を通しながら、シェイアがそう言った。
夢がある―――冒険者で成り上がった人の物語なら、僕も知っている。遺跡に潜って財宝を見つけたり、大きな魔物を倒して英雄になったり、囚われのお姫さまを救って結婚したり。
あの三人はそういう夢を追って都に行ったのか。……ムジナ爺さんへの誤解を解けなかったのは残念だけれど、それはなんだか、少しだけ喜ばしいことだと思えた。
次に会うときはもしかしたら英雄になっているかもしれない。会えなくても、歌になって活躍が聞こえてくるかもしれない。そう思うとちょっとワクワクした。
「ウェイン、仕事行くよ」
読んでいた羊皮紙を丸め、シェイアが立ち上がった。僕は耳を疑った。
「うぇえ? 雨降ってっけど?」
ウェインが窓の外を指さす。雨はまだザアザアだ。ちょっと近場へ買い物とかならともかく仕事に行くだなんて、どこへ行くか知らないけれどずぶ濡れになってしまう。
それなのに、今の今までテーブルに突っ伏してだらけていたシェイアが。
「ギルドクエストだからしかたない」
「なんで昨日帰ってきたばっかりの俺らに? 暇なヤツたくさんいるだろ!」
「後で説明する。いいから行くよ」
どうやらバルクが渡したのは依頼書だったらしい。なおも文句を言おうとしたウェインだったが、シェイアが腕を掴んで引っ張ると、仕方なさそうに立ち上がった。
はあー、と大きなため息を吐いて、準備するのか宿になっている奥の部屋へ向かっていく。
「はん。慌ただしいこった」
その背中を見送ったムジナ爺さんが、頬杖を突いてそう言った。バルクはいつの間にかいなくなっていて、テーブルにいるのは二人だけになってしまった。
「……なんであんなに急いで行ったんだろ?」
「さあな。ま、たぶん下水道の件だろ」
「あ、そういうことか」
たしかに下水道の仕事なら、あの二人に話が行くのは当然だ。それに下水道は町の地下にあるのだから、雨でも濡れないかもしれない。
そういうことなら―――分かるのだけれど。
「それより坊主。地図のお勉強だ。ちょうどいいから薬草が採れるマナ溜まりの大まかな場所、一個ずつ教えてやるよ」
「あ、うん。お願いします」
ムジナ爺さんに急かされるようにして、僕はまた地図に向かう。雨で採取に行けなくても、僕はまだまだ覚えないといけないことがたくさんある。だから、こんな小さな疑問に囚われている時間はない。
……なんで。
なんでシェイアはウェインを連れて行く時、チラリと一度、僕を見たのだろうか?




