冒険者という人たち
ワニの肉は予想以上に美味しくて、みんなはこぞってワニの丸焼きを食べていた。チッカとウェインが僕の皿に山盛りにしてくれて、久しぶりのお肉でお腹いっぱいになってしまった。
日が高い内から始まった宴会は夜まで続いて、あんなに大きなワニのお肉がすっかりなくなってしまって、そしたらみんなお酒を飲んで陽気に歌い始めた。それは僕が知らない歌だったけれど、たぶん酒飲みのお歌。途中から糸を爪で弾く楽器まで出てきて、笛と太鼓以外の楽器を見るのが初めてだった僕は、その音の綺麗さと不思議さにしばし呆然としてしまった。
あれはきっと、大地母神さまの髪で造られたっていう竪琴なのだと思う。
満腹で眠くなって厩に戻ったあとも、壁の向こうから明るい声は途切れることなく続き、寝藁の上で意識を手放すまでフワフワした気分でそれを聞いていた。
ウェイン。シェイア。チッカ。
あの三人はどんな冒険をしてきたのだろう。話をもっと聞きたかったけれど、今日の主役の彼らは引っ張りだこで、あまり長話はできなかった。
明日は話せるだろうか。話せたら良いなと思う。下水道でどんなことがあったか聞きたい。あんな大きなワニをどうやって倒したのか知りたい。きっと神官さんの本で読んだ物語よりも、ドキドキワクワクするお話が聞けるだろう。
睡魔に意識が持っていかれる。
寝藁で眠るのもずいぶん慣れてきた。すぐ外であんなに騒いでるのに、隣の馬房から馬の寝息が聞こえてくる。やっぱり図太い馬だ。
「あれ……―――?」
眠りに落ちる寸前。ふと疑問に思ったことがあって、そんな声が出た。
よぎったのは薬草のことでも、ムジナ爺さんのことでも、ワニのことでも、ウェインたちのことでもない。
今日、会わなかった人たちのこと。
そういえば昨日一緒に丘に登ったあの三人組の冒険者さんたちは、なんで宴会の場にいなかったのだろう―――
「パーディーム草原。ベッジの森。シルズン丘。北から町の真ん中を通って海へ流れ込んでるのはマルムニルド川」
外はザアザアと雨降りで、店内はいつもより人がいて、さほど広くない酒場はほとんど満席で、まだ朝だというのにみんなお酒を飲んでガヤガヤ賑わっている。
畑仕事や狩りと一緒で、これだけ雨だと冒険者の人たちも休業するらしい。
僕も、今日はお休みだ。
この雨だと僕らも薬草採取にはいけない。冒険者は身体が資本なのだから、風邪などひいては元も子もない。
けれど、こんな日でも僕にはやることが山ほどあった。……その一つが、地理のお勉強である。
「討伐の依頼書があるところには近寄らない、って前に言ったと思うが、地名を知ってなきゃそもそも注意しようがねえからな」
とのことで、同じくお休みを決め込んだムジナ爺さんに教えてもらっているのだ。―――その教えてくれているムジナ爺さんが赤い顔でずっとチビチビお酒を飲んでいて、そろそろろれつが回らなくなってきているのは、ちょっと困ったものだけれど。
大きな羊皮紙に描かれているのは、この町とその周辺の地形だ。冒険者用の地図だからざっくりとしか描かれていない、と言われたけれど、どこに何があるかは十分に分かる。
僕はムジナ爺さんが用意してくれていた木の板に炭で地名を書き取って、一つ一つ覚えていった。
「僕らのいる暴れケルピーの尾びれ亭は、町の西側なんだね」
だいぶん時間を掛けて町の外の地形をなんとか覚えた後、気になったのは町の中のことだった。
地図によると、この町はマルムニルド川という大きな川で東と西に別れているらしい。北から流れて南の海へ、地図をほとんど真っ二つにしている。
町の中を川が流れているのは驚きで、僕はその川を見たことがなかった。
「それで、町の門は北西、南西、北東、南東の四つしかない。僕がいつも通っているのは、北西の門」
ふむふむ、と頷きながら地理を読み取っていく。地図というものを見たのは初めてだった。村にはこんなものなかった。
町に来たばかりでまだこの辺りの土地勘なんてほとんどない僕だけれど、こうして絵にした地形を見ることができると、すごく分かりやすい。
―――つまり、僕は南西の門からこの町に入ったのだろう。
レーマーおじさんと町に辿り着いたとき、海を見たのを覚えている。
町の中を走って逃げた時は無我夢中で記憶がないけれど、川は渡らなかった。
地図を見れば分かる。南西の門からこの町に入って、北西区域のこの冒険者の店に辿り着いたのは間違いない。
驚きなのは、今までだってずいぶん広い町だと思っていたのに、僕が見てきたのはほんの一部でしかなかったこと。
西側ですら全然知らないのに、東側に同じ広さの町並みが広がってるってどういうことだろう。もうちょっと田舎者に優しい大きさであってほしい。
「この東へ続く道に書いてあるのって、道の名前? 道にも名前があるの?」
「いや、道にも名前はあったはずだが、この地図には書いてねえ。そいつは都の名前だな。この道を進むとそこに辿り着きますよ、ってこった」
「都って、町より大きいトコ? この町よりも大きいの?」
「おお、ここよりずいぶんでかいらしいな。オレっちは行ったことねえから知らんが」
そんなのもう、想像もできないのだけれど。
「都なー。都は俺も行ったことねぇなー」
そのだらけきった声は、すぐ隣から聞こえてきた。
同じテーブルである。僕らが座っているのは四人用のテーブルなのだけれど、僕とムジナ爺さんの他に、あと二人座っていた。
「行ってみたくはあるけどよ、わりと遠いよな。歩きで何日だっけ?」
ムジナ爺さんと同じで朝からお酒をチビチビやってるウェインと、
「身軽なら三日。隊商の護衛依頼だと四日」
テーブルに突っ伏して寝ているシェイアである。……話を聞いていたってことは、寝てはいないのか。
雨で店内がほぼ満席だから相席なのだけれど、昨日の宴会で主役してた時とのギャップが激しくて呆れてしまう。大きな仕事をやり終えた彼らはあんなにかっこ良く見えたのに、今は仰向けで寝てる猫くらいだらしがない。
冒険のことをいろいろ聞きたいとか思っていたけれど、なんだかバカバカしくなってやめてしまったほどだ。
「あんまり見ないようにしとけ坊主。コイツらこっちが本当の姿だからな。筋金入りのバカと筋金入りのだらけ女。ダメ人間の見本みたいなヤツらだぜ」
ムジナ爺さんに注意される。昨日はよく見ておけって言われた気がするのだけれど、それは時間制限つきだったらしい。
「って、ムジナ爺さんに言われたくねーな。稼ぎの大半、港の船賭場でスッちまうくせに」
―――……は?
「船賭場は裏賭場。海の上なら禁止の類の賭け事もできる」
シェイアが船賭場の説明をしてくれる。……じゃなくて。
薬草採取の稼ぎの大半、賭け事でなくしちゃうの?
「ようく見とけよガキんちょ。この爺さん、この店で一番の賭博狂いだからよ。お高い薬草の採取場所たくさん知っててけっこう稼げるくせに、こんなシワだらけの歳まで仕事してんの、賭けで負け続けて蓄えが全然ないからだからな?」
僕はムジナ爺さんへと振り向く。
老齢の冒険者はグビリとお酒を飲んで、赤ら顔でおかしそうに笑った。
「ヒヒヒ! 冒険者なんてやつぁ、みんなダメ人間と相場が決まってらあな!」




