塩加減
「アイツらはアレだな。仲良し三人組だな」
薮を払って進みながら、ムジナ爺さんはそう言った。話題のあの三人が帰るために使った道ではない、新しい道だ。
「仲良し三人組?」
「毎日のように一緒に遊んでた近所のガキどもが、そのまま冒険者になったんだろ」
どうやら坂は下っている。けれど急いではいない。これから新しい場所を目指すとなると、もうそろそろ門が閉まる時間も考えなければいけないと思うのだけれど。
「あのヤンチャがギャーギャー言ってても、残り二人がそれを窘めない。子供より体力のない女の歩きが遅くても文句一つ言わない。魔術士にいたっては一番頭良いくせに意見の一つも口にしない。互いの悪いところをナアナアで済ませながら、仲良しこよしでヌルい依頼をいくつかこなしただけの素人だ。ケッ、今頃三人でオレっちたちの文句を言いまくってんだろうぜ」
後ろをついて歩きながら、むぅ、と唇に指を当てて思い返してみる。
あの戦士さんばかりが喋っていたのは、三人の中で一番声が大きいから。
休憩を申し出たときは、山道に慣れない女の人を気遣ったため。
魔法使いさんが無口なのは、単純にそういう人なのだと思っていた。
たしかに仲は良さそうに見えたけれども。
「ムジナ爺さんは分かるけれど、なんで僕まで文句言われなきゃならないの……?」
べつに僕、あの三人に対して悪いことはなにもしてない。まあいいこともしてないのだけれど、ちゃんとついて行けたのだから足手まといにはなっていなかったはずだ。
「そりゃ、足手まといになってくれなかったからなあ。大ヒンシュクってやつだろ」
「え、理不尽」
心の底からそう思って、そのまま声に漏れる。なにそれ。
「ああいう身内で小さくまとまってるグループってのは、自分たちより下を探したがるもんだ。べつに性格が曲がってるからじゃねえ。自分たちの何が悪いのか、どうしたら上に行けるのか、自分たちじゃ分からないから自分より下を探すんだ」
それは……なんだか、僕のことを言われている気がしなかった。
きっとムジナ爺さん自身が何度も経験してきたことなのだと、声の調子でなんとなくそう思った。
「なのに坊主は体力はまあまあありやがるし、弱音も吐かねえし、女を気遣って歩調を合わせるくらいには性格もいいときた。気づいてなかっただろうがあいつら、坊主に負けるのだけは嫌だって感じが溢れてたぜ。ヒヒヒ! あの戦士野郎なんか、ゴツい剣と重い鎧のせいでほとんど限界だってのに、無理しちまってよお。見てて面白いったらなかったぜ!」
―――気づいてなかった。けどたしかに、戦士さんも髪が汗でぐっしょりしていた。
あの人もそうとう疲れていたのか……。
「今頃、多分こんなこと言ってるんじゃねえかなあ。―――あんな子供が悪路の坂をついて来れたのは、あの槍を杖にしていたからだ。あの鎧はハーフリング用だから特別軽いだろう。せっかく忠告してやったのに、それでも残るなんて頭の弱いバカだ……てよお」
「……言われてるかも」
「ま、それは全部本当なんだけどな」
ククリ刀を操って、張り出した枝を落とす。枝の切り口から濃厚の木の香りが染み出て、鼻をくすぐった。
「その鎧、チッカのだろ。前に着けてるのを見たことあんぜ。んで、ってことは槍はウェインが選んだか? アイツはバカだから戦いのこと以外は信用すんなよ」
「すごい。当たり」
「すごかねえんだよ。物好きチッカになんにも考えてないウェイン。店でガキの世話焼くヤツなんかあの二人くらいだ」
物好きはともかく、なんにも考えてないは可愛そうだと思う。ウェインだってちゃんといろいろ考えているはずだ。たぶん。
「ヤツらが選んだだけあって、その槍も鎧も軽くて坊主に合っている。あの三人の方が上等な装備だが、どうせ見た目で選んだんだろうな。あれじゃ重りにしかなってねえ」
―――鎧ってのは上手く着ないと単なる重しだからね。そう、チッカに言われたのを思い出した。
「まあ、勘違いすんなよ、ってことだ。お前さんに特別体力があったわけじゃねえ。あの三バカが素人だったのさ」
「べつに、勘違いなんてしてないよ」
僕は本心からそう呟く。……だってそれは当然だ。目の前に体力オバケがいる。
老人なのに、ククリ刀で枝を払う分だけ動いてる量は多いはずなのに、全然息が切れてないし歩く速度も鈍らない。話している間も常に周囲を見回していて、危険がないか目を光らせている。
「そもそもあの三人、あんな丘くらいでへばってるのがありえねえんだよな。隊商の護衛依頼とかなら、数日間歩きづめたころに襲撃受けるとかもザラだ。そういうとき体力切れしてたらマトモに戦うこともできやしねえ。……基礎体力なんか最低限。あれじゃ自分たちは雑魚ですよって自己紹介してるようなもんだ」
それだとついて行くのがやっとな僕も雑魚なんだけど。まあ雑魚だけど。
「まあだが、アイツらはあれでも見所がないわけじゃねえ。なんてったって、オレっちなんかに最後まで付き合わず帰ったんだからな。そこだけは賢いって褒めてやらあ」
「たしかに……」
納得してしまって、頷いてしまった。申し訳ないけれど、実はちょっとこの会話に疲れてきていた。
ムジナ爺さんが言ってることは正しいのかもしれないけれど、ぼろくそだ。こんなに悪口ばかり聞かされると、ちょっと嫌な気持ちになってくる。
あの人たちは僕のことをあんまり好きじゃなかったかもしれない。けれど帰るとき、自分たちだけでさっさと行ってしまわず、僕を冒険者の店まで送ってくれるって誘ってくれたのだ。……きっと悪い人たちではないのだと思う。
悪口を言いたくなる気持ちも分かるには分かるけれど、言い過ぎるのは良くない。悪口ばっかり言ってるとそのうち、悪いことが向こうから口の中に飛び込んでくる。
「それでまあ、オレっちなんかについて来ちまった坊主は、どうしようもないバカだって話でな。……つっても、お前さんの事情を察すりゃ、他に選べるもんもないんだろうがよ」
ヒヒヒ! とムジナ爺さんは笑った。ククリ刀を邪魔な枝に引っかけ、よっ、と軽い調子で切り落とす。
「お前さん、町の人間じゃねえな。よそ者だろ」
ククリ刀で枝を落とすのと同じ軽さで、ムジナ爺さんは僕のことを言い当てた。
「……なんで分かるの?」
冒険者の店に登録したとき、出身地も書いた。だからバルクは知ってるはずだ。ハーフリングを初めて見たと興奮してしまったときに自分は田舎者だと言ったので、チッカも僕がよそ者だということは知っている。
だけど、ムジナ爺さんにはなにも言っていない。……そういえば、今気づいたけれど名前も言ってない。
「朝飯。この町に住んでりゃ、子供だって好みの塩加減くらい分かるもんだ」
「ああ……」
野菜にお塩をかけすぎてしまって、すごく塩辛かったのを覚えている。
そうか……この町に住んでる人たちは、お塩を残すのもったいないから全部使おう、とか思わないんだ……。お皿に残った塩粒を野菜で拭って食べたりしないんだ……。
「厩に寝泊まりしてるって話だから、どうせ町にゃ行く当てもねえんだろ。とはいえ服や靴はボロってわけじゃねえし、字まで読めるんだからただ放り出されたガキってわけでもない。ちっと珍しいタイプだな。……多分だが、行商の子供だろ。商人の親とは町に来たばかりん時にはぐれちまって、しかたなく冒険者の店に居着いたんじゃねえか?」
「わ、すごい。ほとんどあってる」
へへん、と得意気な顔をするムジナ爺さん。
本当にすごい。塩とか服とか文字が読めるとか、そんなことだけでここまで分かるものなんだ。
けれども、ちょっと違うところはある。レーマーおじさんは親じゃないし、はぐれたわけでもない。
「馴染みの行商人さんに住み込みで雇ってくれる商家を紹介してもらおうって村を出たんだけど、奴隷商に売られそうになっちゃって。逃げて、冒険者の店に来たんだ」
僕が正しい事情を説明すると、ムジナ爺さんの脚が止まった。数秒だけ静止して、それから振り返る。
「……それに賭けたヤツぁ、いなかったな」
勝手に僕で賭け事しないでほしい。




