パーティ解散
来た道を戻る。登るときよりもかなり急いだ。下り坂は上り坂よりも楽だと思っていたけれど、急いで降りると思った以上にキツい。前に出した方の脚に体重以上の負担がかかる気がした。
だいぶん降りて、ムジナ爺さんが後ろを振り返る。つられて僕も見たけれど、特に危険そうなものは見当たらない。
急いで降りてきたから、もしゴブリンが追ってきているとしたら、身を隠しながら来る余裕はない気がする。
「ま、ここまで来れば大丈夫だろ。ちっと休憩だ」
ムジナ爺さんはそう言って大きな木に近寄ると、行きの時に教えてくれた水の出る蔓を切った。斜めの切り口から落ちる数滴の水を飲む。
そして。
「小便行ってくらあ」
くるりと背を向けて、誰の返事も聞かず藪を掻き分け行ってしまう。
小さな老人の背中が藪の向こうに消えて、僕は息を吐いた。脚が痛くて、喉がカラカラだった。視線を巡らせてムジナ爺さんが水を飲んだ蔓と同じものを探して、ナイフで切る。口に持っていく……切り口が斜めじゃないと、水分がなかなか落ちてこないのか。
滲み出る水分を舐めて、蔓を捨てる。幸いにも蔓はまだあったので、もう一本切って滴る水を飲んだ。―――たしかに水は落ちてくるけれど、本当に少しずつしか飲めない。これじゃ全然足りない。水筒も買わなければいけないなと痛感した。これから夏になればもっと暑いだろうし。
「おい」
三本目の蔓を探しているとき不意打ちのように声を掛けられ、ビクッとなってしまった。あの若い戦士さんの声だった。
振り向くと戦士、魔法使い、斥候の三人が集まっていて、みんな僕に視線を向けている。……いったいどうしたのだろう。今まで、彼らから話しかけられることなんてなかったのに。
呼ばれたのでとりあえず小走りに近寄ってみると、汗で髪の毛をぐっしょり濡らした戦士さんはため息を吐いた。
「俺たちは帰るが、お前はどうする?」
―――びっくりした。
「帰っちゃうんですか?」
「ああ」
戦士さんは頷いた。斥候のお姉さんは目を伏せて、魔法使いのお兄さんは口をへの字に曲げていた。三人の、ムジナ爺さんへの不満が滲み出ているように感じた。
「最初からおかしいと思ってたんだ。どうせあの爺さん、最初から薬草の場所なんて教える気はなかったんだろ」
ちっ、と戦士さんは舌打ちして、ムジナ爺さんが消えた藪の向こうへ視線を向ける。
最初から教える気がなかった……僕は何度かまばたきして、その言葉の意味を考える。
「どういうこと?」
分からなかったので、首を傾げた。
「丸一日連れ回して散々歩かせて、こっちがしんどがってるのを眺めて笑うつもりなのさ。性格の悪いあの爺さんらしい嫌がらせだ。これ以上付き合っても馬鹿見るだけだろ」
ああ……そういうことか。
分かる気もする。僕もひっかかっていたことだ。
他人に採取場所を教えても自分の採り分が減るだけだから、今回の件はムジナ爺さんにいいことなんてない。それも仲の良い人とかならまだ分かるけれど、昨日あんなふうに言い合ってた相手に教える義理なんて一つもない。
けれど嫌がらせして馬鹿にしているのであるなら、それはたしかに辻褄が合うような気がした―――
「―――ううん。違うと思う」
僕は首を横に振った。それは違う。きっと違うのだと、僕の直感が告げていた。
今日のこれは、きっと嫌がらせなんかじゃない。
「この道」
眉をひそめて見てくる三人に、僕は槍の石突きで登って降りてきた獣道を示す。
「ムジナ爺さんは迷いなく進んでたけれど、ずっと藪を払ってた。たぶん慣れた道だけれど、久しぶりに来たんだと思う。今年初めて来たのかも」
「……どういうことだ?」
「この人数で薬草を採るなら、たくさん生えてるところじゃないと。だからまだ今年は自分で採取してない、手つかずなところを選んだんだと思う」
僕が自分の考えを言うと、戦士さんは少しだけ道の先を目で追って考え込んでから、前髪をかき上げてこちらを見下ろした。
「それ、適当な道を適当に進んでただけかもしれなくないか?」
「………………そうかも?」
言われてみれば、たしかにそういうこともあるかもしれない。
はぁー、と。一際大きなため息を戦士さんは吐いた。胸の中の空気を全部出してしまうように。空気以外のものまで、放り出すように。
「調子の狂うヤツだな。……まあいい。それでどうする? 俺たちは帰るが、一緒に来るなら、店まで送るくらいはしてやるよ」
なんと、親切だ。どうやら一緒に帰ろうって言ってくれているらしい。そのためにわざわざ声を掛けてくれたのか。
全然話してくれないしなんだか嫌われている気がしたから、これはちょっと意外。
けれど……どうする、か。
方針が気に入らなければいつでも帰っていいと、ムジナ爺さんは朝に言っていた。だからこの三人はそうするのだろう。
きっとあそこで引き返したからだと思う。あの時ゴブリンと戦う覚悟で進んでいれば、今頃は薬草採取の場所に辿り着いていたはずだ。けれどムジナ爺さんはあっさりと背を向けて、今まで来た道を戻った。まるで惜しくもなさそうに。
あの先に薬草が生えている場所はあったのか。僕は見ていないから分からない。もしかしたら戦士さんの言うとおり、ムジナ爺さんの言うことは最初から嘘っぱちだったのかもしれない。
……けれど。
「僕は……―――」
戦士さんの申し出に少しだけ考えて、自分の答えを決めてから口を開く。ちゃんと考えはしたけれど、そんなに迷わなかった。
すごく情けないのだけれど。
僕はあの時、引き返すことになって……ちょっとホッとしたから。
「―――僕は残ります」
僕が断ると、三人はしばらく押し黙った。それぞれ違う色の視線で僕を見て、けれどなにも言わなかった。
「そうか。じゃあな」
戦士さんが背を向けて、それだけ言って坂を下りていく。残りの二人もそれに続いた。
僕は立ったまま、ただその背中を見送っていた。
「まあ、こうなるわなあ」
三人が木々の向こうへ去ってから、そんな声がした。振り向くといつの間に後ろにいたのか、ボロを着た小さなお爺さんが髭のない顎を撫でていた。
不機嫌そうな顔ではあるけれど、怒ってはいない。むしろ消沈していた。なんというか、ちょっと落ち込んでいるようにも見える表情。
「あの三人、もう帰るって」
「知ってるよ」
教えてあげるとそう返ってきた。知っているらしい。そういえば、おしっこにしては長かった気もする。途中から見ていたのかもしれない。
「つーか、送ってくれるって言われてたんだろ? お前さんはなんで一緒に行かなかったんだ?」
やっぱり途中から見てたらしくて、呆れてしまった。盗み見や盗み聞きはあまりよくないって神官さんも言っていた。
「んー……」
理由を言葉にするのは難しかった。いや、実は簡単なのだけれど、相手に分かるように説明できる気はしなかった。僕でも、ちょっとどうかと思う理由だったから。
それでも聞かれたことにちゃんと答えるのなら、こうなるのだろう。
「ムジナ爺さんは、優しい人じゃないから」
「は?」
やっぱり変な顔をされてしまった。
むぅ、と呻って、腕を組んで考えてみる。べつに理由はこれ一つだけじゃないのだし、言って分かってもらえることを話した方がいいだろう。
「あの三人は強そうだから、たぶん薬草採取以外の仕事でもできるんだと思う」
三人が去った方をもう一度見て、僕はそう言った。
戦士、斥候、魔法使い。ウェインたちと同じ構成のパーティだ。きっと、いろんな依頼をこなせるんだろう。
「けれど、僕はこれしかできないから。ここで帰るわけにはいかない」
ムジナ爺さんは、ふん、と鼻で息をして、それから口の端を吊り上げた。いつもの顔だ。皮肉げで、なのに快活で、他人をくったような笑み。
「ヒヒヒ! バーカ、あんな三人が強いはずあるか。ゴブリン相手にだって全滅してただろうぜ!」




