初パーティ
「来たぞ、爺さん」
「おう、行こうか」
朝日が完全に昇って店に冒険者の人が来はじめて、僕らがお皿の野菜を食べ終えて、いくつかの依頼書が壁から剥がされたころ。あの三人組の冒険者は姿を現した。
あんなに早い時間から待っていたお爺さんは、少しも怒ることなく立ち上がる。……そういえば昨夜、集合の時間を決めていなかった。朝に自分のところに来いと、お爺さんが言っただけだ。
もしかしたら、昼になるまでは待つつもりだったのかもしれない。待ってる間も特にイライラするわけでもなく、ムジナ爺さんはゆったりとした表情で腕を組んで座っていた。
「おはようございます。今日はよろしくおねがいします」
僕は三人に向けて挨拶する。ムジナ爺さんにしたのと同じ挨拶。
今日この採取について行けるのは、この三人がいたからだ。機会に乗っからせてもらっているのだから、感謝しかない。
「……足手まといにはなるなよ」
「はい!」
やっぱり来るなとは言われなかったので、ホッとして返事する。
実際、僕がこの三人に勝っているところなんて一つもないだろう。槍も鎧も装備してみたけれど、戦ったら絶対に負けると思う。
薬草採取の達人のムジナ爺さんに、強そうな三人の冒険者。僕はそこにオマケとしてついていくだけ。
申し訳ない気すらするけれど、僕にとってはものすごい好機だ。新しい薬草採取の場所を教えてもらえるし、このメンバーなら多少危険な場所でも恐くない。
「さて。出る前に、まず最初に言っておくことがある」
床に置いていたカゴを背負い、ずいぶんと幅広の鞘をした短剣を腰に差して準備を終えたムジナ爺さんは、僕と三人の冒険者を見回してそう口を開いた。
「今日はこの五人で臨時のパーティとして行動する。そして当然、リーダーはオレっちだ。パーティとして動く以上はオレっちの方針には絶対に従ってもらうし、従えないならいつでも帰っていい」
パーティ。
その単語を聞いて、ウェインたちを思い出した。ウェイン、シェイア、チッカの三人も臨時パーティを組んで下水道探索の最中だ。
どうしよう、なんだかすごく冒険者っぽい。
「アンタの指示が気に入らなかったら抜けてもいいってことかよ」
「おうその通りだ。その代わり、オレっちがお前らのワガママで方針を変えることはないと思え」
若い戦士さんの言葉に、ムジナ爺さんは頷いてそう宣言した。ムッとした戦士さんが睨み付けるけれど、お爺さんはまったく譲る気がないのか逆に睨み返す。後ろで気弱そうな斥候のお姉さんと、むすっとした魔法使いのお兄さんが目配せするのが見えた。
どうしよう、早くも解散の危機だ。
「……分かったよ。今日はアンタがリーダーだ」
やがて戦士さんが折れて、僕はホッとして息を吐いた。視界の端で斥候のお姉さんと魔法使いのお兄さんも息を吐いていた。
戦士さんは見るからに喧嘩腰だけれど、あの二人はそうでもないのかもしれない。
「ようし、それじゃあ出発だ。ヒヒヒ! パーティ組むなんざ初めての経験だぜ。長生きはするもんだな!」
「何十年もやっててそれかよ……普通は長生きしなくても経験するんだよ」
ムジナ爺さんのあんまりな言葉に、肩の力が抜けたのか呆れた声を出す戦士さん。……たしかにそれは、長生きしなくてもできる経験なのだと思う。
だって僕も今日初めて、たしかにパーティの一員になったのだから。
先頭を歩くムジナ爺さんは、僕が森へ行く道は通らなかった。馬車の轍のある街道をしばらく歩き、轍のない細道へと入る。
どうやら、いつもの森の向こうにある丘の方へ行くようだった。
丘は森と繋がっていて、背の高い木々が多かった。ただ、坂がキツくて足場が悪くて、高低差があるからか太い根っこの張り出し方も酷い。藪もかなりあって、歩きにくさが段違いだ。
僕がいつも使っているものより、だいぶん細い獣道を進む。先頭のムジナ爺さんは腰の片刃剣を抜いて藪を払いながら進んでいく。……あれは、見たことがある。刀身がくの字に曲がった厚みがあってナタみたいに使える剣で、山刀、あるいはククリ刀といわれるやつだ。小さい兄ちゃんの狩人の師匠が同じようなものを使っていた。
正直、冒険者らしくない武器だと思う。普通の剣より短くて鍔もないあの剣は戦闘用というより、山刀の名の通り山歩きに重宝するものだったはずだ。狩人や山師が仕事で使う刃物で、物語に出てくる勇者や英雄さん、そして冒険者が持っているイメージはまったくない。
……ただ、ナタの重さがある剣を振って枝を払いながら先頭を行くムジナ爺さんは、あの老齢の体力とは思えなかった。
「はぁっ……はあ……」
荒い呼吸が聞こえる。
僕は一行の一番後ろにいた。一番先頭が山刀を振るいながら藪を切り拓いてずんずん進むムジナ爺さんで、次が負けじとすぐ後ろをついて行く戦士さん。その数歩分後ろに魔法使いさんで、さらにちょっと離れて斥候のお姉さん。
息切れして荒い呼吸をしているのは、その斥候のお姉さんだった。
「お姉さん、大丈夫?」
心配になって聞いてみる。この人は山道を歩き慣れていないのか、明らかに歩みが遅い。
「……大、丈夫。気遣わ……ないで」
そういえばこの女の人の声を、初めて聞いた気がした。
固い声だ。なのにどこか悔しそうで、情けなさそうな声。呼吸が乱れて普通に話せていないし、汗も凄くて脚もあがっていない。足場の悪い獣道で躓いてはよろける姿はあまり大丈夫には見えなかったけれど、声音が頑なでそれ以上何も言えなかった。
ただ、前と離れすぎるのはよくない。もし肉食獣や魔物が潜んでいたら、前の三人じゃなくて僕とこのお姉さんを狙うだろうことは僕にも分かる。
僕は槍を握りしめて周囲を見回す―――目に見える危険はないように思えた……けれど、太い樹木や藪で視界が悪くて、自信を持って安全とは言えない。
やはりもう少しゆっくり進んでもらうよう、ムジナ爺さんに声を掛けるべきだろう。そう思って、前方へと視線を向ける。
―――僕を睨み付けるように見ていた戦士さんと、目が合った。
「……爺さん、少し休憩を入れないか」
「あん? ……ああ、そうだな」
戦士さんが提案して、振り返ったお爺さんが立ち止まって頷く。……良かった。お姉さんの状態に気づいてくれたらしい。
そっと胸をなで下ろすと、視線を感じた。顔を上げると、今度は戦士さんに加えて魔法使いさんも険しい眼で僕を見ていた。……そんな眼で見られる心当たりがなくて、もしかしたら僕の後ろに何かいるのかと思って振り返ったけれど、やっぱり何もいない。
そうしている間にお姉さんは前の三人に追いついて、僕も慌てて小走りに駆け寄った。
「ここで少し休む。山歩きは慣れないと体力の消耗が激しいからな」
僕が近くに来るのを待ってから、ムジナ爺さんは改めてそう言った。すごいことに、一番動いているはずなのに息切れどころか汗すらかいてなかった。
何事かを考えるようにお爺さんは髭のない顎を撫でて、皆を見回す。
「休憩ついでに、隊列ってヤツを決めとこうか」
そんなことを言い出した。
隊列……列ってことは、つまり歩く順番だろうか。そんなことまで決めるのか。
「まず、嬢ちゃん」
膝に手を突いて息を整えているお姉さんが、少しだけ顔を上げてムジナ爺さんを見る。
「お前は斥候だろう。危険がないか探りながら進むのが仕事だ。オレっちと一緒に前を歩け。周囲の警戒を怠るな。次に魔術士。お前は前衛ができる装備じゃねぇ。後ろから二列目だ」
指示はするが、返事を聞く気はないのだと思う。矢継ぎ早に順番が決定していく。
「最後に、前衛二人」
「こいつ入れんのかよ」
指をさされてドキリとした。口を挟んだ戦士さんと同じことを思った。
「入れるだろう、パーティだからな」
ムジナ爺さんはあっさりそう返して、ほんの少しだけ考えてから、口を開く。
「小さいのはオレっちと嬢ちゃんのすぐ後ろだ。敵が出たときは前に出て戦え。でかいのは一番後ろだ」
僕が、前。
それが魔物が現れたとき、真っ先に相手と肉薄しなければならない場所だということは、直感的に理解した。
前衛。鎧を着て、槍を持った僕はそれなのだ。
「なんでコイツが前なんだよ?」
「そいつは声が小さい。お前は声がでかい。後ろを振り返らなくてもそこにいるって分かるヤツが、最後尾を守れ」
理由を説明されて、戦士さんが腕を組んで息を吐く。チラリと僕を見て、もう一度息を吐いた。
「分かった」
隊列が決定した。……というか、理由が声の大きさって。




