転機
「んだとぉ?」
ムジナ爺さんが口を歪ませた。いかにも心外だといった様子で、若い三人を睨み付ける。
その反応を図星と解釈したのか、三人の中のたぶん一番おしゃべりな戦士の男は、それみたことかと人差し指を突きつけた。
「そうだろう! 町の外の草原を探しても、めぼしい薬草なんて残っちゃいない! あっても安いのが少しだけだ。全部アンタが独り占めしてるんだろう!」
興奮してまくし立てられた若人の指摘に、ムジナ爺さんは右手で禿げた頭のてっぺんをボリボリ掻く。
そして、はぁー、とこれ見よがしのため息を吐いた。
「なあ、坊や」
「おれは坊やじゃない!」
「坊やだろ。あのな、薬草採取ってのは、冒険者への依頼だぞ?」
諭すように述べるムジナ爺さんの表情には、先ほどまでのからかうような笑みは消え失せて、微塵も残っていない。
というか、子供に言い聞かせるような言い方だった。
「町のすぐ外の原っぱで大量に採れるんなら、薬師ギルドがわざわざ金を払うわけないだろうが」
…………それは、一日目で僕も思ったことだ。
「遠いところにしかない。めったに見つからない。危険な場所にある。このどれか、あるいはどれも。それが冒険者に依頼される採取依頼の基本だ。ねぇんだよ、門の近くにめぼしい薬草なんか。というかお前さん、そんな物騒な得物引っさげて、立派なおべべ着て、子供のお使いぐらいの距離しか歩いてないのか?」
「ぐ……!」
顔を真っ赤にする若い戦士に、ムジナ爺さんはダメ押しのように諭す。
「というかだな、オレっちが独り占めしてたところで、文句言われる筋合いもねぇんだよ。薬草なんざ早い者勝ちだ。それともお前さんら、町の外の土地は全部自分らのだって言うのかい?」
お爺さんの言うことは正しいと思った。そもそも僕だって、あの川辺の薬草を独り占めしているようなものだ。それについて文句を言われてしまったら困ってしまう。
「な……なら、アンタはあんな量の薬草をいったいどこで採ってるんだよ!」
そう問われて、お爺さんは今度こそ呆れはてた様子で、手で顔を覆った。
「おいおい、それはお前さん、オレっちの稼ぎ場所を教えろって言ってるようなもんだぜ。普通、そんなもん教えるわけないだろが」
「……ああもう、クソッ! そうかよクソ爺!」
「ま、教えてやるんだがな」
「―――……は?」
は? と僕も耳を疑った。
僕だったらあの川辺を教えたくはない。あそこの薬草はもう残り少なくなっているのに、誰かに教えたらなくなってしまう。それは困る。
困る……はずなのに。お爺さんは今、あっさりと教えると言った。聞き間違いかと思った。
「教えてやるよ。オレっちのとっときの場所をな。ああ、もちろんタダでいいぜ。これでもオレっちはお前さんらの大先輩だ。後輩にはちったぁ優しくしてやらねぇとなあ」
優しくしよう、なんて全然思ってなさそうな声音。けれどその嘘くささを隠さないところが、逆にこう言っていた。
どっちでもいいぞ、と。
「その気があるなら明日、朝にオレっちのところへ来い。案内してやるからよ」
どう反応したらいいのか分からず絶句して立ち尽くす冒険者たちに、くるりと背を向けるムジナ爺さん。
宿の方の部屋に戻るのだろう。そのまま奥へと向かっていく。
「あ、あの!」
その背中に、僕は思わず声を掛けていた。
お爺さんが驚いた様子で振り向く。若い冒険者の三人もこちらを見た。四人の視線を一度に集めてしまって、少したじろいでしまう。
けれど。
「―――それ、僕も行っていいですか?」
いつもより早く目が覚めた。木窓から外を見ると、やっと空が白んできた時間帯だ。朝日が昇る前。
チッカのお古の鎧を着ける。教えられたとおりにしっかりと、少しきつめに留め紐を縛っておく。
槍は馬房の端の方に置いていた。寝相はそこまで悪くない方だと思うけれど、もし寝てる間に刺さったりしたら嫌だから、藁の寝床から一番遠く。拾って軽く土を払う。
上着カゴも持って馬房を出る。隣のあのヒシク草を食べられた、大きくて図太い馬が、寝たまま首だけ起こしてこちらを見た。軽く手を振ると、こてんと首を寝わらに戻す。
まだ寝たいのだろう。音を立てないよう、厩の外へ出る。
冒険者の店へ向かう。
「―――おう、一番乗りだな坊主」
こんな時間なのに、ムジナ爺さんはもう店の中にいた。
一番乗りだなんて嘘だ。だってムジナ爺さんがいる。遅れたらまずいと思って早く寝て、目が覚めてすぐ準備して来たのに、先を越されるなんて思ってなかった。
それも朝食まで食べてるなんて。
「おはようございます。その、今日はよろしくおねがいします」
近くまで行って挨拶する。何を食べてるんだろうと思ったけれど、料理じゃなかった。生の野菜に塩をつけて丸かじりしていた。
「お……おう。まあ、よろしくお願いされてやるよ」
朝だからだろうか。ムジナ爺さんはなんだか、昨日よりも元気がない気がした。そっぽを向いて頬を掻いたりして、顔を合わせてくれないし。
「あー……とりあえず、今日は歩くからメシ食っとけ。つっても、この時間の厨房は仕込みも終わってねえから、料理なんて作ってくれねえ。注文できるのはそのまま食えるやつだけだがな」
「ああ……そうなんだ」
なるほどだった。少し考えて僕も真似することにして、生の野菜と塩、湯冷ましの水を注文する。すぐに出てきた。さすが食材そのままだったので安く、銅貨でお金を払う。
ムジナ爺さんのいるテーブルに戻って、皿を置いてから神さまにお祈りする。
そして。
「あ、パンを頼めばよかった」
作り置きのならそのまま食べられるから、パンも注文できたはずだ。間抜けだった。
「ヒヒヒ! オレっちの皿見て野菜しか頼めないと思っちまったか。残念だったなあ」
「むぅ……」
笑われてしまった。まあその通りだから仕方がない。……でも、けっこう元気そうで安心した。
野菜は好きだ。家の畑で採れた新鮮な野菜が好きで、収穫の時によくつまみ食いしたものだ。
特に赤くて瑞々しい実のやつが好きで、収穫できる夏が来るのが楽しみだった。あれは村のみんなも大好きで、赤い実のやつと言えばあの野菜のことを示した。……ただ、この野菜の名前はなんていうのか、と聞いてみてもみんな知らなくて、今でもあの赤い実がなんという野菜なのか分からない。
時季がはずれているからか赤い実のやつはなかったけれど、皿の野菜はどれも美味しかった。生で食べやすいのを選んでくれたのだと思う。
「お塩、多いよね」
「ん?」
お皿の端には塩が多すぎるほど盛られていたので、野菜にたっぷりかけてみる。凄く贅沢だ。村にいた頃は、こんなふうにたくさん使うなんて許されなかった。
せっかくだからちょっと山になるまでかけてみた。
「海があるからかな?」
「ああ……塩田があるからなあ」
ムジナ爺さんが答えてくれる。塩田。初めて聞いたけれど、そういうのがあるのか。
―――もし。
もしもレーマーおじさんがちゃんとお塩の商人さんを紹介してくれていたなら、僕はそこで働いていたのだろうか。
……なんだか、いまいちピンとこなかった。
商家で働いている自分を想像しながら大きく口を開けて、たっぷり塩をかけた野菜を囓る。
すごく塩辛くて、すぐに水で流し飲んだ。




