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老爺と若人

 槍を腰だめに構える。重心はやや後ろで、持ち手の間隔は肩幅くらい。

 ふぅ、と一つ息を吐いた。肩の力を抜いて、身体は柔らかく。


「ふっ!」


 踏み込む。腰を回す。槍を突き出す。


「むぅ……」


 突きを繰り出した姿勢で止まって、自分の身体を確認する。すぐに引けるよう、あまり前に出し過ぎないように。


「……よく分からない」


 槍の石突きを下に河原の丸い石の地面に立てて、むぅと呻る。昨日教えてもらったとおりにやってみたけれど、これでいいのだろうかと首を傾げてしまう。

 たしか……踏み込みと腰を回すのと槍を突き出すのは、本当は一緒にやるのだったか。慣れてきたらそうしろと言われているけど、今はまだ慣れてないから順番に。


 陽は高くて快晴で、空の上の方に鳶が飛んでいた。

 槍と鎧を装備して訪れた森は、いつもと特に変わらない。濃い樹木の香り。軟らかな土。枝葉の擦れる音や川のせせらぎ。

 だけれど、一昨日のように森を探索しようという気にはなれなかった。


 森は危険な場所らしい。僕はそれを教えられていながらも失念して、何度かここに足を運んでいた。

 木こりの人が魔物を追い払ってるから、森の深い場所まで行かなければそこまで危険ではないと言っていた。チッカが怒ったのは武器も持たずに森へ入ったからだ。

 だから槍も鎧もある今は、浅い場所なら入ってもいいのだと思う。



 そう考えていつものように来て、切り株だらけの入り口で森がおどろおどろしく見えた。



 それでも森へ入らなければ薬草採取は捗らない。道中をできる限り警戒しながら歩き、川辺の薬草を採って、時間が余ってしまっても以前のように薬草を探しに行こうと思えなくて、こうして槍の練習をしている。……それが、なんというかすごくバカみたいだった。

 探索に行くべきだ。あるいは、帰るべきだ。

 ここは町から離れた森の中。魔物は滅多に出ないとはいえ、決して安全というわけではない。槍の練習なら帰ってからやればよくて、森に留まるのなら探索した方がいい。ここに居続けるのは一番頭の悪い選択だ。


 探索はしたい。けれど危険は恐い。

 そんなどっちつかずの心が、わずかながら知っていて見晴らしもいい場所であるこの川辺に、僕を繋いでいる。


「ふっ!」


 槍を振る。今回は薙ぎ払い。脚を踏ん張って、腰を回して、脇は締めたまま水平に槍を横へ薙ぐ。


 臆病。自分がそうだということは自覚していた。恐いのは嫌いだ。

 けれど、こんなに愚か者だとは知らなかった。他の子と比べても、頭は悪くない方だと思っていたのに。


「しっ!」


 突きを繰り出す。魔物が聞きつけてくるかもしれないから、大きなかけ声は出せない。

 結局、ウェインは突きと払いしか教えてくれなかった。たぶんその二つで飽きたのだと思う。


 僕は森の奥へ視線を向ける。

 この先には危険な魔物がいるのだろう。いないわけはない。いるに決まっているのだ。そんなの恐くないはずがない。見つかったら食べられてしまう。それは嫌。

 森の奥は危ない。



 けれど、高価な薬草もあるのだろう。



「冒険……」


 呟く。

 それは、自ら危険を冒すという意味の言葉。

 危険の先に、何かを得ようとする行為。



「冒険者、かぁ……」



 森を眺め、槍を握りしめる。

 何日か通った川辺の薬草は、そろそろ採り尽くしてしまいそうだった。






 結局、川辺から行くことも退くこともできず時間だけが過ぎて、無為に槍だけ振って帰ってきた。

 気づいたら手のひらが痛くて腕が重くて、槍を持つのもキツくなっていて、今度から町の外で練習するのは絶対やめようと思った。そうか槍って杖になるんだ……っていう発見があったけれど、それは今日見つけなくても良かった学びだと思う。



「な……なんで薬草採取なんかで、そんなに稼げるんだよ!」



 冒険者の店へ帰る。店内に入って、気になって見回してみたけれど、チッカたちはいなさそうだった。

 昨日のうちに本格的な冒険の準備をしてあの三人は、朝早くから下水道へ向かっていった。きっと今も冒険の最中なのだろう。

 今日はたぶん帰ってこない。明日もいないかもしれない。明後日くらいになれば、また顔を見られるだろうか。


「あん? そりゃおめぇ、オレっちが薬草採取の達人、腰抜けムジナ様だからに決まってらあな!」


 チッカたちの代わりというわけではないけれど、店内には知っている顔があった。何一つ格好良くない肩書きと二つ名を名乗って、ヒヒヒ! という特徴的な笑い声を上げるお爺さんだ。

 日焼けした禿げ頭にシワだらけの顔をした、ツギハギだらけで斑模様になってしまった貫頭衣の老人。ムジナ爺さん。

 あれだけ堂々としていると、一周回ってカッコいいと思ってしまうからすごい。


「……っ! そんなかっこ悪い名乗り、よくできるなアンタ」


 言い合いの相手は僕みたいに態度で騙されなかったようで、眉根を寄せて苦言を漏らす。

 小さい兄ちゃんと同じくらいの歳に見えるから、十五歳ほどだろうか。革鎧を着て長剣を腰に吊っているので、たぶん戦士さんなのだろう。

 その彼の隣には、同じくらいの歳のムスッとした魔法使いっぽいお兄さんと、気弱そうな顔をした女の人がいた。女の人の装備は人間用だけれど、なんとなくチッカのに似ているから斥候さんなのかもしれない。


「もちろんできるさぁ。時期にもよるが、オレっちは下手なCランクなんかより稼げるからなあ。ヒヒヒ! 腰抜け呼ばわりして馬鹿にしてくるヤツより稼ぐってのは、なかなか気分いいもんだぜぇ?」

「な……爺い!」


 ……あのお爺さん、ちょっと性格が悪いかもと思った。


「なんだかもめてるね」


 僕は受付に今日採取した薬草を渡しながら、座っているバルクに話しかける。

 騒ぎは恐いけれど、言い合いは依頼書の貼ってある壁際のところでやっている。ちょっと距離があるから、ここなら巻き込まれないだろう。

 この冒険者の店はけっこう、こういうことが多い気がする。


「よくあることだ」


 頬傷のバルクはまったく動じてないようだったけれど、なにかあったのか不機嫌そうな顔をしていた。いつもよりさっさと検分して、過不足のない報酬をくれる。


「ま、長年やってりゃ採れる場所もだいたい分かるし、目端も利くようになるもんだ。言っただろお? 真面目にコツコツやってりゃ、そのうち実力もついてくるってよ。お前らもオレっちみたいに何十年か薬草採取し続ければ、これくらいは稼げるようになる。―――って、そんなバカみたいなマネはしねえよな! ヒヒヒ!」


 バルクから報酬を受け取りながら、届いてきた言葉に聞き入る。

 ……すごい、と思った。あのお爺さんは薬草採取を何十年も続けているのだ。だからあれだけたくさんの薬草を見つけられるのだろう。

 森にも行くのだろうか。森の奥の方へも行くのだろうか。森じゃない場所も知っているのだろうか。


 きっと、いろんな場所へ行くに違いない。僕みたいに、恐くて川辺から奥へ行けなかったりとかはしないのだろう。

 あのお爺さんは……―――冒険者だから。



「アンタが全部採っちまうから、町の近くに薬草が生えてないんじゃないのかよ!」



 若い冒険者の声に、僕は息を飲んで振り向く。


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