ハリボテ戦士
「ウェイン! バカ! ロクデナシ! 顔貸せこの野郎!」
冒険者の店にチッカの高い声が響き渡る。身体は小さいのに凄い声量だ。
店中の視線が集まるけれど、彼女はお構いなしにずんずん進んでいく。手首を掴まれているので僕もついて行くしかない。
「ようチッカ。おかんむりみたいだがどうした? 明日の準備ならやっといたぞ」
「ありがとお疲れ。ちょっと来い」
突然の罵倒にも動じず、食べていた骨付き肉をちょいと掲げて挨拶するウェイン。チッカはちゃんとお礼は言ってから、顎で外を示す。
とんがり帽子の綺麗なお姉さん……たしか、チッカがシェイアと呼んでいた魔法使いの女の人は、視線も上げずにスープを飲んでいた。
「行くのはいいけど、せめて理由くらい教えてくんねぇ? なんか俺悪いことしたか?」
「お前じゃない。このチビ、鎧どころか武器も持たずに森まで行ってたんだよ!」
「え、マジで? ヤンチャ過ぎだろそれは」
あのウェインが眉間にシワを寄せて引いている。あのウェインが。
どうやら僕がやっていたのは、かなり無謀な行為だったらしい。
「ナイフならあるのに……」
「あんな小さいの武器になるかバカ! ゴブリンも鼻で笑うよ!」
耳元で大声を出さないでほしい。耳がキンキンする。
「あれは戦闘に向かない」
ふーふーと湯気の立つスープを冷ましながら、シェイアはポツリと教えてくれる。
たしかに薬草採取の依頼に役立つとは言われたけれど、戦闘に使えるなんて言われなかった。
「つーか俺、あんま町から離れるなって言わなかったか?」
「……………………言われた」
門のところにいた兵士さんにも言われた。
思わず目を逸らしてしまう。そうか。森は遠いし危険なとこだったんだ。たしかに結構歩くし町も見えなくなる。近くはない。
「はー……なるほど分かった。行くぜ」
呆れた様子で軽く頭を振って、骨付き肉を持ったままウェインが席を立つ。
「つまり武具屋だな?」
「そう」
チッカはふくれっ面のまま頷いた。僕の意思は聞かれなかった。
シェイアは立ち上がることなくスープを飲んでいた。
武具屋は冒険者の店の隣にあった。今日チッカの部屋のガラクタを売りに来たお店。
ただ毎回店主さんを呼んで外に荷を置くだけだったので、実は店の中に入るのは初めてだったりする。
「お邪魔しまーす……」
ズカズカと入って行くウェインとチッカに続いて、薄暗い店内に入る。……灯りが一つしかないのは、もう営業時間外だったからだ。お店は閉まっていたけれど、二人は遠慮なく戸口をガンガン叩いて開けさせていた。
冒険者はあんまり時間とか気にしないから―――なんて言っていたが、お店の人は気にするのではないか。それとも冒険者相手の商売をしているならある程度覚悟するものなのか。とにかく将来武具屋になるのはやめとこうと思った。
「しっかし、ガキ用の武器選びは俺も初めてだなー」
「人間だけどチビだし、でかいのは振り回せないよね。短剣とか?」
「これから習うんならともかく、すぐ使うんだろ? 剣は素人にオススメしたくねぇよ。あいつ手首細いし、たぶん止められなくて自分の脚を斬る」
「ふーん、じゃあ斧とかもダメだね。大きめのナイフにしとく?」
「人間はお前らみたいにすばしっこくねぇんだよ」
「むぅ。となると……」
店内を見回す二人の間で話が進んでいく。僕の意見が聞かれない。まったく聞かれない。
「つーか予算いくらだよ? それでけっこう違ってくるぞ」
「これ。今日の部屋掃除の報酬」
「おー、掃除代にしちゃそこそこ奮発したな」
「部屋がずいぶん綺麗になったし、処分品も思ったより高値になったからね。昼食代も浮いたし」
僕のお金が勝手に使われる……!
「え、えっと……僕、武器とか使ったことないんだけど」
なんとか勇気を出して口を挟むと、チッカが振り向いて手を僕の顔の前に伸ばした。
なんだろう、と思った瞬間、ぺちんとデコピンされる。……痛い。
「ようく聞きなチビ。武器は持ってるだけでもいいの。自分は相手を傷つける手段があるって見せるだけで、獣だってうかつには襲ってこなくなるからね」
「まあ襲われる時は襲われるけどなー」
「突きつけるだけで跳びかかってくるのを躊躇わせるし、むちゃくちゃに振り回しても追っ払えることだってある。素手だったらなんにもできずに終わるんだから、持ってた方がいいに決まってる」
「武具目当ての野盗とかもいるけどなー」
「バカは黙ってろ!」
チッカの肘が横っ腹に突き刺さって、カエルみたいな声を出して蹲るウェイン。すごい、今のは本気で痛そうだった。
「まったく……このバカみたいにデカいヤツには関係ない話だろうけど、あたしらみたいに小さいと、襲ってくる奴にナメられるんだからね」
「ナメられる……?」
「弱そうだって思われて、アレなら簡単に勝てるって侮られる。さっき武具目当ての野盗もいるってバカが言ってたけど、野盗なんてやったことがないようなただのゴロツキや、魔が差した一般人に追いかけ回されることだってあるんだ。自衛手段くらい持ってないと、危なっかしいったらない」
……―――それは。例えば、奴隷目当ての行商人みたいな相手だろうか。
レーマーおじさんは、僕が武器を持っていたら奴隷商に連れて行かなかったのだろうか。……いや、おじさんは信用している僕を騙すつもりだったのだから、武器を持ってたところでそんな心配なんてしていなかっただろう。だからそんなの、考えるだけ無駄な話。
けれどまたそういう人と出くわしたとき、武器を持っているのといないのではかなり違ってくるのではないか。
もし反撃されて怪我でもしたらつまらない。そう思ってくれることがあるのなら、それは十分に価値がある。
「それは……それは、必要だね」
「やっと分かった? じゃあ、ウェイン。結局なにがいいか教えてあげな」
脇腹を押さえて蹲る濃い茶色の髪の戦士は、そう促されると一房だけ白い前髪の辺りをかき上げる。
「ま、最初からだいたい決まってたけどな……槍だろここは」
もう回復したのか、元から大して効いていなかったのか、すっくと立ち上がった彼は店内を移動して、奥の槍が立て掛けられている壁の前に立った。
大きいものはウェインの背丈よりも長く、短い物でも僕の胸くらいはある。
「槍の良さは何よりもリーチの長さだ。遠い間合いから攻撃できるのは単純に強いし、遠間で戦えるってことは無傷で勝ちやすいってことだ。敵を倒したけれどこっちも酷い怪我を負ってしまった、ってのは、仲間に神官がいる時以外は負けと同じだからな」
無傷で勝つ。槍はそのための武器。
聞くだに、それはとても重要な特徴だと思った。痛いのは嫌だ。
説明してくれながら、ウェインは短めの槍を一本一本手に取って、軽く持ち上げて、また戻していく。手慣れた手つきでたまに横にしたりしているけれど、それでなにが分かるのか僕には推測もできなかった。
「木の棒の先端に刃を付けただけだからわりと軽いし、長柄は持ち手の間隔を広く取れるから、剣とかよりも素人が扱いやすい」
僕はあんまり力が強くないから。軽いのはとてもいいことだ。長柄だから扱いやすいっていうのはピンとこないけど、ウェインが言うなら……ウェインが言うなら……そうなのだろうか?
やがて彼は僕の背丈より少し短いくらいの槍を手にして、こちらへと差し出した。
柄が薄緑に塗られている以外になんの飾り気もない、いかにも穂先と石突きを付けただけですよという感じのそれは、それでもたしかに槍だった。
「あと、ほぼ木だから値段が安い」
「それにする」
僕の武器が決まった。
「よしよし、素直で大変よろしい。チッカ、支払い任せていいか?」
「あいよー」
「ようし表出ろガキんちょ。槍の基本を教えてやんぜ」
オススメされた武器を選ばれて嬉しかったのか、上機嫌なウェインにバンバンと背中を叩かれて咳き込んでしまう。さすが冒険者。力が強い。
「えっと……あれ? さっき武器は持ってるだけでいいって言ってなかった?」
「バーカ、使えた方がいいに決まってるだろ?」
……それはそうかもしれない。
食事を終えて、ハンカチで口の周りを拭く。
冒険者の店の料理は好きだ。特に貝の料理がいい。新鮮な海の幸を味わえるのはこの町のいいところだと思う。
チッカとウェインはあの子供……キリとか言っただろうか。小さな新人を連れて武具屋に行ってしまった。
世話を焼いてあげるのか、からかって遊ぶのか、そのどちらともか。
きっと本質的には同じこと。縁あって少しかまうくらいはしても、身銭を切って助けるまではしない。彼が着けていた革の防具だって、チッカからしたら要らない物を押しつけたくらいの認識でしかないだろう。
冒険者は自己責任。甘えが入れば死ぬのに、甘やかしてもいいことはない。感情移入した分だけ後味が悪くなるだけ。
それくらいあの二人だって分かっている。あんなの、たまたま持っていた魚の干物を野良猫に投げてやる程度の感覚だ。理解はできるけれど付き合う気にはならなくて、食事が終わっても武具屋に行こうとは思わなかった。
「なんでダメなんだよ!」
さて、明日は早いし今日はもう寝に帰ろうか……そんなことを考えながら席を立ったとき、大声が店内に響き渡った。うるさい。
見れば、受付にいるバルクと冒険者のパーティがなにやらもめている。
冒険者は三人組で、男の戦士と女の斥候、そして魔術士らしい男。名前までは知らないけれど、いずれも若くて、最近になって見るようになった顔だ。
「薬草採取の依頼書をちゃんと読んだか? 採取方法や運び方が雑で傷んでいるから、これじゃとても薬師ギルドに納品できん。しかもこの採り方じゃ薬草の株が枯れてしまうだろうが。次が採れなくなるぞ」
「……ぐ、あんなたくさんの細かい注意書き、すぐに覚えきれるわけないだろ!」
「お前らの頭のデキはお前らの事情だ。店に言われても知らん」
バルクも大変だ。薬草採取はけっこう繊細で知識が必要だから、ああいうことは良くあるのだろう。
わたしの場合は依頼じゃないけれど、魔術士としてたまにやるから分かる。とても面倒。
しかし……どうやらあのパーティ、薬草採取の依頼には慣れていないらしい。ということは、もしかしたら下水道のネズミ退治をやっていたパーティだろうか?
常設だったネズミ狩りは、ケイブアリゲーター騒動のせいで一旦取り下げられている。新人にはちょうどいい訓練になる依頼だったから、なくなれば困るパーティも出てくるのかもしれない。
もしこの想像通りならば、彼らにとってケイブアリゲーターの件は頭の痛くなる災難だろう。
まあ、でも。彼らは幸運だったのではないか。
ウェインがソロになって、下水道に行くしかなくなって、そこでケイブアリゲーターに遭遇して。
そうでなければ、襲われたのは彼らだったのかもしれないのだから。
というかこれって、彼らが幸運だったというよりウェインが不運なのかも。
「……まったく。これじゃ、お前らよりあの小せぇガキの方がよっぽど使えるぜ」
バルクのぼやきに、若い新人たちの顔が屈辱に歪んだ。




