部屋の掃除
チッカの部屋は二階の一番奥だった。つまり玄関から一番遠い。
持てる限界まで運んで、荷台に積んで、駆け上がって、また持てる限界まで運ぶ。それを延々と繰り返すと、距離はそんなになくてもヘトヘトになった。特に階段がつらい。思ってたよりもさらに重労働だ。
それでもとにかく往復を繰り返し、大物はチッカと二人で協力して運んでいくと、やがて荷車が一杯になった。……山盛りにすればまだ載せられるだろうけれど、これ以上は僕らだと荷車が動かなくなりそうだしこれくらいにしておく。
「そういえば、これってどこへ持っていけばいいの?」
「冒険者の店の隣にある武具屋だね」
とのことだった。
冒険者の店までならそんなに遠くはないし一本道だ。隣の武具屋も、入ったことはないけれど知っている。看板に細剣と円盾の絵が描かれていたあそこだろう。
……けれど、武具屋でこんなゴミを引き取ってくれるのだろうか。
「武具屋って言っても、あそこの実態は冒険者御用達の何でも屋さ。武器や防具だけじゃなくて、水筒や火打ち石、ロープやカンテラなんかも売ってる。……で、買い取りの方も何でも屋で、とにかく金になりそうなもんはなんだって買い取ってくれるのさ」
後ろから荷車を押してくれながら、チッカがそう説明してくれた。どうやらすごく便利なお店らしい。……そして、冒険者っていろんな装備が必要なんだなって思った。
「そんなに大きなお店には見えなかったけれど?」
あの武具店は小さくはなかったけれど、大きくもなかったはずだ。武器や防具が売ってて、便利な雑貨も売っているのなら、さらにチッカの部屋のガラクタたちは置けないのではないか。
「全部自分の店で売るわけじゃないよ。あたしらからちょっと安値で買って、違う店に持っていってちょっと高く売る。そうすれば店の広さは関係ないでしょ?」
「……それは冒険者にとっては損なんじゃない?」
「それが違うんだよねー」
石畳で舗装された道は進みやすくて、荷車は淀みなく進んでいく。これが村の道だったら、ちょっとしたでこぼこで何度も躓いているところだ。
石畳を敷くのってすごく大変なんじゃないかって思ってたけれど、道が平らっていうのはこんなにも便利なことらしい。
「冒険者って、いろんなところからいろんな品を持ち帰ってくるからね。古代遺跡に転がってた遺物だったり、魔物の素材だったり、敵が持ってた武具だったり。一番難しい魔法の品なんか、素人が一見しただけじゃ何なのかも分からないものも多い。そういうのをしっかりと鑑定できる店主は貴重だし、それをちゃんとした値段で買い取ってくれる店主はもっと貴重なんだ」
なるほど。なんでも買い取ってくれるってことは、なんでも価値が分かるってことなのだ。それはすごい。
それと信用はとても大事だ。レーマーおじさんみたいに騙して奴隷商に連れて行く人だっているから、一番大事。
確実に信用できるのなら、たしかに手数料分で買取額がちょっと安くなったとしても、そこを利用した方がいいのだろう。僕もなにかあったらあの店に行こう。
「でも、ゴミばっかりだけど」
「わりと売れるよ。そのまま店先に並べられなくても、洗ったり修理したりして使えるものならそこそこ値が付く。鉄製なら錆びてようが壊れてようが鍛冶屋が溶かして使うし、空き瓶とかも洗えば使えるし割れてても材料になる。革製品も大きさによっちゃ買い取ってくれるし、木の家具とかはどうしようもなくても薪になる」
「そうなんだ?」
「ま、どれも安値だけどねー。これだけ売っても今日の昼食代にはならないかな」
荷車いっぱいに運んでそれは寂しい。
けれどまあ、どうせ要らないものなのだし。いくばくかでもお金になるのなら全部捨てるよりは、一度そのお店に持っていった方がいいだろう。そう考えるとこの荷もガラクタじゃなくて、ちゃんとした売り物に見えてくる。
「それでも売れなかった物は?」
「冒険者の店の裏手にかまどがあるだろ? あそこに置いとけば薪と一緒に燃やしてくれる」
……なんだか、バルクがブツブツと文句を言いながらゴミを投げ入れる姿を想像してしまった。
武具屋に積荷を置いてお店の人に値踏みを頼むと、それが終わるのを待つことなく宿へと引き返した。どうやらお金は後でもらうらしい。やっぱりずいぶん信用できるところのようだ。
チッカの部屋はまだまだ片付いていない。宿へ戻るとまた二階から外まで往復を繰り返し、とにかくガラクタを運んでいく。ひたすらに繰り返す。
……そうやっていると、こう、ちょっとずつ大雑把になっていく。
最初は壊れた椅子みたいなガラクタ以外は、いちいち捨てていい物かチッカに確認していた。けれど長時間掃除をしていて未だ終わりが見えない状況に置かれると、そういう遠慮のような心がすり減って、今度は半ば確信になりつつある疑問が浮かび上がってくる。
つまり―――
―――この部屋にあるものは、ほぼ全てゴミなのではないか。
「あ、その壺おもしろい形してるだろ。なんでも海向こうの国で花を飾るために造られたやつらしくて……」
「うん、花とか飾らないよね?」
「この大盾はいけすかない戦士野郎から賭けで巻き上げた代物で……」
「使えないでしょ」
「この鍋ならなんと二十人分のスープが一度に……」
「使わないから」
「その人形は都で一時期流行した舞台の……」
「要らないね」
「それは遺跡で手に入れた……」
「ゴミ」
荷台いっぱいに積み込んで、なぜか口数の少なくなったチッカと共に武具屋に行って、また宿へ戻る。
朝早くから始めたのに、もう日がかなり高くなっている。正午は過ぎただろう。要領は分かったし、もう少しペースを速めた方がいいかもしれない。
とりあえずさっさと大物は片付けてしまおう。なにせ要らない物を運ぶだけで終わりじゃないのだ。この依頼はあくまで部屋の掃除である。
チェストの中のものは全部出してしまって、着られる服を選別して、入りきらなかったものは全部運び出す。チッカはあの部屋に一人で住んでいるんだから、そこかしこに投げ出されている食器も最小限を残すだけでいい。床にまだまだ転がる用途のない小物は問答無用でなくしてしまって、早く溜まった埃を掃き清められる段階にしてしまわないと今日中に終われない。
寝台のシーツを洗う時間は……さすがになさそうだ。少し悔しいな。
「おかえりなさいませ。少しご休憩されてはいかがですか?」
宿の玄関に入ると、背筋をピンと伸ばした宿のおばさんが待ち構えるようにして立っていた。手で促されて視線を向けると、食堂の方のテーブルに二人分の食事の用意がしてある。
「昼食がまだでしたら、どうぞ。簡単なものですが」
「え……あ……」
お腹は空いていた。けれど返事はうまくできなかった。
またレーマーおじさんの顔が思い浮かんだのだ。ゼルマ奴隷商いと看板が頭をよぎったのだ。道中の優しい顔と声と、僕が文字を読めることに気づいたときの声が同時に幻聴として襲いかかった。
身体がビクリと硬くなって、関節が動かなくて、喉が渇いて、思わず後退りそうになった。
―――ここは町で、この人は知らない人だ。優しくされる理由なんかない。
「部屋が綺麗になって喜んでる……」
「え……?」
ぼそっとしたチッカの呟きで、呪縛が解けた。……見れば、少しだけおばさんの表情が柔らかい気がする。分かりにくいけれど。
「ちょうどそろそろ食事にしようと思ってたんだよ。ありがたくいただくねー」
「ええ。午後からもがんばってくださいね」
おばさんにツンとした声で言われて、チッカが僕だけに見えるように舌を出す。……なるほど、そういうことかと理解して、理解したらお腹が大きな音で鳴ってしまった。
「あ……ありがとうございます。いただきます」
とにかくお言葉に甘えることにして、恥ずかしさに慌てながらチッカとテーブルへ向かう。
クスクスと後ろから聞こえた小さな笑い声は、きっとおばさんのものだったのだろう。




