指名依頼
「お、ガキんちょじゃねぇか。……って、どうしたそれ?」
冒険者の店に帰ると、ウェインとチッカ、そして魔法使いのお姉さんがテーブルを囲んで食事をしているところに出くわした。
ウェインは鎧を脱いで着替えていたし、お姉さんも普段と違って三角帽子やローブじゃない。チッカも当たり前だけど寝間着じゃなくて、格好が違うから最初分からなかった。気づいていたら近づかなかったのに。
「……ぬかるみで転んだ」
「あー、昨日雨だったしなー」
カラカラと笑って、ウェインは焼いた腸詰めをお酒で流し込む。
できれば、恥ずかしいから知ってる人に会いたくなかった……。
あれから森のまだ知らないところを探索しようとした僕は、いくばくも行かないうちに濡れた地面に足を取られ、盛大に転んでしまったのだった。
おかげで格好は泥まみれ。さすがにもう乾いたのだけれど、叩いた程度じゃ汚れは落ちない。怪我をしなかっただけ幸運で、森の枯葉が積もった柔らかい土は、服や顔を汚すだけで傷つける固さはなかった。
「日影は湿ってることが多い」
大きな貝の身をほじりながら、魔法使いの綺麗なお姉さんが助言してくれる。助言してくれたんだよねこれ。もう遅いけれども。
「うん、気をつけます」
肩を落とす。
結局他の種類の薬草は見つからなかったし散々だけれど、最後に河原に寄っていつもの薬草は採取してきた。だから一応、今日もパンとスープのメニューにありつける。
だからそれはいい。終わったことをくよくよしても仕方ない。ただ、困ったのは着替えがないことだ。汚いし服を洗ってから食事にしようかと思ったけれど、服を洗ってしまうと着る物がない。さすがに裸でここに来るのはどうかと考えて、しかたなく夕食を摂ってから服を洗うことにしたのだ。
ウェインたちがいつもと違う格好に着替えているのは、冒険で服が汚れたからだろう。
僕も着替えも欲しい。欲しいものだらけだ。
「そういえば、下水道に行ったんでしょ? うまくいってるの?」
会ってしまったのはしかたない。もう気にしないことにして、気になることを聞いてみる。
この三人は昨夜、冒険者の店に帰ってこなかった。もしかしたら僕が厩に行った後に戻ったのかもしれないけれど、今朝もいなかったから多分帰ってないのだと思う。
二日続けての冒険だったとしたら、結構大変だったんじゃないだろうか。
「おう、だいぶん進展あったぜ。未発見の部屋があるかも、なんて話だったが、部屋どころじゃねぇ。なんと崩れた場所から新しいエリアが見つかりやがった。こりゃスゲぇってことで探索してマッピングして、まだまだ広そうだってんでちょいと本格的な準備して出直そうかっ、てな。こうして報告がてら一旦戻って来たワケよ」
「へー、すごいね」
よく分からなかったけれど、ウェインが興奮してるからきっとすごいのだろう。
「新エリア見つけたのもマッピングしたのも一旦の出直しを決めたのも、あたしだけどねー。このバカは剣振ってるだけ」
「俺はネズミ狩りでめちゃくちゃ役に立ってるだろうが!」
「あと遺跡って言っても元から下水道だから、お宝とかは全然ないしすごいかと言われるとちょっと……」
チッカがため息を吐く。彼女の前には生の野菜と果物しかない。
どうやら下水道の冒険はあまり好きじゃないらしい彼女は、足をぶらぶらさせながら頬杖をついている。どうもあまり食が進んでいないようだ。
身体が小さいし、もしかしたら小食なのかもしれない。
「上手くいけば、町の下水道が広がる」
静かにそう言ったのは、魔法使いのお姉さんだ。苦戦しているようで、さっきと同じ貝とまだ格闘している。
「町の中心部にしかなかった下水道が、もっと広い範囲に敷設できる」
よく聞けばさっきと同じ内容だけれど、ちょっと詳しく言い直すお姉さん。説明が足りないと思ったのかもしれない。
「便利になるってことですか?」
「一等地が増える」
やっとほじくり出した貝の身を口に入れて、幸せそうにもぐもぐしてから、ゴクンと飲み込んだ。
そうして、続ける。
「領主は驚喜。バルクは大忙し。たぶん、私たちの報酬は上がる」
なんというか、前もそうだったけれど言葉が少ない人だ。ただ、だから今日の薬草の検分はあんなにもおざなりだったんだなって思った。
意味を考えてみる。一等地っていうのはたぶん、良い土地のことだろう。畑も日当たりとか土の質、水はけ具合などによって作物のできが全然違うから、きっとそういうのだ。
下水道が広がると一等地が増えるのだから、良い土地が増えるということ。うん、作物の収穫が増えれば領主様は喜ぶに違いない。領主様の機嫌がよくなれば三人の報酬も上げてもらえるかもしれない。
……ただ、バルクはなんで大忙しになるんだろう?
「えっと……つまり、やっぱりすごいことなんだ」
とにかくそれは理解して、冒険者ってすごいんだなって感心した。
「報酬が上がるのなら嬉しいけど、あたしはやっぱあがらないなー。罠とか宝箱とか隠し扉とかないと。こう、大物がかかった時みたいな、きた! って感じの感覚がないんだよね」
「分かるぜ。俺もせっかくワニ退治だと思ってたのに、まだネズミしか狩ってねぇしな。ていうか、隠し扉の向こう側ネズミいすぎだろ……」
「……バルクとの交渉は私がやる」
確固たる決意を秘めた声音で言って、眉間にシワを寄せるお姉さん。なんだかちょっとイライラしているように見えるのだけれど、なにかあったのだろうか。
「なあ……というかさ。結構自然にいるし話してるけど、このチビ冒険者なの?」
やっとというかなんというか、僕に対してそう疑問を発したのはチッカだった。自分の方が小さいのにチビって言うのはやめてほしい。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「冒険者の店から来たとは言われたけど、チビが冒険者だとは聞いてない。通りすがりの子供に小遣い渡して伝言させただけかと思ってた」
「あー、それも間違ってねぇな」
困惑するチッカに、ウェインが頷く。あの伝言のお仕事、ギルドクエストって言われたんだけれどな……。
「よし、いっつも海釣りばっかやってて店に来ないチッカに紹介するぜ。こいつは最近来た新入りのガキんちょだ。名前なんだっけ?」
「キリ」
「そうかキリか。そういや初めて聞いたな」
「うん」
「というわけでチッカ。このガキんちょはキリだ。ヨロシクしてやれ」
すごく適当な紹介の仕方をするなぁって思ったけれど、それはチッカも同じようで、思いっきり呆れた顔をしていた。
「……バカとチビが仲良しじゃないことは分かった。その子のことなんにも知らないでしょ」
「なにおう? ちゃんと知ってるぜ。なんとこの歳で文字が読める秀才だ」
「へー、それはすごいね。依頼書でも読んでもらったの?」
「な……んなこたねぇよ……?」
あからさまに動揺するウェイン。こんなに嘘がヘタな人初めて見た。
「で、この歳でってことはやっぱ子供なんでしょ? 何歳?」
聞かれて、僕はほんの少しだけ迷ってから答える。
「十二歳です」
「ふーん」
疑わしげにチッカがじろじろ見てくる。……バレてるかもしれない。バレてる気がする。でも彼女はハーフリングだから、人間の子供がどれくらいの背丈かとか詳しくないのではないか。
「よっと」
そんな声を発して、チッカが椅子から降りた。彼女は小さいから、人間用の椅子だと足が床に付かない。……それは僕もなんだけれど。
チッカは目の前まで来て、覗き込むように僕を見てくる。さらに横に回って、後ろに移動して、一周するようにまた横へ回り込む。
「えっと……どうしたの?」
「ウェイン、シェイア。明日、遺跡探索の準備任せちゃっていい?」
チッカは僕ではなく仲間の二人にそう声をかける。
「いいぜー」
「かまわない」
ウェインもシェイアもあっさりと了承して、チッカはにひひと笑った。なんだか面白い悪戯でも思いついたかのような笑い方。
「よしチビ。あたしから指名依頼だ」




