ムジナ爺さんの教え
その人は小さかった。一瞬、ドワーフかなって思うくらい。けれどツギハギだらけで斑模様になってしまった貫頭衣の下は、きっとドワーフほどには太くない。どちらかと言えば細い方だろう。
ハーフリングでもない。耳の形が普通だし、この人は僕よりは背が高い。チッカは僕より背が低かったけれど、種族としては高い方だと言っていた。
頭のてっぺんに髪がなくって、日焼けした顔はシワだらけでシミがあって、目がギョロッとしているのがちょっと恐い。
口元にはクセのある笑みを浮かべていて、それが妙に印象的だった。
「ムジナ爺さん。いつもすまないな」
僕の時は椅子に座ったままだったバルクが、わざわざ立ち上がって応対する。量が多いからか、それともこのお爺さんだからか。
背負いカゴから取り出された薬草が検分されていく。安いのも多かったけれど、絵でしか見たことのない高い薬草も多くあった。
あんなに量があるのに、検分はすごく早く進んでいく。僕の時は一つ一つの薬草を確かめていたけれど、今回はほとんど見ていない。多分、種類しか確認していないのではないか。
全然時間かからず終わって、シワだらけの手に報酬がドサリと袋で渡されるまで、僕は唖然としながらそれを見ていた。
「ヒヒヒ、まいどあんがとさん。新しいのは出てるかい?」
「ああ。北に二つだ」
「そうかい、最近多くなってんなぁ。一応確認しとくわ」
重そうな袋を懐にしまったお爺さんが、空になった背負いカゴを肩に引っかけて受付を離れる。……向かった先は依頼書が貼ってある壁の方で、その中の一枚の前に立ち止まった。近づいて後ろから覗き見ると、どうやら討伐依頼。
「……ゴブリン退治?」
「ん?」
てっきり薬草に関する依頼書だとばかり思っていたので、意外すぎて声が出てしまった。気づいたお爺さんが振り向いて、目が合ってしまう。
なんというか、すごく表情がハッキリした人だ。片方の目を細めて、片方の目はいっぱいに見開いて、下唇を前に出すようにして、顔の全部で困惑を表現している。
「なんだぁ坊主。文字が読めんのか?」
「あ……はい」
「いいねぇいいねぇ。うらやましいねぇ。こんなトコにいないで、将来は学者様にでもなればいい」
ヒヒヒ! とお爺さんが特徴的な笑い方をする。うらやましいって、自分も依頼書を読んでいるのに。
しかし学者様……って神官さんの本に出てきた、片眼鏡ってやつをかけている人のことだろうか。なんだか難しいことを考える偉い人のことだっけ。そういう人たちってどうやってお金を稼ぐのだろう。
「あ、あの!」
気づかれてしまったので、もう思い切った。
聞きたいことを、直接ぶつけてみる。
「薬草採取ってどうやったら上手くできますか?」
「ああん?」
お爺さんは珍獣でも見るような目で僕を見て、それから明後日の方を向いて、髪のない頭のてっぺんをポリポリ掻く。
そして。
「あー……」
腕組みをして、口をへの形にして、首を捻って、考え込む。
この人はすごく表情に出るから、顔を見れば分かる。……これはなんだか、困ってる。
なんだろう。渋い顔をしてはいるけれど、怒ってはいないと思う。たぶん真剣に考えてくれていて、そのうえでなにを言えばいいのか思いつかないでいる感じだ。……僕、そんなに難しいこと聞いたかな?
「こいつ」
それでも待っていると、やがてお爺さんは壁の依頼書の一つを指さした。
常設。薬草採取。僕がいつもやるやつだ。節くれ立った指はその中の絵の一つを示している。
低い位置に薄くて広い葉っぱが広がって、真ん中にねこじゃらしの穂先みたいな花が咲いている絵だ。ナクトゥルスという名前の薬草らしいそれは、描かれている中で二番目に高いものだった。
「こいつは、まだ採るな」
……………………採取できる薬草が一つ減った。
翌日の朝は晴天で、雨の心配はなさそうに見えた。僕はまた町の外へ、薬草採取へ行く。
結局、なにも分からなかった。昨日あの後、お爺さんは逃げるように冒険者の店の上階へ行ってしまったからだ。二階は宿になっているらしくて、きっとそこに泊まっているのだと思う。
ムジナ爺さん、とバルクは言っていただろうか。あんなに薬草を採取するなんて、きっとすごい人なんだと思う。バルクの応対もかなり丁寧だったし。
また会ったらもう一度話を聞いてみたい。そう強く思ったけれど、今朝お店の中を見回しても姿を見つけることはできなかった。
「こいつは、まだ採るな……」
その言葉を呟いてみる。あのお爺さんに、たった一つだけ教えてもらったこと。それが気になった。
ナクトゥルスという薬草の注意書きに、採る時期については書いていなかった。根っこが太くて効能があるから、傷つけないよう気をつけて掘り出せってあっただけ。
この時期だとまだ根っこが細いから高く売れないとか、そういうことだろうか。それとももっと他の理由だったりするのか。……あるいは、あまり考えたくはないけれど、自分が独り占めしたいから僕には採るなって嘘を言ったのだろうか。
気になったけれど、考えたって分かるはずがない。
「……探してみよう」
そう思った。考えたって分からない。でも、実際に見ればどういう意味か分かるかもしれない。どうせ、あの河原で採れない高価な薬草を探す気ではあったのだ。
今日の目標は決まった。幸いにもいい天気だ。森の、まだ行ってない場所を探索しよう。
切り株だらけの森の入り口で決意して、もう慣れてきた獣道に入る。少ししてから、いつもとは違う方向へ進もうと思った。ニルナの実の樹でまた少し休憩してから河原の方ではない方角へ向かおうと思って、昨日の雨でまだぬかるんだ地面を進んでいく。
そして意外だったことに、そのニルナの樹までの道中で薬草は見つかった。
獣道の横に転がっている、僕のお腹くらいの大きさの苔の生えた岩だった。その岩のひび割れから顔を覗かせるように生える、茎のない濃緑の葉っぱだけの草。ともすれば周りの苔に埋もれて、見逃してしまいそうになるくらい地味な植物。
ナクトゥルスではない。河原にある薬草でもない。もちろん依頼対象外のヒシク草でもなくて、ちゃんと依頼書にあったもの。
けれどそれは、初めて見る植物ではなかった。
「昨日、検分されてたやつ……」
バルクがムジナ爺さんの背負いカゴから、選り分けて検分していたものの一つだ。
あの時は、依頼書の絵のヤツだ、と思った。けれど今は、昨日見たやつだ、となっている。
実物を見ることはすごく大事なことだと感じた。絵と文字だけでは分からないことも多いのだと実感した。色合いとか、大きさとかだろうか。見てすぐに記憶と結びついて、これが依頼の薬草だと分かった。
採取する。この薬草には採取に関する特別な注意書きはなかったはずだ。試しに根元から引っ張ってみると、簡単に抜けた。根っこは短くて弱いらしい。
岩に生える植物なのだろうか。それともこの苔のあるところに生えるのだろうか。もしくはここにあったのはたまたまで、岩や苔は関係ないのだろうか。辺りを注意深く探してみたけれど同じ薬草はなくて、ちょっと分からなかった。
これもそこまで高価な薬草ではない。けれど、今まで通っていた道に生えていて、今まで見過ごしていたのは問題だと思った。
今まで、注意してしっかりと探していたつもりだった。けれどこうして見落としを見つけてしまうと、それも怪しく思えてくる。
来た道を振り返る。枝葉が風に擦れる音がして、どこかから小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
もしかしたら、まだ他にも素通りしてきたやつがあるかもしれない。きっとあるのだろう。ないはずがない、という確信めいたものまで感じた。
「もっと。……もっと、ちゃんと探さなきゃ」
一番最初の日を思い出す。半分も種類を覚えずに、町の外の草原を歩き回ったあの日にも、素通りした薬草はあったに違いない。けれど今は全部覚えているのにも拘わらず、今日までこんなところにあった薬草に気づかなかった。
節穴ではなんの意味もない。
ふぅぅ、と息を吐いた。胸の空気を限界まで吐き出して、苔だらけの岩に腰を預ける。ゆっくりと息を大きく吸って、また吐き出す。深呼吸を二度、三度と繰り返す。
記憶を呼び起こす。
薬草採取の依頼書は全部暗記していた。描いてあった絵もすべて思い出せる。
昨日のムジナ爺さんの薬草検分は後ろで見ていた。いろんな種類があったけど、全部覚えている。
記憶を頼りに、依頼書の絵と実物を重ねていく。
この目で見たのは、全部で六種類。河原の薬草もあったから、新しいのは五種類。内一つは今見つけたこれ。
残り四種類。
あのお爺さんが採取してきたのだから、この時期に生えている薬草だろう。
「ナクトゥルスの薬草は、やめだ」
ついでに見つかるならそれはそれでいいが、わざわざ探すことはない。どうせ今は採取するつもりがないのだから。
「四種類、全部探す」
決意のように口にして、まだニルナの実の樹に辿り着く前だったけれど獣道を逸れる。
探索へ。
冒険へ。




