小雨
町の外へ出て、道を歩く。木こり小屋のある切り株だらけの入り口を通り、森の中へ。木に登って一休みしつつニルナの実をつまみ食いし、丸い石の河原を目指す。
今日はヒシク草は食べなかった。あれは食べられるけれど、すごくまずい。今日は朝ご飯にパンを一つ食べられたから、お腹は大丈夫。ニルナの実は食べでがないけれどほんのり甘いから好き。
……あの河原にまだスライムはいるだろうか。いたら嫌だ。ウェインはスライムは恐いと言っていた。村の大人たちはみんな倒せるって言っていたけれど、冒険者がそう言うならたぶん逃げて正解だったのだと思う。僕は間違ってなかった。
あのスライムのせいで、昨日は採取の途中で帰ることになった。……でも河原にはまだたくさん薬草があったのを覚えている。
上着カゴいっぱいにしたら、昨日の倍くらい稼げるかもしれない。いや、昨日は半分より多く入れていたから、倍はないか。それでも多いに違いないし、今日はチッカに伝言もしたからその分のお金ももらえる。
もしかしたら明日は、お弁当でパンを持ってこれるのではないか。
そんな近い未来を想像して、なんだか嬉しくなった。お金を稼いで食べ物を買う。それができるのが、たまらなく嬉しかったのだ。一足飛びに一人前になったような気がした。
それに今日は初めてハーフリングっていう種族のチッカに会って、話もできた。貴重な体験だったと思う。町に来て、新しいことに出くわさない日はない。村にいたころではできなかったことが、一気に襲いかかって来るようだ。
村を出て、レーマーおじさんに奴隷商に連れて行かれそうになって、逃げて。最初はすごく不安だった。正直すごく後悔した。
でも今は、商人にはなれなかったけれど、なんとかやっていける気がする。このまま冒険者として生きていけるのではないか。そんな気がした。
「あ……」
ポツリ、と鼻先に水滴が落ちた、空を見上げると、青空はなくて雲が一面を覆っている。
そういえば、今日は冒険者の店を出てきたときから曇り空だった。
ポツリポツリと雨粒が落ちてくる。ちょっとした小雨だ。雨宿りするほどではない。
「……早めにやっちゃおう」
たぶんだけれど、雲の色が薄いからすぐやむ気がする。やまなくとも、そんなに強い雨にはならないと思う。
けれどどうしようもない不安に駆られた。
天気はどうしようもない。晴れや曇りの日ばかりじゃない。丸一日土砂降りの日だってあるだろう。冬は吹雪の日だってあるかもしれない。
そんな日は薬草採取にいけない。そしたらパンが買えない。
一日なら大丈夫かもしれない。二日でもがんばれば耐えられるだろうか。でも三日は多分無理。
「お金、稼がなきゃ……」
パンを買ったら無くなってしまうくらいじゃ、全然足りないのだ。できれば蓄えがほしい。数日くらいは食べられる程度の。
湿気を含んだ生ぬるい風が首元を通り抜けていく。昨日よりも早足で河原へ急いだ。
思ったより雨は長引いた。しとしとと、雨脚こそ弱いがしつこいそれは、濡らした服よりも先に心を重くさせていく。
幸運にも、昨日のスライムはもういなかった。木の上や物陰に隠れていることがあるってウェインが言っていたから気をつけはしたけれど、採取している最中に遭遇することはなかった。おかげで今日は上着カゴいっぱいに薬草が採れた。
ただ……できれば、もう少し森を探索したかった。
河原で採れる薬草は安いやつだ。もっと高い薬草を見つけることができたら、今より稼げるのではないか。大きな木陰で雨宿りしながら曇天を見上げ、しばらく悶々とそんなことを考えたのだけれど、弱いけれど一向にやまない雨に根負けして結局やめにした。
もしこれ以上雨が強くなったら帰るのも難しくなる。薬草はこれ以上持てないほど採れたのだし、今日のところは帰った方が得策だろう。そう判断して切り上げた。
町までは無事につけて、チッカの宿を横目に見ながら早足で帰路を進み、冒険者の店へ。
嫌味なことにここまで来てやっと雲に切れ間ができて、暗い夕焼けが顔を覗かせる。雨はあがっていて、僕ははぁとため息を吐いた。
昨日より収穫は多い。けれど、今日の方が心は重かった。
店に入ると、中にはもう結構な人がいた。みんな雨で早めに帰ってきたのかもしれない。ただあまり騒がしくはなくて、どこか空気が落ち込んでいる気がした。
受付に行くと、チッカがバルクって呼んでいたいつもの頬傷のおじさんが座っていた。相変わらずしかめっ面で書類仕事をしているようだ。
「すみません、採取してきた薬草です」
「ん、おお。坊主か。ご苦労さん」
声をかけるとバルクはこちらを向いて、書類を置いてから大きく伸びをした。ポキポキと骨の鳴る音が聞こえてくる。どうやらそうとう長い間、座りっぱなしだったらしい。
「どうも座り仕事は向いてないな……。どれ、薬草を見せてみろ」
コリが酷いのかさらに右肩をグルグルと回すバルクに促され、僕は薬草を山盛りにした上着カゴをカウンターに置く。そのついでに、確認のために聞いてみた。
「チッカはちゃんとこっちに来ましたか?」
「ああ。あれもご苦労だったな。おかげで助かった」
どうやらすっぽかさずに来たらしい。助かった、と言われると役に立てたようで少し嬉しい。
立ち聞きしていたわけじゃないから詳しくは分からないけれど、今朝の様子では、チッカはウェインやあの綺麗なお姉さんと一緒に冒険へ出かけたのだろう。たぶん下水道に行ったのではないだろうか。
あの三人が一緒になって冒険している様子を想像してみて、ちょっとだけ笑ってしまった。ウェインとチッカは騒がしくて、綺麗なお姉さんに怒られている絵が真っ先に浮かんだからだ。きっと楽しい道中になるだろう。
そうだ、もしかしたらあの三人も今日の冒険を終えて戻っているかもしれない。そう思って店を見回してみたけれど、姿はどこにも見当たらなかった。どうやらまだ帰っていないようだ。
……そういえば、下水道は地面の下にあるらしい。洞窟みたいな感じだろうか。だとしたら、雨は関係ないのではないだろうか。
なら、帰ってくるのはもっと遅い時間かもしれない。
少しだけ、話せないのが残念だった。
「薬草は全部問題ないな。よし、今日の分の報酬だ」
検分が終わり、報酬を渡される。伝言の分もちゃんと計算されていて、昨日よりだいぶ多い。
両手で受け取って、頭を下げる。
「ありがとうございます! ……あの、また厩を借りていいですか?」
「おう。ま、がんばんな」
寝床の許可ももらえて安堵する。夜の内にまた雨が降るかもしれないから、断られたらどうしようかと思っていた。
……けれど安堵と同時に、自分はまだ一人前にはほど遠いのだなとも実感した。食べ物は買えるけれど、寝る場所はバルクの温情に頼っている。
チッカみたいに宿に泊まるのが本当なのだ。一番安い薬草を採取して満足している場合ではなかった。今日の分の報酬でも、全然足りないのだ。
もう一度お礼を言ってから、情けない気分で報酬を握りしめて食事処の方へ向かう。
食事を頼むときはバルクじゃなくって、あっちのエプロンを付けたお姉さんに頼むものだと昨日教えられた。あの人は調理と給仕を両方やっているらしい。
今日はお金があるけれど、昨日と同じ品を頼もうと思った。少しでも貯めたかった。
「おうバルク、今日の分の薬草だ。検分頼む」
背後でそんな声が聞こえて、ドン、と重いものが置かれる音がした。思わず振り向いた。
背負いカゴいっぱいの薬草を受付に出していたのは、ツギハギだらけのボロを着た、とても冒険者には見えない小さいお爺さんだった。




