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ギルドクエスト

「ギルドクエストだ」


 曇り空が広がる早朝。頬傷のある顔を強張らせて、店主バルクはそう言った。


「依頼内容は、下水道内におけるケイブアリゲーターの侵入経路調査。ケイブアリゲーター及び他の危険生物の探索。そしてそれらがいた場合の掃討だ。これは領主からの直接依頼であり、暴れケルピーの尾びれ亭の威信をかけて達成すべきクエストである」


 ギルドクエストにはいくつか種類がある。

 お偉いさんからの直接依頼、早急に解決すべき厄ネタ処理、ギルドのメンツを保つためのプライド案件なんてのもある。

 今回はお偉いさん依頼と厄ネタ処理の複合だろうか。バルクからはとにかく速攻でクリアしろとの圧力を感じる。


「質問」


 俺は顔の高さまで手を上げる。バルクは視線を逸らした。俺はかまわず口を開く。


「なんで俺?」

「第一発見者であり、実際にケイブアリゲーターを倒せる力がある。調査ならどこでどのように発見したか、などの情報は重要だ。お前の指名は妥当だろう」


 なるほど、まあ分からなくもない理由だ。俺は妥当。


「質問」


 俺の隣で手が上がる。バルクは視線を逸らしたままだったが、そんなことを気にする女ではない。


「なんで私?」


 目深に被ったとんがり帽子の下から放たれたシェイアの声には、軽い怒気が含まれている。下水道なんぞに行きたくはないのだろう。

 だがギルドクエスト、指名されれば断るのは難しい。正当な理由無く断れば最悪、冒険者ギルド契約を切られる可能性がある。


「ウェインはバカだ。調査依頼なんぞ一人でできん」

「ヒデぇ!」


 いやまったくその通りなのだが、もう少しオブラートに包む努力をしろ。傷つくぞ。


「威信をかけたクエストなら、CかBランクにやらせればいい」


 シェイアが指摘する。それもそうだ。

 俺のランクはD。シェイアはたしかEランクだっただろうか。俺らより上がいるのだから、重要な依頼ならそいつらに頼めばいい。


「言いたいことは分からなくもないがな……お前の指名理由だが、あの下水道はもとは古代遺跡の産物でな。ケイブアリゲーターの侵入経路次第では、隠れていた未踏の部屋だって見つかる可能性がある。魔術士の知識と術は、今回のクエストには非常に重要であると判断したわけだ」


 なるほど納得の理由である。魔術士は希少だし、魔術士の冒険者はさらに希少だ。それで魔術士必須のクエストが出てきたら、普段暇してるシェイアに声がかかるのはある意味当然である。

 それに、とバルクは渋面で続ける。


「お前はまだEランクだが、全然仕事してないだけで十分ランク以上の力はある」

「魔術士がいるパーティは他にもある」

「二組な。あいにくだが両方出払っている」


 むぅ、とシェイアが押し黙る。この店の高ランクだとCランク帯に魔術士入りのパーティがあるが、そういえば最近見ていないな。護衛とかの長期依頼を請けてるのか、あるいはどこかの遺跡にでも潜っているのか。


「もう一つ質問」


 まだ納得していない様子のシェイアだが、自分が適任だということは理解してしまったらしく、下水道が嫌というだけでは断る理由に足りなくてどうにも食い下がれないようだった。

 なので俺がもう一度手を上げると、バルクは嫌そうにさらに視線を逸らす。こっち見ろやコラ。


「いくらなんでも、報酬が安くないか?」


 文字の読めない俺だって、報酬の額くらいは分かる。

 ケイブアリゲーターはでかいし危険だ。俺だって虫の知らせで警戒していなかったらヤバかった。しかもこれは調査依頼。いるかも分からないワニとそれが通れる穴を探して、広い下水道を隅から隅まで見て回らないといけないというクソ面倒くさいクエストだ。

 なのに依頼書に提示された金額は、依頼内容にしてはあまりに寂しい数字である。


「……冒険者の店ってのは、領主の支援を受けて経営しているんだ」

「それで?」

「今後も支援を受け続けるためには、多少安値でも優先して依頼を請けなければならん」

「俺ら命懸けるんだが?」


 ぐむぅ……、とバルクが呻る。

 冒険者は慈善事業ではない。危険を伴う依頼には、相応の報酬を受け取る権利がある。割に合わないならやらない。冒険者として当然の話だ。

 安値で命を張らされるぐらいなら、他の店を探す。


「……これはギルドクエストだ。ランク評価には色を付けるつもりでいる」

「今は金の方がいいんだが……」


 ランク評価には響きやすいが、報酬は安い場合が多い。それがギルドクエストだ。指名料まで入ってるのかなこれ。

 まあ、この依頼をこなせばシェイアはDランクに上がるだろう。俺もCランクに手が届くかもしれない。ランクが上がれば今まで請けられなかった依頼もやれるようになり、つまりもっと報酬のいい仕事が取れるわけで、やる意味がないわけではない。

 ……とはいえ、俺一人だと結局ネズミ退治しかできなさそうなんだが。


「今は常設のネズミ狩り依頼は差し止めているが、下水道から大ネズミがいなくなったわけじゃない。探索途中にいくらでも見かけるだろう。尻尾を持って来たら報酬は別で払う」

「ついでにネズミも狩ってこい、ってことか……」


 大ネズミが溢れ出るとバカみたいな大惨事になるって話だもんな。新人が潜れない今は、バルクも俺らにやらせるしかないのだろう。

 まあどうせ大ネズミは向こうから襲ってくるのだ。手間はない。

 ワニ調査とネズミ退治。二つの依頼を同時進行するのなら、それなりに稼げるのではないか。


「分かった。請ける」


 深い深いため息を吐いて、シェイアが折れた。声から嫌そうな感情がダダ漏れだが、とにかくやる気にはなったらしい。

 はあ、と俺もため息を吐いた。この面倒くさがりがやるというのなら、俺だけ駄々をこねるのもみっともない。


「仕方ねぇ、請けてやるよ」

「そうか、よろしく頼む」


 バルクは見るからにホッとした様子で、やっとこちらを見た。メチャクチャいい笑顔しやがって。本当コイツ調子いいよな……。


「けど、足りない」


 バルクの笑顔が凍る。どうやら、シェイアはまだなにかを要求するらしい。

 とはいえ、俺も足りないと思っていたところだ。

 別に追加で報酬が欲しいとかじゃない。要るのはもっと切実なものだ。


「斥候だな」

「そう」


 ああそうか……とバルクの表情が安堵に溶けた。コイツ、冒険者の店の店主なのにイマイチ察しが悪いんだよな。まあシェイアの言葉が少ないのも悪いんだが。

 俺は戦士。シェイアは魔術士。ただのネズミ狩りで下水道を練り歩くだけなら俺一人でいいが、今回の依頼は調査なのだから、せめてもう一人は専門家が欲しいところだ。細かいことによく気がつく目や耳、そして場合によっては未踏の遺跡探索のために手先の器用さがいる。


 つまりは斥候。


「できれば夜目が利くドワーフがいいんだが、ちょうどいいのはいるか?」

「ドワーフはダメだ。今回の仕事には向かない」

「なぜ?」

「下水道は水場だ。暗視では濁った水中までは見通せないし、やつらは沈む」

「……ああ、泳げねえもんなあいつら」


 ドワーフって重いんだよな。あのずんぐり体型ほぼ筋肉だし。

 下水道を泳ぐ気なんてさらさらないが、滑って落ちるなんて事故はままある。泳げないヤツはあまり連れて行きたくないし、来たくもないだろう。


「心配するな、斥候については心当たりがある。お前らよりは頼りになるヤツだ」

「おいシェイア、俺ら全然信用されてねぇぞ……」

「ウェインは仕方ない」


 お前の方が仕方ねぇんだよ。



「……あの」



 遠慮がちな声がした。低い位置からの小さい声。声変わりもしてない幼いそれは、最近になってここで聞くようになった声だ。


「よう、おはようだなガキんちょ」

「お……おはようウェイン。お二人も、おはようございます」


 ……あれ? なんか今、俺だけ敬語がなかった気がする。


「おはよう」


 シェイアが素っ気なく挨拶を返してから、ジト目でバルクを見る。

 そういえば、バルクの読みではこのガキんちょ、昨日でさよならのはずだったか? おはようは別れの挨拶じゃねぇな。


「お……おう、おはよう。どうした?」


 バツが悪そうに頬傷を掻くバルクだが、べつにガキんちょは悪くない。読みを外したおっさんが悪い。


「はい、また薬草採取に行こうと思います」

「あ……ああ分かった。気をつけろよ」

「はい! 行ってきます」


 用件はそれだけなのか、一度頭を下げてから踵を返すガキんちょ。

 たぶん俺らが話していたから順番待ちしていたのだろう。けどなかなか終わりそうになかったから、会話が途切れた隙を見計らってちょっとだけ割り込んだのではないか。

 礼儀正しくて微笑ましいヤツだ。冒険者としては、ちょっとヤンチャさが足りない気もするが。……というか、冒険者になるようなタイプじゃねぇなあれ。


「あ、おい。ちょっと待て」


 今にも駆け出そうとする小さな姿をバルクが呼び止めた。不思議そうな顔をして、ガキんちょが振り向く。


「ちょうどいい。お前にギルドクエストがある」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。 [気になる点] 字の読めない冒険者がきになる。 どうなるの? [一言] さらっとしてる面白さ
[気になる点] 歯に衣着せる努力と書かれていますが、歯に衣着せぬと奥歯に衣着せるが混ざっているのではと思います。
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