下水道のバカ
松明を地面に投げて、向かってくる敵に剣を構える。素早い動きで迫り来るは二匹。
逆に猫を捕食してしまいそうな、濃い灰色のでかいネズミ。汚れてごわついた毛並みと、長く伸びた前歯が嫌悪感を誘うコイツらは、床のみならず壁も蹴って移動するから意外と捉えづらい。
駆け出しならわりと苦戦する相手だ。
「よっと」
二匹が跳びかかってくる。そのタイミングを見切って剣を振るう。
低めの位置で横一閃。長剣は巨大なネズミ二匹を一度に斬り裂いた。
ぼとぼとと地面に落ちた四つの肉塊は、それぞれが血を噴き出しつつ痙攣し、そして動かなくなる。
「コイツら、向かってくるから楽だよな」
ふふん、と余裕で笑って長剣についた血を払い、鞘に収める。鹿や兎なんかの逃げる獲物は、剣ではなかなか倒せない。やるならかなりうまく身を隠して長く待ち伏せするか、通る場所を見極めて罠でも張るか……そういうのはちょっと、俺みたいなただの戦士には難しい。
そもそも探す段階からお手上げなんてこともあって、山中を丸一日歩き回って収穫なし、ってこともザラだ。獲物を狩るということは、そうそう簡単ではないのである。
その点、ここはいい。下水道は歩いてれば向こうからネズミがやってきて、それを迎え撃てば金になる。バカでもできる仕事だ。誰がバカだ。まあバカなんだが。
報酬が安いのは悲しいが、剣しか能の無い俺がソロだとこんな依頼しかできないから仕方ない。
「えーっと、これで何匹目だっけ? 結構狩ったよな」
しゃがみ込んで、尻尾をちょいちょいとナイフで切り取る。記憶をさかのぼって倒したネズミを数えようとして、途中でやめた。数えたところで手持ちの尻尾は増えない。そんなのは最後にバルクが数えればいいのだ。とりあえず今は、いっぱい、ってことにしておこう。
放り出した松明を拾って、よっこらしょっと立ち上がる。ネズミの肉塊は足で蹴飛ばして、下水路に落としておいた。チャポチャポン、と音を立てて落ちて、ゆっくり流れていく。
アイツらの肉は腹痛くなりそうだし、かといって放置しても他のネズミの餌になるだけだ。死骸はこうしておくのがいい。
……さてと、まあまあ働いたし、どうするか。
とりあえず飯代と宿代くらいは稼げただろう。そろそろ帰ってもいいし、酒代を稼ぐならもう少し粘ってもいい。……ただ、ネズミ程度では正直物足りなさを感じてもいた。
ぶっちゃけ面倒ではある。
二日目にして早くも飽きてきた。剣の訓練にすらならないし、下水道は長居したいほど居心地のいい場所でもない。
もう帰ろうかな……。そう気持ちが傾きかけて、ボリボリと頭を掻く。
そのときだった。
「…………ん?」
違和感を感じて、松明を持つ左手を進行方向に向けた。見える範囲にはなにもない。続いて後ろへ向けるが、そちらもなにもいない。
なにか気配のようなものを感じたのだが、気のせいだっただろうか。首を捻って考えようとして、考えて分かることでもないよなと思い直す。違和感は直感だ。思考というものをすっ飛ばして訴える、常とは違うという警鐘。
冒険者であれば……それを感じたときは、杞憂であっても警戒を怠ってはならない。
冒険するということは、死ぬということだ。
百回に一度しか死なないような危険度の冒険であっても、百度やれば一度は死ぬ。そして冒険者とは、冒険を日常にして生きる者。
生き残れるのは生き残る才がある者だけ。だがこういう直感を疎かにするなら、そのあるかないかも分からない才をも棒に振る。
ちゃぷん、と水音が鳴った。
跳び退く。松明を放り捨てる。剣の柄に手をかける。
ザバッ、と下水路の水が盛り上がる。でかい何かが飛び出してくる。大口を開けて襲いかかってくる。
白くて、人間の倍以上もある大きさの爬虫類。
「大蜥蜴かよ!」
鎧ごと噛み砕かれそうな凶悪な牙をすんでの所で避ける。鞘から抜きざまに剣を振るうが、厚い鱗に弾かれた。バックステップで慌てて距離を取る。
「恐っ、危なっ、ビビった! 死ぬとこだ!」
驚いた。マジか。こんなところに大蜥蜴が出るなんて聞いてない。油断していたら本当に危なかった。
下水道の暗さと、水の中からの奇襲。完全に見えてなくて、避けられたのは幸運だろう。水音に反応できてよかった。こういうことがあるから冒険は気が抜けない。
……が。
「まあ、大蜥蜴だよな」
奇襲は避けた。体勢は立て直した。こうして正面から相対してしまえば、負ける相手ではない。
大蜥蜴はだいたい人間と同じくらいの大きさのトカゲで、ノコギリのようにギザギザした歯と滑らかで柔らかい体表が特徴だ。一応魔物だが、どちらかというと獣に近いんだとかなんとか。よく知らんけど。
前に出くわしたときは、その辺にいる小さいのと同じで細い尻尾は斬ってもまた生えるのか―――などと、ラナやミグルと真剣に議論したっけな。
思い出に浸り笑みまで浮かべながら、大蜥蜴に向けて剣を構える。
その姿を、改めて視界に収める。
人間の倍はある巨大な体躯。転がった松明の明かりを受けててらてら光る、生っ白くて分厚い鱗。全部が筋肉なのだろう、ずっしりとした重みを感じるぶっとくて長い尻尾。長く突き出したような妙にでかい口には、長く鋭い牙がズラリと並んでいる。
這いずるように低い姿勢の巨大爬虫類は、記憶にあった大蜥蜴よりもずっと凶悪なフォルムで……―――
「―――…………なんか違くね?」
意外と俊敏な動きで、全身を振り回すように大蜥蜴が尻尾を横薙ぎに叩きつけた。壁が破壊され、粉砕された石材が飛び散る。
その尻尾を跳んで避けて、空中で眉間にシワを寄せる。多分違う。きっと違う。この大蜥蜴は大蜥蜴じゃない。もしかしなくても別の何かだ。
なんだろこれ。
大蜥蜴っぽい何かが跳びかかってくる。素早い動き。大きな顎。圧倒的な重量。
人間など、一噛みで絶命させうる巨大なバケモノ。
「ま、いいか」
踏み込みは風よりも滑らかに。
振るう剣は閃光のごとく。
すり抜けざまに頸椎へ落とされた刃は、骨を絶ち気道を通り動脈を裂いて。
大蜥蜴の頸部を、両断した。
「殺せば死ぬだろ。だいたいは」
ゴトリと落ちた頭部が裂けんばかりに口を大きく開き、斬り離された胴体の方は血を噴き散らしながらビタンビタンと暴れるように痙攣する。
安全な場所まで下がって、油断なく剣を構える。
このまま死ぬならいい。だがもし不死族とかだったりしたら面倒だ。動かなくなるまで刻むしかない。
やがて両方とも動かなくなって、構えを解いた。松明を拾って近寄ってみれば、いまだ爪が痙攣しているもののちゃんと死んではいるようだ。
それを確認して、やっと剣を鞘へ収める。……そして、改めて眉根を寄せた。
「どーすっかな、これ」
爬虫類の死骸を眺めて、呟く。どうしたもんか。
ネズミと違ってわりと食えそうだが、こんなでかい胴体はちょっと運べない。しかし下水道で解体するのはすげえ嫌だ。というかこんなとこに棲息してたヤツを食べるとやっぱ腹壊すだろうか。しかし久しぶりの肉だしな。そろそろ焼き肉喰いたいな……。
むう、と悩んで、首を巡らす。落とした頭部に目をとめる。これだけでもでかくて、重そうだが……。
「頬肉」
持って帰ることにした。




