近郊の森へ
走って、走って、壁が見えたところで止まって、膝に手を突き肩で息をする。
お腹が減ってるところで走ったからクラクラする。喉も渇いてカラカラだ。つらい。
「やっぱり、奢って、もらえばよかった……かな」
手の甲で汗を拭って後悔する。けれど断ったし逃げてきてしまったのだから、今さらの話だ。
気を取り直そう。依頼を受けることは伝えてきた。採取する薬草も記憶してきた。上着カゴもナイフも持ってる。
忘れ物はない。というか、忘れるほどの所持品はない。悲しいけれど今持っているのが僕の全部。それでも確認して、壁の門に向かう。
「すみません、冒険者のキリです。町の外へ行こうと思います」
門のところにいた兵士さんは昨日と同じ人で、そう言うと片手を上げて送り出してくれた。そのまま門をくぐろうとして、大事なことを思い出す。
「あ、この門は夕方には閉まるって昨日言ってましたけれど、具体的にはどれだけ開いていますか?」
「ん? ああ、日が完全に見えなくなるまでなら開いているよ」
ちょび髭の兵士さんが答えてくれる。ちゃんと聞けた。これでもうやり残しはない。
門を出て、町の外へ。視界が開ける。
そこで、僕は今日初めて空を見た。雨も降りそうにない、いい天気だ。
「今日は森の方へ行ってみよう」
吹き抜ける風に今日の予定をのせて、足を進める。
遠目では森は小さめの丘の近くにあって、背の高い大きな木々がたくさん密集しているように見えた。
けれど近くに来ると、やがてそれだけではないことに気づく。
「切り株がいっぱいだ」
森の手前まで車輪の跡がついた道が続いていて、そこを歩いてきて、そして到着して瞬きした。
たぶん、ここはもう森だった。かつては森だった場所だ。
道の脇に、たくさんの切り株が年輪を見せていた。藪は払われていて、細い木や曲がりくねった木が少し残っている。たぶん木こり小屋の小さな木造建物があって、その近くで枝葉を取り除かれた丸太を乾燥させていた。
森が削れてる。
村でも木こりの人はいた。家を作るのにも薪を得るにも、木は必要だ。けれど、こんなふうに森のかたちを変えるような伐り方は見たことがない。
光景に呆気にとられていると、コーン、コーン、という音がどこかから聞こえてきた。動物の鳴き声とかではなくて、斧が木を叩く音。今もどこかで木を伐っているのだ。
「こんなに木が必要なのか」
町の景色を思い出す。二階建ての家はレンガ造りが多かったけれど、木も柱や梁などで使われているはずだ。それに人がたくさん集まっているのだから薪はたくさん必要だし、机や椅子、食器まで木はいたるところに使われている。考えれば他にもあるだろう。
……あの町では、いったいどれだけの木を使うのだろうか。想像して、ちょっと恐くなった。森が消えてしまうのではないかと思った。
けれど……その不安はいつかの未来のもので、今に限って言えば少し安心もした。
だって、この辺りは人の手が入っている。木こりの人たちだって危ないところで木は伐らないだろう。
……思い返せば、子供だけで森に入ることは禁止されていた。だから入るときはいつも、村の大人の誰かか狩人の小さい兄ちゃんと一緒だった。
危ないからダメ。そう言われてたから、僕は一度も一人で入ったことはない。……でも、二つ上の気の強い子たちは言いつけを破って、たまに森の中の池へ水遊びしに行っていた。
あそこは森に入ってすぐの場所だから、村の人たちも大目に見ていたんだと思う。
「あんまり奥に行かなきゃ大丈夫」
この木こり小屋のある場所を覚えておこう。ここまでは道も続いていたから、戻ってこれれば帰り道に迷わない。
僕は小屋を横目に先へ進む。地面を見れば、明らかに今までと生えている草が違って見えた。ここなら依頼の薬草も期待できるかもしれない。
太い根っこがとび出した、歩きにくい地面を進む。進むにつれて切り株の切り口が新しくなり、切り株自体も減っていった。
切り株が完全になくなるのも、意外とすぐだった。
狩人の兄ちゃんから森で魔物に遭ったなんて話は……ちょっとしか聞かなかった。大人と一緒に森に入った時も、そういう危険なものを見たことはない。
気をつけていけば大丈夫。―――木々の間を縫うような獣道らしき場所を見つけて、意を決して分け入る。
―――そして、見つけた。
「きのこ」
木の根っこのところに、赤くて斑点のある綺麗なキノコが生えていた。
うん、ダメ。これはダメなやつだ。食べたら死ぬやつだと思う。キノコは危ないから絶対に一人で採るなって村のみんなも言っていた。依頼の薬草でもない。
ただ……。
「そうか。山の幸」
木の実や山菜はよく食べていたし採りに行っていたから、少し分かる。浅い川があれば手づかみで魚も捕れる。山芋とかは掘るの大変だけれど、見つければけっこうお腹が膨れるのでは無いか。
森にも食べ物はある。薬草のついでに探せば、お金がなくてもお腹が満たせるのだ。
俄然やる気が湧いてきた。
視線を下に向けて、左右を注意深く見回しながら獣道を進む。
柔らかい土のところに足跡を見つけて、獣が最近ここを通ったのが分かった。たぶん鹿かなにかだと思う。肉食の獣は肉球と鋭い爪があるけれど、残されているのは蹄の跡だ。肉食獣の通った道を辿ると鉢合わせして食べられちゃうので、これは安心材料。薬草でも食べ物でもないけど嬉しくて、少しだけ口元が緩んだ。
「小さい兄ちゃんなら弓の弦を張るところだ」
お肉も食べたいけれど、弓なんて持っていない。持っていても使えない。前に小さい兄ちゃんの弓を引かせてもらったときは、重くて引き切れなくて、狙いを付けたりとかできなかった。
僕が使うならもっと軽い弓になるだろう。でもそれだと鹿は狩れない。かといって鳥とか兎は小さいし素早いから当たる気がしない。……残念だけれど、お肉は諦めた方がよさそうだ。
記憶してきた薬草の絵と、実際の薬草はどれだけ似ているのだろう。実物を知っているのは昨日ちょっとだけ採取できた一種類のみだ。穫り逃したくないので、気になった草は葉っぱを裏返したりしながら観察し記憶と照らし合わせていく。
―――昨日は全部の薬草を覚えていなかったし、時間制限が曖昧で焦りもあったし、原っぱの広い範囲を闇雲に歩いて探していた。
今日はまだなにも見つけられていないけれど、昨日より少しだけ進歩している。そんな気がした。
「あ」
その草を見つけて、思わずそんな声が漏れた。
お目当てのものではない。先の方に切れ込みが入ったような形の、広くて青々とした葉っぱ。
それは昨日、間違えて採取して返品されてしまった薬草。
「ヒシク草」
見れば昨日みたいにたくさんは生えてないけれど、やっぱり群生はしている。一カ所に集まって生えやすいのかもしれない。
「…………」
少し、考える。
塗ってよし。煎じて飲んでよし。お茶にしてもいい。水薬の材料にもなる薬草。
そして、馬も食べていた。
ナイフを取り出し、プツリと茎を切る。摘まんで持って、葉っぱをじっと見つめて。
パクリと、食べてみた。
「……まずい」
青臭くて、苦くて、舌触りが悪くて、繊維が噛みきれなくて。
それでもお腹が減っていたから、渋い顔をしながらもしばらく噛んで、やがてゴクリと呑み込んだ。
馬はあんなに美味しそうに食べてたのに。
裏切られた気分でもう一枚葉っぱを口に入れて、薬草探しを再開する。




