錬金術師の門戸
昼食は干しアサリと野菜のスープに、オムレツ、堅焼きのパン、そして皿に山盛りの木苺だった。
ユーネの料理の腕は教会で修行していた時に培われたものらしく、スープに沈む芋や根野菜が丁寧に皮むきされ、小さめに切られているのが特徴的だ。これが冒険者の店の料理だと、具材はもっと大きくて皮の剥き方も雑。とはいえそれはそれで美味しいのだけれど。
僕は料理なんてできないから、こういうのを出されると素直にすごいと感じてしまう。
ただまあ四人で囲むテーブルとかはグミさんの家にはないので、床に車座で食べることになるのだけど……なんだか森で携帯食を囓ってるような感覚になる。ここ屋内なんだけれどな。
「ユーネ、わたしはスープと木苺だけでいいわ。あと、芋はよそわないで」
「ダメですよお嬢様。マグナーンのおじいさまにちゃんと食べさせるよう言いつかってますからねー」
「貴女、おじいさまとわたしとどっちの味方なの?」
「もちろんお嬢様ですともー」
そんな会話をしつつも、リルエッタのスープの器に遠慮なく芋をよそうユーネ。オムレツもパンも人数分用意しているところを見ると、容赦はしないらしい。
この二ヶ月で知ったけれど、リルエッタは好き嫌いが多くて小食だ。携帯食とかも普通のだとダメで、外だと日持ちのするナッツや乾燥させた果実なんかを少しつまむくらい。あれで足りるのだろうか、と思ってしまう。
リルエッタが小さくて細いのはきっとそのせいだろう。ユーネが心配してたくさん食べさせようとするのも分かる。
「ねえキリ、パンとオムレツ食べてくれない?」
「動けなくなるから無理」
だからその頼みは断った。
それに僕の分はすでに彼女より多く盛られているのだ。仕事中に動けなくなるわけにもいかないし、リルエッタにはちゃんと完食してもらおう。
「ユーネくん、こちらには大盛りを頼むよ。実は研究に没頭するあまり、丸一日以上何も食べていなくてね」
「グミさんはもっとちゃんと食べて寝た方がいいと思うよ?」
まあ、一番心配なのはこの錬金術師さんだけれど。
ユーネがつくったスープは教会の味付けなのか薄味で、少しだけ村の生活を思い出す味だった。
この町は塩が簡単に手に入るからか味のしっかりした料理が多いけど、こういう素朴な味を口にするとホッとしてしまう。
「おかわりありますから、たくさん食べてくださいねー」
そう言うユーネは、もう二杯目のスープをよそっている。彼女はけっこう健啖家でよく食べるし、食べているときはすごく幸せそうだ。スープに浸した堅焼きパンを口に入れると顔がほころんで、見てるだけで美味しそうだなって思ってしまう。
まあその横でリルエッタは、彼女のお腹には多い量を悲壮な顔で口に運んでいるんだけれど。
「魔術と言えば、リルエッタくんはエルムフラーレンの魔術学院には行かないのかい?」
そう言ったのは、堅焼きパンを割ってオムレツを挟んでいたグミさんだった。
エルムフラーレンというのは、この町の東にある都である。行ったことはないけれど、この町よりずっと大きくてたくさんの人が住んでいるらしい。
僕にとってはこの町でも十分すぎるほどに広いけれど、もし機会があればちょっと行ってみたい。都には立派な建物がたくさんあって、美味しいものや珍しいものがたくさんあって、そしてなんと劇場があるらしいのだ。……まあ、入場料はすごく高いらしいけれど。
「行かないわ。わたしにとって魔術は手段でしかないし、まだやるべきこともやりたいこともできてないもの」
リルエッタは匙にすくった芋を睨み付けながら、そう答える。
なんとなく、彼女はそんなところに興味ないだろうなって思っていた。
「そうか。君ならあそこでもやっていけると思ったんだが……まあ、それならそれでいいさ。それじゃあ、キリくんはどうかな?」
「へ?」
まさか僕にそんな質問が回ってくるとは思ってなくて、変な声を出してしまう。
都の魔術学院。そんなよく分からない場所に、僕が?
「もし素質と才能があったら、君も術士になるんだろう? どうだい?」
「えっと……」
どうだい? なんて言われても、唐突な話すぎてどう答えたらいいかも分からない。
魔術士の学校って言われても学校なんて通ったことはないし、さっきの話みたいな真言派とが偽言派とかもよく分からない。想像もできないのだから、答えようもない。
まあ、興味があるかどうかでいえば、少しだけ面白そうだなとは思うけれど……―――
「残念だけど、キリが魔術学院に入るのは難しいわよ。学費が高いもの」
「あ、そうなんだ?」
じゃあ無理だ。お金がかかるならそもそも行けない。
「ああそうか、そこは考慮していなかったな。君が冒険者をしているのは生活費のためだものね。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。元々そんなところに行くつもりはなかったし」
グミさんが本当に申し訳なさそうに謝るものだから、こっちまで恐縮してしまう。
彼女から見れば僕は貧乏ではあるのだろうけれど、今のところ普通に生活できているし、あまり気にされると居心地が悪くなってしまう。
「そうかね? ならまあ、それはそれでいいかもしれない。魔術を究めたいのならともかく、そうでなければ行かない方がいいところだしね。ある意味で行けない理由があるのは幸運かもしれないよ」
「えっと……どういうことです?」
貧乏で学費がないのが、逆にいいってことだろうか。
たしかグミさんはその魔術学院にいたって言っていた気がするんだけれど。
「フッフッフ。魔術というのは便利で強力だけれど、その本質は力じゃないからね。……この非才の身も素質がなさすぎて門前払いされたときは運命を呪ったが、今から考えるとあれは幸運だったと思うのさ。なにせこの性格だもの、絶対にやらかしただろうからね」
「まあ、グミさんはそうでしょうね……」
得意気にダメ自慢をするグミさんに、微妙な表情で納得するリルエッタ。
僕とユーネはといえば、話に置いてけぼりだ。二人で顔を見合わせて首を捻っている。
「つまり、魔術とは学問なのだよ」
そんな僕たちにグミさんが補足で説明してくれる。……けれど、やっぱり要領は得ない。
魔術は力じゃない。魔術は学問。
だとしたら……なにがどうだと言うのだろう。不思議に思いながらグミさんの話の続きを待ってみたけれど、眼鏡の奥の目を細めてニコリと笑っただけだった。どうやら核心は教えてくれないらしい。
「魔術を知れば分かることだからね。まあ、楽しみにしておくといい」
なんだか不穏な気配がするんだけど、それは楽しみにしていいものなのだろうか。
「ただ、それはあくまで君に魔術の素質があればの話だ。魔術の入り道は狭き門だからね。門前払いを喰らう場合も当然ある」
大口を開けてオムレツ入りのパンを囓り、スープで飲み下すグミさん。ああいう食べ方はとても行儀が悪いと、村の神官さんは言っていた。
口いっぱいに頬張るのもダメだし、片手にパンを持ったままもう一方の手でスープの器を持つのもダメだし、口の中を飲み下したい時は水やお茶を飲むものだと教えられた。
冒険者じゃなくても気にしない人は気にしないんだな、と僕はパンを千切って食べる。
「だから、もしこの非才の身のように素質がなかったら……そのときは君さえ良ければ、我らアンサルクロストフの錬金術が門戸を開くよ」
「え?」
ビックリしてしまって、思わず口にパンを入れたまま声を出してしまった。慌てて飲み込む。
「錬金術は魔術に比べて素質……生来の魔力量はあまり関係がないからね。純粋にここの才覚の世界さ。君はきっと、才能がある」
グミさんは自分の頭を指さして、ここ、と示す。
魔術においては生まれながらにして持つ魔力量を素質、頭の良さを才能と呼ぶのだ……みたいなことは、初級魔術の本の最初に書いてあった。
どうやら僕は、グミさんから見て頭の良さは合格らしい。
「錬金術ね。いいじゃない、貴方が商品になる発明をするのなら応援するわよ。魔術なんてやめてグミさんに弟子入りしたら?」
「あ、でも冒険者は辞めないでくださいねー。ユーネたち、困っちゃいますのでー」
「それは当然ね。ちゃんと両立させなさい」
他人事だと思って気軽に言ってくれるリルエッタとユーネ。
まあ錬金術というか、グミさんみたいに面白いものを造るのはちょっと興味あるし、それも悪くないかもしれないと思う自分はたしかにいる。
……でも、冒険者を辞めるのは困るなんて言ってくれるのか。それは、ちょっと嬉しい。それは彼女たちに必要とされている証拠だ。
―――海塩ギルドの働き口を紹介してもらいにくくなったかな、とは、ちょっと思ったけれど。
「ありがとうグミさん。その話は、魔術を門前払いにされてから考えるよ。……それより錬金術といえば、今回も実験はするんでしょ?」
「もちろんだよ! リルエッタくんの確認が終わり次第、すぐに町の外へ繰り出そうじゃないか」
意図的に話を変えると、グミさんは上機嫌にのってきてくれた。
そもそもこの依頼、錬金術の実験がメインだったりする。用意された魔術陣に魔力を通して正常に動作するか最終確認し、町の外で実験して成功か失敗か確かめるという内容。
―――ちなみに。この仕事において僕とユーネはオマケみたいなものなのだけれど、実は魔術陣を起動するだけなら大して疲れないらしいので、掃除や炊事洗濯の方がよほど重労働という……なんだかメインとサブがチグハグな仕事でもある。
「今回の自動走行爆破車輪はすごいぞ。前回の失敗を活かして一定以上傾かないようにバランス機能の術式を組み上げた。これで起動直後倒れて大爆発、なんて大惨事は起こらないハズだよ!」
「前回は大変でしたねー」
「本当にね……」
元気いっぱいに今回の実験のキモを説明してくれるグミさんに、前回を思い出して苦笑するユーネ。魔術の素質がなさすぎるグミさんの代わりに起動役をするリルエッタは、いつも一番近くで被害を被るから憂鬱そうだ。
―――でもまあ最初のは動き出すこともなく爆発したし、二回目のはその場でコマみたいにクルクル回転して爆発したし、ちょっとでも走った前回はずいぶんな進歩と言っても過言じゃない。これで倒れずに走るようになったのなら、もう成功したようなものだろう。
僕は木苺をつまんで口に入れる。甘酸っぱさが口の中に広がった。
ちょっとずつ成功へと進むグミさんの発明は、僕もけっこう楽しみにしていたりするのだ。
―――なお、改良版自動走行車輪はぐるりと円を描くように走り、僕たちがいる場所へと突っ込んできた。




