バカと少年の出会い
「おめでとう! 本当におめでとう!」
冒険で汚れた武器も鎧も置き、似合わない婚礼の衣装を纏った二人に声をかける。ラナがいつもの調子で微笑んでくれて、ミグルがいつもよりカタい表情で握手を求めてくる。
「ありがとう、ウェイン。今日の私たちがあるのは君のおかげだ」
「ハハハ、似合わねーぞミグル。ま、結婚ともなれば緊張するよな。ほら、飲め飲め。新郎は注がれた酒は飲み干すのがヒリエンカの伝統だ!」
「そんな伝統は聞いたことないんだが……」
差し出された右手をがっちり握って、ついでに肩をバンバン叩いてやって、まだ半分しか空いてない木の杯になみなみと酒を注いでやる。
「元気でな、ラナ。ミグルが農作業サボったら蹴飛ばしてやれよ」
「ふふ、そうするわ。ウェインも元気で。無茶しちゃダメよ」
新婦にも挨拶するが、酒は注がない。彼女のおなかには新しい命が宿っている。妊婦に酒はマズいってことくらい、俺だって知っている。
今日はめでたい日だ。
冒険者にとって、死別ではない別れはめでたいものだと老冒険者に聞いた。喧嘩別れでも裏切りによる別れでも、死別よりはマシだと。
それならば、今日は格別にめでたい日だ。だってこんなに幸せに溢れているのだから。
「二人の結婚に乾杯! この新しき夫婦に、アーマナ神の祝福を!」
「ふぐっ、うぐ……うううぇぇ」
二日後、俺は酒場のテーブルに突っ伏して泣いていた。安酒が頭に響いて目から汗が出るたび涙腺が痛い。
「よく頑張ったと思う、ウェインは」
癖っ毛な魔術士のシェイアが、もう何度目かになる慰めを口にする。
「うう……シェイア、聞いてくれ。俺は、俺は……」
「ラナさんが好きだった。けれどミグルさんにとられて、それを知ったときにはもうお腹に子供がいた」
俺はガックリと項垂れる。戦う前から勝負はついていた、というやつだ。俺にはあそこから巻き返す術などなかった。
はぁー、とテーブルに突っ伏したまま息を吐く。顔も上げずに手で探って、だいぶん少なくなってしまった黒パンを手に取った。ちみちみと頬張ると口の中の水分が持っていかれ、やっと身体を起こして安酒を流し込んだ。
黒パンは固くて雑味が多いと言ってミグルは食べたがらなかったが、俺はこの固さが気に入っている。腹持ちもいいし、安いのもありがたい。
「俺も結婚してぇなぁ……」
「相手もいないのに?」
「そうだシェイア、よかったら俺と―――」
「Bランクになったら考えてあげる」
冒険者の格差社会はツラい。Dランクの身には重しのようだ。
実際、ランクが低いと報酬がいい依頼は受けられないからな……。まあ高額報酬の仕事は俺の手に負えないんだけど。
しかし、Bランクね。シェイアも厳しいことを言う。
Bランク冒険者はヒリエンカに二組しかいない。Aランクなんて皆無だ。冒険者の店がある規模の街とはいえ、この辺りには未踏破のダンジョンもないから、強いヤツらはみんな大きな都へ行ってしまう。
「都か……」
こうなったら俺もどこかへ旅立つとかいいかもしれない、と思って呟いてみたが、どこへ行くにも先立つものがないのに気づいた。結婚祝いで所持金は底をつきかけ、旅費どころかそろそろ明日の飯にも困る有様だ。
はーあ、と長い息を吐く。どれだけ傷心だろうと、いつまでもぐだぐだやってはいられない。貧乏暇無し。働かずにいられる時間は余裕のあるヤツの贅沢なのだ。
世知辛い現実を直視したら悲しくなって泣きそうになったが、さすがに涙は出ない。そこまで心が弱いわけでもないのがツラい。
黒パンの最後の欠片を口に放り込んで、安酒で流し込んでからまた溜息を吐く。チラリと掲示板の方へ視線を向ければ、いくつか依頼書が貼り出されてはいた。
都合良く片道の護衛依頼でも受けられれば、都に行けて金も入って一石二鳥なのだが……それ以前の話もある。
仕事か……困ったな。
「ん?」
掲示板の前に見慣れない姿を見つけて、俺は首をかしげる。
小さいが、耳が尖ってないのでハーフリングではない。細っこいからドワーフでもない。普通の人間の子供だろう。
子供は依頼掲示板を見上げ、依頼書を見てふむふむと頷いていた。一つ場所でしばらく立ち止まり、唇に指を当てて何度か頷いて、そして次へ。それを繰り返している。
依頼書を貼り出すのは店の仕事だ。店側が仲介料をピンハネするため、依頼人が掲示板に直接依頼を貼ることは禁止されている。だから掲示板の前でたむろするのは、同業くらいのものなのだが。
新人だろうか、あるいは冷やかしだろうか。ギルドは十二歳から登録を受け付けるが、それにしても小さい気がする。
俺は外していた剣帯を締めて立ち上がり、悪酔いでフラつく足取りでその子供の方へと向かった。鈍い頭痛に耐えながら声をかける。
「よぉ、ガキんちょ。新米かぁ? 文字は読めるかよ?」
ちょっとガラが悪くなってしまったかもしれないな、と後で反省した。




