戦いの前兆。
「それで危ないって思った時、ヴェインが助けてくれたんだ。」
「うんうん! それで? その後どうなったの?」
ラックの隣に座っているリリエラは輝いた目でラックに話の続きを催促する。ラックもそれに応えてリリエラが聞き取りやすいようゆっくりと話していく。
以前ラックと一緒にいたいからという理由で冒険者になると言っていたリリエラだったが、他国の王女である以前に年齢的に冒険者になる事はできないと言われた時、それはもう駄々をこねまくって周囲の人間を困らせていた。
そこでラックは妥協案として自分達の仕事の話を可能な限り話す事をリリエラと約束した。
今日も城から抜け出してきたリリエラはラックが話しを嬉しそうに聞いていた。
今の格好はドレスではなく動きやすく目立たない格好だ。この姿であればリリエラの正体に気づく者はこの国にはあまりいない。
さらに王国は治安が良く、加えてリリエラに気付かれないように護衛の者がこっそりとついてきているためリリエラの安全はとりあえず保障されている。周りの人達はリリエラが何かしでかさないか気が気ではないが、リリエラは気づかずラックの話を聞きながらヴェインの用意した菓子をつまんでいた。
「あっ。無くなっちゃった。お菓子貰ってくるわね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
予想以上に美味しかったヴェインの作ったお菓子を食べ切ってしまったリリエラ。しかしまだまだ食べたかったので追加のお菓子を貰うために台所に向かう。
「ねぇ、お菓子のおかわりある?」
台所にやって来たリリエラに驚いたのかヴェインは肩を大きく揺らし危うく持っていた皿を落としそうになった。
「お、お菓子? お菓子ですね。ありますよ。ちょっと待っててください。」
そう言ってヴェインが皿をしまおうとしている時、リリエラはヴェインの持つ皿に注目する。
「そのお皿、きれいね。」
「そうですか? ありふれた物ですよ。」
鮮やかな赤い花の模様が描かれている女性が好みそうな可愛らしい物だ。リリエラはその皿を一目で気に入ってしまった。
「気に入ったわ! そのお皿、ちょうだい!」
「は? いやいや! 王女様が使うような物じゃないですよこれ。その辺のお店で買った安物ですから。」
そう言ってヴェインは皿を後ろに隠す。そのせいかリリエラはヴェインに近づいていく。
「いいじゃない。その辺で買った物なら私にちょうだい。」
「いやそれはちょっと。そ、それにこれはラックの使う皿だから」
「ラックの? つまりラックとお揃い? 欲しい!」
諦めさせるためにあれこれ言うがその全てが逆効果だった。ヴェインは他の言い訳を考えていると、玄関の方から激しいノック音が聞こえてきた。
「だ、誰か来たな。ちょっと行って来ます。」
これを幸いと思い、ヴェインは急いで皿をリリエラの手の届かない場所にしまい玄関へと向かう。するとそこには玄関先で誰かと話をしているラックの姿が見えた。
「大変なんです! すぐに来てください!」
「落ち着いてミリー。」
そしてラックに詰め寄っているのはミリーだ。何やら慌てている様子。
「どうしたんだ?」
「ヴェインさん! 実は魔族が現れたらしいんです!」
「魔族!?」
魔族と聞いて今度はラックがミリーに詰め寄る。
「どこに?!」
「ラ、ラックさんとヴェインさんを連れて来たら話すってギルドの人達に言われて、まだ詳しく知らないんです。」
「そうか。わかった。すぐに行こうヴェイン!」
「あぁ。」
「あっ。私も」
「王女様は護衛の人達と一緒に城に帰ってください!」
「護衛? …あっ! お前達いつの間に! やだー! 私も行くのー!」
話を聞いたラックとヴェインはミリーと一緒にギルドへと向かう。リリエラはついて行きたそうにしていたが、そういうわけにもいかないため護衛の者達に城へと連れ戻されていった。
◆◇◆◇◆
チームを組んでいるとある冒険者達が仕事のために王国の近くにある森に訪れた時、魔族と思われる者の姿を目撃する。何事だと思い慎重に後をつけると、正確な人数は不明だが軍隊を編成できるくらいの人数を確認する事ができた。冒険者達は魔族に見つからないまま何とか逃げ出し、急いで冒険者ギルドに報告をした。
ギルドの者達はすぐに魔族討伐に向けて動き出し、腕の立つ冒険者達に声をかけて応援を要請した。ラック達にも声がかかり3人とも魔族討伐に参加する事になった。
現在、冒険者達は森の中で身を潜めている魔族達を討伐するための作戦を立てたり色々と準備をしていた時、魔族の様子を見ていた見張りの者が息を切らしながら冒険者達のところへとやって来た。
「た、大変だ! 魔族の奴ら、ここに向かってくるぞ!」
その情報を聞き、冒険者達は騒然とする。
街には大勢の市民達がいる。もし、魔族達が街にまで入り込んでしまったら甚大な被害が出るのは明白だ。
それを防ぐために冒険者達はギルドの者達と情報のやりとりをしながら魔族達が侵攻している場所へと向かう。
王国には騎士達がいるが、屈強な肉体と強力な魔法を使える魔族達相手では騎士達だけでは心許ない。だから、多くの冒険者達は自分達の意思で魔族討伐に参加する事を決めた。
冒険者達にも守るべき存在がいる。今回の戦いで死ぬかもしれないと全員わかってはいるが、それでも大切な人達のために冒険者達は魔族討伐のために足を動かした。