仮面騎士 第7話。
彼は魔法陣のある部屋で1人項垂れていた。
目元にはうっすらとくまがあり、疲れている様子からあまり眠っていないようだ。
彼はしばら項垂れる事以外何もしていなかったが足音が聞こえてきたあたりで顔を上げる
「すまない。遅れてしまった。」
やってきたのはアルトだ。後ろにはアルトの部下が数名控えている。
「謝らないでくれ。忙しい時にこちらの不手際で呼び出した私が悪いのだから。」
「君がやったわけじゃないんだから気に悩まないでくれ。」
「…あぁ。すまない。時間が惜しい。すぐに行こう。」
彼はアルト達を連れて転移魔法で転移し、ある場所まで徒歩で移動して目的地目前の所で立ち止まる。
彼らが今いるのは帝国の城の地下施設の1つ、謹慎部屋の前だ。謹慎部屋の主な使用方法は罪を犯した騎士を閉じ込める事。
今彼らがいる扉前の向こう側には罪を犯した1人の騎士がいる。
「今入っても大丈夫か?」
「大丈夫だ。今は薬で眠っている。」
彼は鍵を取り出して開錠をすると重たい謹慎部屋の扉をゆっくりと開けていく。
謹慎部屋は罪人用の牢屋と比べれば清潔感はあるが、明かり以外である物は簡易的なトイレと寝心地の悪そうなベッドのみ。そのベッドの上でラックは眠っていた。
彼に続いて謹慎部屋に入ったアルトはラックに近づいて目を細める。
「こいつが?」
「…あぁ。」
「なぜ殺したのか聞いたか?」
「いいや。その前に気絶させた。」
「そうか。」
表情からは分からないがアルトがラックに対して怒り、あるいは憎しみを抱いているのを彼は知っている。理由は簡単。ラックがラデス打倒の要となるラデスの妹を独断で殺したからだ。
ラックがベッドの上で眠る少し前。
少女を殺したラックは後ろにいた彼に近づき
「見てください団長! 俺、悪い魔族を倒しましたよ!」
と、笑顔で言った。
その姿に恐怖を感じた彼は気がつけばラックの顎を殴り抜いていた。そのせいでラックは気絶してしまった。
倒れているラックを見て彼はやってしまったと思ったが、これは絶好の機会だと思い直しすぐにラックを担ぎ上げ謹慎部屋に放り込むために駆け出した。
そして今、ラックはベッドに縛り付けられている。
手足にはベッドに繋がっている鎖付きの枷をはめられており、目が覚めないよう薬を投与されている。
「ここに呼んだのはそれを報告するだけじゃない。悪いが君の魔法に頼らせてくれないか?」
「なるほど。確かにこの状態なら私の魔法は効果的だ。今やっても?」
「あぁ。頼む。」
彼の許可を得たアルトはラックに近づき額に向けて手をかざすと目をつむり、何かを探るように集中し始めた。
「…なぜあの少女を殺した?」
しばらく経つとアルトは寝ているラックに向けて質問を投げかける。通常であれば眠っている相手に話しかけても返事を帰ってくる事はほとんどない。
「…魔族、だから。」
しかし、ラックは眠ったままの状態でアルトの質問に答えた。
もちろんこれには理由がある。
アルトは眠っている相手に話を聞き出したり記憶を操作する事ができる魔法が使える。この魔法も使うのにかなりの集中力が必要だが、情報を聞き出すのにはとても都合がいいものだ。
「魔族を殺す理由は?」
「…魔族は、悪いやつらだから。」
「魔族に、何か恨みでもあるのか?」
「…ない。」
「ない? …いや。質問を続けよう。なぜ少女が地下牢にいたと分かった?」
「…なんとなく。」
「なんとなく!?」
そこで集中が切れたのかアルトは魔法の使用を止めてしまった。
アルトも彼もラックの答えに戸惑ってた。
「どういう事だ。」
「なぁ。何かの間違いという可能性はないのか?」
「…いや。その可能性は低い。私の魔法の前では嘘はつけない。」
「じゃあ、ラックは確かな理由もなしに他の者を傷つけてまであの少女を殺したのか?」
「…そうなってしまうな。」
「なんて事だ。」
実はラックは少女を殺す前に他にも罪を犯していた。地下牢の入り口付近にいる見張り役の騎士を殴って気絶させたのだ。理由は少女を殺そうと地下牢に乗り込もうとした時、ラックにとっては邪魔な存在である騎士を黙らせたかったからだ。
目にかけていた自分の部下がこのような事をしでかした事に彼は頭を抱えた。しかしそんな事をしても何も解決はしない。頭を抱えながらもどうすべきか考え、ある方法を思いついた。
「…アルト。ラックの記憶をいじってくれないか?」
「構わないが、どういじる? 記憶の数と内容によっては効果が薄くなるぞ。」
「まず少女を殺した記憶を封じて、それから見張りの者を傷つけたのは無理矢理地下牢に押し入るためではなく些細な事で喧嘩した事にしてほしい。できそうか?」
「それなら問題ないと思う。少し待て。」
「あぁ、頼む。」
アルトは先ほどのようにラックの額に向けて手をかざして目をつむり、集中する。その時の表情は先ほどよりも険しい事から記憶操作はかなり神経を使うようだ。
アルトの邪魔をしないよう黙って見ていた彼だったが、ふとラックの様子に違和感を感じた。何かおかしいと思いよく見てみるとラックの腕がわずかだが震えている。腕の震えが大きくなるにつれて、彼は嫌な予感を感じた。
その瞬間。
震えていた腕が突然大きく動き、つけられていた枷の鎖を引きちぎってアルトの頭を掴もうと動く。
ラックの動きにいち早く気がついた彼はすぐにアルトの腕を掴み引き寄せた。そのおかげでラックはアルトの頭を掴み損ねて宙を撫でる。
魔法を使うのに集中していたため何が起きたのか分からず困惑した表情を見せているアルト。
彼はアルトの腕を掴んだまま急いでアルトの部下達に入り口から離れるよう命じながらラックの様子を見ていた。
眠っているはずのラックはもう片方の腕の拘束も引きちぎり、足の拘束も引きちぎろうとしている。
アルトの部下が扉の前から離れたのを確認するとアルトと一緒に彼は謹慎部屋から出て急いで扉を閉じて鍵を閉める。これで安心だ。
その直後。
扉の向こうからドカンと大きな音が聞こえた。それも1回だけじゃない。何回も何回も扉を蹴破るような音が扉の向こうから聞こえてきた。閉じ込めた騎士が逃げ出さないよう頑丈に作られているはずの扉が徐々に歪んでいく。
それを聞いて、見た彼は急いでアルト達を連れて扉の前から離れて魔法陣がある部屋に行き転移魔法を使ってアルト達を連邦へと送り返した。
そして急いで地下施設まで戻りラックがいる謹慎部屋まで走って行くと、壊されて床に落ちている謹慎部屋の扉と寝ぼけた様子であたりを見回しているラックの姿が目に入った。
彼はいつでも剣が抜ける体制に入りながらゆっくりと注意深くラックに近づき声をかけた。
「ラック。」
「あ! 団長! ここどこなんですか?」
彼に気がついたラックは彼に近寄る。彼は思わず剣を抜きそうになったがなんとか抑え、平常心を取り繕いラックに話しかける。
「どこって、覚えていないのか。お前はくだらない理由で喧嘩をして同僚を傷つけた罪で今から謹慎部屋に入るところだ。」
アルトの魔法がちゃんと効いている事を祈りながら彼はそう言うと、ラックは首を傾げる。
「そういえばそう、だった? んー。なんで喧嘩したんだっけ? あんまり話した事ない人だったのに。」
「寝ぼけて忘れたのか? まったく。」
どことなく納得いっていない様子だったが、少なくともアルトの魔法のおかげで記憶操作はできている。それを確認できた彼はひとまず安心した。
「理由はどうあれ罪は罪。謹慎部屋で反省文を書きながら自分のやらかした事を後悔し、反省しろ。」
「はい。分かりました。…あれ? この扉、なんで壊れているんですか?」
「それは、以前ここに入っていた者が壊した。お前は隣の部屋に入れ。」
お前が壊したんだよ。
出かかったその言葉を彼はなんとか飲み込んだ。そしてその後は難なくラックを別の謹慎部屋に入ってもらった後、彼は急ぎ足で再び魔法陣がある部屋へと向かった。
その後、彼は何度も転移魔法を使ってラックの被害者の1人である騎士を薬で眠らせている状態で共に連邦側の魔法陣がある部屋まで転移しアルトに記憶操作してもらい、再びその騎士を誰にも見つからないよう事情を知っている部下達の協力を得ながら医務室へと戻した。
そして何事もなかったように騎士団団長としての職務へと戻った。
今日の仕事を終えた頃には彼は心身共に疲れ果てていて自分の部屋に戻ると真っ先にベッドに向かい、倒れるようにベッドの上に寝転がるとすぐに眠りについた。




