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44 今度はみんなで…

 ブライト様のお部屋に場所を移して過去……というか、時を遡る前の未来で起こったことを知った私はあまりのことに言葉を失った。

 あの婚約破棄の裏でそんなことがあったなんて知らなかった。いえ、知らされていなかった。

 ジル様もブライト様も両親でさえも、私には何も教えてくれなかった。

 だから、ずっとすれ違いが原因で婚約を破棄されたのだと思い込んでいた。

 ああ、そうでしたのね……だから、婚約破棄を言い渡した時のジル様はあんなに苦々しいお顔をしてらっしゃったのね。

 私は頭の中に焼きついているあの日のジル様の顔を思い出す。

 見たこともないくらい厳しい顔つきだったから、てっきり私のことを見るのも嫌になってしまったんだと思っていた。けれど、あの時ジル様も苦しんでいたのですね。

 ブライト様も……ジル様に頼まれたから私に求婚なさったのですね。

 今までずっと引っかかっていたジル様の表情の理由(わけ)も、ブライト様の行動の意味も、時を超えてようやくわかった。



 話の最後に「ごめんね、今まで黙っていて」と言って、ブライト様は黙り込んだ。

 震える手を握りしめて声をかけられるのを待つブライト様の、まるで断罪を待つ罪人のような表情に胸が締めつけられる。

 逆行転生の魔術を使ったのはブライト様だとは思っていたけれど、思っていた以上に壮絶な最期を遂げていた。私が向こう見ずに崖から飛び降りてしまったばかりに、ブライト様に命懸けで魔術を使わせることになってしまった。

 今にも倒れそうなほど青白くなったブライト様に何か声をかけなければと思うのに、どんな謝罪の言葉も軽く聞こえてしまう気がして、私は彼にかける言葉を見つけられないでいた。


 部屋に落ちた沈黙を破ったのは、ジル様の嗚咽だった。

 頬を涙が伝う感覚にジル様が泣いているのがわかった。

 ブライト様もはっとしたように顔を上げると、肩を震わせて静かに涙を流すジル様を見て困惑したような顔をした。


「なんで、ジルベルトが泣くのさ……」

「だって、こんな……こんなこと……」


 ジル様の感覚と連動して私も喉の奥がギュッと締めつけられるように苦しくなる。

 ジル様は顔を手で覆うと、わなわなと震える口を開いた。


「ぼくのせいじゃないですか……僕が、貴方たち二人を死に追いやって……」


「それは違うよ!」

「それは違いますわ!」


 絞り出すように放たれたジル様の言葉に、私とブライト様は即座に否定した。


「違うよ! ジルベルトは悪くない! 僕が! 僕が悪いんだ!」

「そうですわ! ジル様は悪くありません! でも、ブライト様だって悪くありません!」 


 私が二人とも悪くないときっぱり言うと、ブライト様がびくりと体を震わせた。

 私はかまわずに続ける。


「お二人とも悪くありません! 悪いというならジル様を陥れたコーデリア様ではありませんか!」

「でも、僕がちゃんとコーデリア嬢をエスコートしていたら……」

「していたとしても! きっとコーデリア様はジル様を陥れようとしたはずです! ――――もうやめましょう、誰が悪いとか言うのは。だって誰も悪くありませんもの! こんなの……こんなの、みんなが悲しいだけですわ!」


 最後まで言い切るとブライト様は泣きそうに顔を歪ませた。


「…………なんでだよ……なんで……君たちは僕を責めないのさ……僕は君たちに嫌われるのが怖くてずっと何も言えなかったんだよ!? ――アリーシャ嬢がジルベルトの中に甦ってからだって! 僕は今の関係が壊れるのが怖くて言い出せなかった……!」

「ブライト様はご自分を責めすぎですわ!」

「責めもするよ!」


 ぼろり、とブライト様の目から堪えきれなかった涙が零れ落ちた。

 

「僕はジルベルトから君を託されたんだよ!? それなのに……それなのに僕は君を死なせてしまった……!」

「私が死んだのはブライト様のせいではありませんわ!」

「そうだったとしても! 僕は僕が許せないんだ……」


 崩れ落ちるように膝をついてブライト様は項垂れた。

 だらりと腕を下げたまま小さく肩を震わせて涙を流すブライト様を前に、ジル様は唇を噛みしめると私が口を開くより早くすっと動いた。

 ブライト様の傍らに膝をついて彼の肩に手を置いた。


「すみません、ブライト。こんなになるまで苦しめてしまって……僕には貴方やアリーシャのような未来の記憶はありません――けれど、未来での僕の身勝手な願いが貴方をここまで追い詰めてしまったことを、どうか僕に謝らせてください」

「そんな……ジルベルトが謝ることじゃ……」

「貴方が自分を許せないのなら、僕はそんな状況を作った僕自身が許せません」

「ジルベルト……」


 ブライト様がゆっくりと顔を上げ、涙にぬれた瞳をジル様に向けた。

 不安に揺れる黒い双眸と目線を合わせ、ジル様は未来の自分が言えなかった言葉を口にした。


「ずっと辛い思いをさせてすみませんでした。それから、最後までアリーシャのそばにいてくれてありがとう」

「ジルっ……ジルベルトォ……やっ、やくそく、まもれなくてごめん……!」


 がばっとブライト様が抱きついてくる。

 勢いのまま尻もちをついたジル様は、肩に顔を埋めたまま泣きじゃくるブライト様の頭をいたわるように優しくなでた。



 ***



 ひとしきり泣いたブライト様がそっとジル様から離れた。

 その頃にはもうすっかり日が傾いていて、窓から差し込む西日が少し照れたようなブライト様の顔を照らした。


「ありがとう、ジルベルト――――僕はもう大丈夫」


 ごしごしと手の甲で涙を拭って上を向いたブライト様は、憑き物が落ちたような顔をしていた。

 そうしていつものようにへらりと笑うとすくっと立ち上がった。


「もうすぐ卒業パーティーなんだし、落ち込んでもいられないよね! ――――そうだろ? ジルベルト、アリーシャ嬢」


 努めて明るく聞こえるように声を張り上げたブライト様は、床に座ったままのジル様に手を差し出した。ジル様がその手を握り返して床から引っぱり起こしてもらう。


「ええ、その通りです」

「その日のために、私たちは今まで頑張ってきたんですもの!」


 ジル様と私が順番に言うと、ブライト様が深く頷いた。


「今度は絶対君たちの結婚式に出るんだから! 僕は最後まで諦めないよ」


 ブライト様が自分に言い聞かせるように目を閉じて決意を新たにする。

 私もそれに同調して頷く。


「せっかくブライト様が命がけで時を戻してくれたんですもの。今度は婚約破棄なんて真似、絶対にさせませんわ!」


 悲しくて辛い思いは全部逆行前の未来に置いて、新しい未来はみんなで幸せになりたいと思った。

 意気込んで宣言した私の言葉に続いて、ジル様も決意を口にした。


「僕も、もう二人に辛い思いをさせたくありません――――今度は必ず、みんなで幸せになりましょう」


 もう二度とあんな悲しい思いはしたくない。させたくない。

 私たちは今日ここで、あの悲しかった未来を繰り返さないと誓い合った。

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