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27 秘密の話をいたしましょう ②

 放課後アリーシャとの勉強会を終えたジル様は、ブライト様に呼び止められた。


「ジルベルト、今から時間空いてる?」

「空いてますけど……ブライトは帰って休んだ方がいいのではないですか? いつにもまして酷い顔色ですよ」


 ジル様がブライト様の目の下の隈を指摘すると、ブライト様は恨みがましいような視線を向けてきた。


「君が昨日あんな手紙を寄越すから眠れなかったんじゃないか」

「それは……すみませんでした」

「まぁ、寝付けないのはいつものことだけど」


 珍しくひょうひょうとしていないブライト様の様子に、私はジル様の中で首を傾げた。

 そういえば、昨日ジル様からお手紙を渡されていたようですけど、何が書いてあったのかしら。

 私が寝ている間に書かれた手紙だったようで、中身はどんなことが書かれているかはわからなかった。

 けれど、ブライト様にわざわざ手紙で伝えるくらいだから、私には知られたくないことが書かれていたのかもしれない。

 もしかして、レイ家の退魔師を早く紹介してほしいとかいう内容だったとか?

 一応ジル様の手前、ブライト様は表向きはレイ家の退魔師を紹介できないかを家の方に口利きしてもらっている、ということにしているようですし。


 なんにせよ、ブライト様が眠れないほどのことならあまりいい話ではないような気がする。

 私はブライト様とジル様がこれからどんな話をするのか思いを巡らせながら、温室へと向かうブライト様の後を追いかけた。



 ***



 と、思っていたのに。


「ご用があったのは、ジル様にではなかったのですか?」


 私は自由に動くようになった両腕を胸の前で組んで、向かいに座るブライト様を呆れたように見やった。

 少なくともジル様はブライト様と話す気満々だったはずなのに。

 まさかジル様も温室に着いて早々、ブライト様特製のお茶で眠らされるとは思わなかったに違いない。


「僕は時間空いてる? って聞いただけで、ジルベルトに話があると言った覚えはないよ」


 くすくすと笑い声を上げながらブライト様は優雅に紅茶を口にした。

 前言撤回。いつものブライト様ですわ。

 私はがっくりと肩を落として、ブライト様が新しく淹れてくださった紅茶を手にとって抗議する。


「ジル様はブライト様とお話しする気でしたのに、これではジル様がいささか可哀想ではありませんか」

「まぁ、そうなんだけどさ……その前にアリーシャ嬢と話しておかないとと思ってね」

「私と、ですか?」


 どういうことですの? と首を傾げてみせれば、ブライト様は頬をぽりぽりとかいて言いにくそうに口を開いた。


「アリーシャ嬢、ジルベルトが君のことに気づいたって言ったらどうする?」

「はい?」


 言われていることの意味がわからずに聞き返すと、ブライト様がもう少し補足して現状を説明してくれた。


「だからね、ジルベルトが君が未来から逆行してきたアリーシャ嬢だってことに気づいたって言ったらどうする? って聞いてるんだよ」


 言われていることの意味を理解した瞬間、手にしていたカップを取り落としそうになった。

 なんとか咄嗟にもう片方の手で支えてテーブルの上に置くと、震える手で口元を押さえた。


「……どうして……」

「君さ、なにか書いたでしょ」

「え? 私、そんなもの……………………あ」


 そういえば、ジル様の中で気がついた初めの日。夜眠れなくて便箋に日記のようなものを書いたのを思い出した。

 そういえばあの紙どうしたんでしたっけ。

 確か確実に処分しようと、ひとまずジル様の宝物箱にしまって――そのままその存在を綺麗さっぱり忘れ去っていた。

 ジル様の宝物箱はしばらく動かされた形跡はなかったけれど、私は最近ジル様と四葉のクローバーの話をしたばかりだ。そんな話をしたら懐かしくなって箱を開けたくなるかもしれない。

 そこに見覚えのない紙きれが入ってたら、普通読みますわよね。

 私は思わず手で目を覆って天を仰いだ。


「…………完全に自業自得ですわ」

「君って、たまにうっかりなところあるよね」

「うう……返す言葉もございませんわ……」


 確かに昔からうっかり忘れることはよくあったけれど、まさかこんなところでやらかすとは。

 慎重に行動したはずなのに、こんなことになるのならゴミ箱に放り込んでしまえばよかった。

 いっそもう一回逆行が可能ならば、あの時の自分に日記を書くなと言いたい。

 はぁと大きなため息を吐くと、向かいからブライト様に話しかけられた。


「それで、アリーシャ嬢はこれからどうする?」

「え?」

「ジルベルトはもう君が『誰』なのかわかってるよ。それを知ったうえで、君はジルベルトとどういう関係を望むの?」


 問われてはっと息をのんだ。

 最初に否定されてしまってから、もう何を言っても『アリーシャ』だとわかってもらえないと思っていた。


 けれど。


 ジル様は私のことを『アリーシャ』だとわかっていると、ブライト様は言った。それなら、もう叶うことはないと思っていた願いを叶えることができるだろうか。


「…………もし……叶うなら、もう一度ジル様に『アリーシャ』と呼ばれたいですわ」


 恐る恐る開いた口から出た声は震えていた。どうやら私は自分が思っている以上に動揺しているようだ。

 手持ち無沙汰になっていた手で白いカップを包み込むと、カップ越しに紅茶の温かさが伝わって血の気の引いた手を温めてくれた。


「………………それだけ?」

「え?」

「もっと、こう……ジルベルトの婚約者に戻りたいとか、ないの?」

「それは……」


 もちろん思わないことはない。

 できることなら、私だってジル様の婚約者に戻りたい。

 けれど、死に戻ってジル様の中にいるこの状況も、この時間に生きているアリーシャがいることも変わることはない。

 私は肩をすくめて、視線を手元のカップに落とす。透き通った茶色の液体がゆらゆらと揺れるのをぼんやり眺めながら思っていることを口にする。


「だって、仕方がないではありませんか。私はもう死んでしまっているのですから……今更、私にできることと言ったら、ジル様とアリーシャの婚約解消を阻止することくらいしかありませんもの」

「アリーシャ嬢は、本当にそれでいいの?」


 真意を探るような視線に、私はいたたまれなくなってカップを握る手に力を込めた。

 やめてください、ブライト様。念を押されると決心が揺るぎそうになるではありませんか。

 いいわけない。私だってジル様の隣に並んで一緒に人生を送りたかった。

 本当のことを言ってしまいそうになる唇を噛みしめて、私は小さく深呼吸をした。

 大丈夫、まだ自分を取り繕うだけの余裕は残っていますわ。


「…………ええ。私の望みはジル様とアリーシャがこのまま婚約解消しない未来を見届けることですもの。だから、私はここで二人のお姑さんになるのです」

「アリーシャ嬢……」


 向かい側から声がかけられてブライト様に目を向けると、彼は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 泣きたいのは私のはずなのに、ブライト様の方が酷い顔をしているものだから思わず笑ってしまった。


「ブライト様、なんて顔なさっていますの。今のは笑うところでしてよ?」

「ごめん……君にそんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ」


 あのブライト様が軽口を返してくれないくらい、ひどい顔をしていたらしい。

 だめだめ、弱気にならない。淑女はどんな時も笑顔でいないと。

 私は勢いよく頬をパンパンと叩いて気合を入れて立ち上がった。


「私、今度はなんとしてでもジル様と結婚したいのです! コーデリア様になんか譲れませんわ!」


 そうして拳を握りしめて高らかに宣言した私は、次の瞬間、自分の意思に反して動いた口から放たれた言葉に凍りついた。



「その話、僕も詳しく聞かせていただけませんか?」



 それを言ったのは、眠っていたはずのジル様だった。

ジル様、おはよう。

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