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23 お礼はパンケーキで

 ジル様とアリーシャが一緒に出かける日がやってきた。


「いいお天気に恵まれてよかったですわね。アリーシャに何をお返しするかはもう決まりましたの?」


 雲一つない空を見上げて、私はメイベル家へ向かう馬車の中で口を開いた。

 町への移動は馬車だけど、町なかでは歩くことも多いのでお天気なのはありがたい。

 馬車の中は一人なので、ジル様は普通に返事を返してくれる。


「とりあえず、カフェでアリーシャの好きなパンケーキをと思っているのですが……どこかおすすめのお店はありませんか?」

「そうですわね……」


 乞われるがままに自分の食べてみたいパンケーキを頭の中に思い浮かべる。

 そういえば、最近東通りに新しいお店ができたとアリーシャが言っていましたわね。

 勉強会でのことを思い出して、そのお店にしてはどうかとジル様に提案すると、二つ返事で了承してくれた。

 いいなぁ、パンケーキ。私も食べたいですわ。

 そう思ったところで、ふと閃いた。


「そうですわ! ジル様、一つお願いがあるのですが」

「なんですか?」

「ジル様のパンケーキ、私が選んでもかまいませんか?」

「貴女が、ですか?」

「ええ! 先日からずっと食べたいと思っていたのです」

「ああ――――前に食堂で言ってましたね」


 ぐ……。覚えてらっしゃいましたか。その節は大変失礼をいたしました。

 断られるかと思っていたけれど、意外にもジル様は「いいですよ」と返してくれた。


「貴女には日頃お世話になっていますし、何かお返しがしたいと思っていたんです。こんなものでお返しになるとは思いませんが、今日はお好きなものを頼んでください」


 思いがけずにかけられた言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。

 この体になって、ジル様から何かもらえるなんて思ってもみなかった。

 例え、それがパンケーキを選ばせてくれることだったとしても、私はそんなジル様の言葉と気遣いが嬉しかった。



 ***



 メイベル家でアリーシャと合流した私たちは、当初の予定通り東通りにできたカフェに入って、テラス席でメニューを見ていた。

 目の前に座るアリーシャは初めて入るお店にわくわくと目を輝かせながらメニュー表を見ている。

 そんなアリーシャを、テーブルに肘をついたジル様が手の甲に顎を載せて、にこにこと眺める。


 ジル様、どれだけアリーシャが好きなのかしら。

 というか、こんなに熱い視線を送られておきながら、なぜ目の前に座るアリーシャはまったく気がつかないのかしら。鈍感にもほどがありましてよ、私。

 こうして第三者側に回ると周りの状況を冷静に見れるから不思議ですわね。

 ジル様が一向に下を向いてくれないから手元にあるメニュー表が見えなくて、私は仕方なくアリーシャが見ているメニュー表を反対側から覗かせてもらっている状態だ。

 アリーシャは何を頼むのでしょうか。聞いてみるくらいならいいかと思って、私は勝手に口を開いた。


「アリーシャは何にします?」

「え? ええと、そうですわね……どれも美味しそうですが…………このベリーがたくさん乗ったものにしようかと」

「……なるほど」


 それ、私が一番食べたかったやつですわ。

 好みが一緒だから、選ぶものが被ってしまうのね。


「ジル様は?」


 と聞き返されて、私ははっとメニュー表に目を戻した。

 それならば、私は二番目に食べたかったものを選ぶまでです。


「わ……僕はこちらのスフレ生地のものにします」

「まぁ! ジル様もやっぱり気になりました!?」


 私が二番目に気になったスフレ生地のパンケーキを示すと、アリーシャは胸の前で手を合わせて興奮気味に声を上げた。

 スフレ生地に食いつくとは、さすがは私。

 頼むものも決まったので、私はジル様と交換して二人のことを見守ることにした。



 ***



「んー! 美味しいですね、ジル様!」


 ベリーがたくさん乗った薄めのパンケーキをほおばりながら、アリーシャが頬をおさえてうっとりとした。

 一方のジル様も厚めのスフレ生地のパンケーキが二枚重なったものをナイフで切り分けて口に入れる。体を同じくする私にもとろけるような柔らかい触感とほどよい甘さが口いっぱいに広がって、久しぶりのパンケーキの味に歓喜に打ち震えた。

 ああ、生きててよかった。

 ふとアリーシャがちらちらとこちらを見ているのに気がついた。

 何かしらと思って視線を追ってみれば、それはジル様の食べているパンケーキに注がれていた。

 それだけで、私には彼女がどうしたいのかわかってしまった。


「アリーシャ、食べたいのですか?」


 私がジル様の口を借りてアリーシャの言いたいことを代弁すれば、彼女ははしたないと思ったのか顔を真っ赤にして首を左右に振った。

 というかですね、アリーシャ。私も貴女の食べているパンケーキが食べたいのですが。

 どうしたら食べさせてくれるかしらと次なる言葉を繰り出す。


「僕もアリーシャのを食べてみたいのですが、一口交換しませんか?」

「なっ」

「なっ」


 アリーシャとジル様が全く同じ反応をして固まった。

 ジル様はそこで反応してはダメでしょう。

 今だけは邪魔されたくなくて、私はジル様の妨害が入る前に口を開いた。私はどうしてもアリーシャのパンケーキが食べたいのです。


「すみません、貴女があまりに美味しそうに食べているものだから……すみません、ダメなら仕方な……」

「ダメじゃないです! わわ、私もジル様のものを食べてみたかったので、よろしければ交換いただけると嬉しいですわ!」


 やりましたわ! あとはジル様、頑張ってくださいまし!

 アリーシャが緊張したようにナイフとフォークを使ってパンケーキを切り分けて、ジル様に差し出してくれる。


「では、私から……ジル様、どうぞ」


 頬を染めたアリーシャが、パンケーキの刺さったフォークを差し出してくる。

 その様子に、ジル様がごくりと喉を鳴らした。


「い、いただきます……」


 やや緊張気味にジル様が口を開くと、アリーシャが少しだけ椅子から腰を上げてジル様の口にパンケーキを運んでくれた。

 クリームの甘みとベリーの酸味が程よく、結構クリームがかかっているのにもかかわらず軽い口当たりだった。

 すっごく美味しいですわ。一口なのが惜しいくらい。

 私が噛みしめるように味わっていると、ジル様がアリーシャに食べさせるためのパンケーキを切りにかかった。

 それを同じようにアリーシャの口に運んであげると、彼女は目を輝かせて左手を頬に当てた。


「んー! やっぱりこちらも美味しいです。一口で終わってしまうのが惜しいくらいですわ」


 私が思っていることと同じことを言ったものだから、思わず笑ってしまった。

 ああ、なんて素敵な一日。

 あの日、ハンカチを渡していたらこんな素敵な日が待っていたのですね。



 落ち込みかけた心を誤魔化すように、私はジル様が口に運んだパンケーキを噛みしめた。

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