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17 新しい朝に新たな関係を

 ブンッ、ブンッ

 何かが風を切るような音が聞こえる。

 暗闇に溶けるように眠っていた私は、その音に引き寄せられるかのように意識を浮上させた。

 視界に感じる光に目を覚ますと、そこはバートル家の中庭だった。

 ぼんやりする頭で辺りを確認すると、どうやら先に起きていたジル様が剣の素振りをしているところだった。


「おはようございます……」


 挨拶をしようと口を開けば、眠たそうな声が出た。

 前触れもなく私が急に口を開いたものだから、びっくりしたジル様がぴたりと動きを止めた。


「!? おはよう、ございます……寝ていたんですね。朝起きた時に反応がなかったので、もしかして離れることができたのかと思いましたが……やっぱり駄目でしたか……」


 一晩寝たら元に戻っているかもしれないと思っていたジル様はがっくりと肩を落とした。

 明らかに落胆した様子のジル様を励まそうと、私は努めて明るく聞こえるように話しかける。


「き、昨日ブライト様に相談しましたし、きっと近いうちにどうにかなりますわよ!」

「貴女は随分と楽観的ですね……」


 ため息まじりの返事が返ってきて、私は苦笑するしかない。

 昨夜日記をしたためたおかげか、私の心はだいぶ落ち着きを取り戻していた。案外、文字に書くことって大事なのかもしれない。


「だって、今はどうすることもできないんですもの。正直、色々思うところはありますけど――――私、もう悩むのはやめにしましたの」

「…………まぁ、貴女の言うことも一理ありますね」

「でしょう! でしょう!」


 同調してくれたことが嬉しくて私がやや興奮気味に声を上げれば、ジル様も頷いてくれた。


「そうですね。僕もどうせなら同居人とは疑心暗鬼に付き合うよりも、仲良くした方がいいと思っていたところですから」

「同居人、ですか?」

「同じ体の中にいるんですから、同居人みたいなものでしょう?」


 ジル様の言葉に、私は小さく息をのんだ。

 ジル様からしてみたら、私なんて急に降って湧いたようなイレギュラーな存在なのに、そんなふうに言ってもらえるなんて思ってもみなかった。てっきりすぐに僕の中から出て行ってくださいと言われるかと思っていたから、ちょっとどころかかなり嬉しい。


「なんだか、言い得て妙な感じですわね」

「でしょう?」


 そうしてどちらともなく笑いだせば、昔に戻ったような錯覚を覚えた。

 こんなふうにジル様とお話しするのは久しぶりですわ。

 昔の思い出と共に、くすぶっていた想いが甦ってくる。


 私、やっぱりジル様が好き。


 今の私では婚約者には戻れないけれど、新しい関係なら築けるかもしれない。

 ねぇ、ジル様。私、もう一度貴方とやり直せるかしら?

 風が吹き抜けて、ジル様の金色の髪がさらさらと流れるのを視界の隅で捉える。

 ジル様の正面に立って手を差し出せない自分をもどかしく感じながら、私は「ジル様」と呼びかける。


「……ふつつかものですけれど、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 そう伝えれば、ジル様はふっと口元をほころばせて「こちらこそ」と返してくれた。

 



 拒絶されなかったことに安堵しつつ手元に視線を落としてみれば、握られたままになっていた剣が目に留まった。

 昨日のジル様とライアン様の勝負を思い出す。

 私のピンチに颯爽と現れて助けてくれたジル様はまるで恋愛小説のヒーローのようだった。

 一つ残念だったことといえば、ジル様の中からだとその勇姿が見られなかったことだ。

 鮮やかにライアン様の剣を弾き飛ばすジル様はさぞかし素敵だったことでしょう。私も見たかったのに、本当に残念でならない。

 悔しさに悶絶していると、ジル様の体が動いて剣を鞘に納めた。


「あら、もう終わりにしてしまうのですか?」


 まだ途中だったのでは? と続ければ、ジル様はゆるりと首を振った。


「貴女も起きましたし、さすがに女性に剣を握らせるわけにはいかないでしょう?」

「別に私に気を遣っていただかなくてもかまわないのですけど……あっ!」


 そこまで言って、はっと思いついた。

 アリーシャの頃は剣なんて触ったこともなかったけれど、体がジル様の今ならば剣を振ることもできる。

 せっかくジル様と同じ体にいるのなら、私もジル様と同じ世界を見てみたいと思った。

 この状況を悲観するのではなく、もういっそ楽しんでしまった方がいいのかもしれない。

 思い立ったが吉日ともいいますし、さっそくジル様に頼んでみましょう。


「ジル様、ジル様」

「はい?」

「私、せっかくですからこの状況を楽しもうと思いますの」

「はぁ」

「ですから、私に剣術を教えてくださいませんか?」

「………………はい?」


 たっぷり間をおいてジル様が聞き返してくる。

 ちゃんと聞えなかったのかしら? 私は内心首を傾げながらもう一度、今度ははっきりと繰り返した。


「で・す・か・ら! 私に剣を教えてほしいのです!」

「剣を!? 何がどうしてそうなったんですか!?」


 ジル様から素っ頓狂な声が返ってきた。

 私が剣を教えてほしいと言ったことに驚きを隠せないご様子だ。こんなふうに取り乱したジル様を見るのは初めてかもしれない。

 私は拗ねたように唇を尖らせた。


「だって、ジル様の体にいる今じゃないと剣なんて使う機会、きっと一生なさそうなんですもの!」

「貴女、女性でしたよね!?」

「女だって剣に興味があってもいいではありませんか! 私、ジル様が普段していることをしてみたいのです! 別に自分で体を動かせなくてもかまいませんわ。ジル様の中から見るだけでもいいのです!………………だめ、でしょうか」


 正確には剣というよりはジル様に興味があるのですが、そこは黙っておきましょう。

 畳みこむように私がお願いすれば、お人好しなジル様は悩んだ末に承諾してくださった。

 こうして、私は毎朝ジル様と剣の鍛錬をする約束を取り付けたのでした。

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