発熱
「お兄ちゃん、大丈夫?」
目を開けるとそこには自分の顔、じゃなかった、双子の妹、沙知の顔があった。目が少し腫れぼったいし、なんだか頭がボーっとする。
「熱、うつしちゃった。ごめんね。」
少ししょんぼりとした沙知を見て、僕は苦笑する。
「ううん、だいじょうぶ。それよりも、早く学校行かないとおくれちゃうよ。」
そう言って僕はふらつく頭を押さえながらも沙知を玄関まで送る。僕だってうつると思ってなかったんだ。確かに沙知だったころは小学校を卒業するまで体が弱かったけど。まさか、千遥も体が弱いとは思ってなかったから、僕は熱を出した沙知の看病をお母さんとしてた。
「こら、千遥。なんでベッドから逃げ出してるの!!」
やばい、見つかった。僕が体をこわばらせたことに気付いたのか、お母さんが怒っていることを察したのか、沙知は急いで出て行った。
「行ってきまーす!!」
「「いってらっしゃい。」」
声が重なっていることに気付く。ゆっくりと後ろを向くとお母さんが仁王立ちで僕を見下ろしていた。恐い。めちゃくちゃ久しぶりに見たけど、こちらの世界のお母さんも恐い。…同一人物なんだからそりゃそうか。
「寝てなさい、って言ったはずだけど聞こえなかったのかしら。」
にこり、と笑って僕に言うお母さんに立ち向かえるほどの力を持っていなかったのと、熱でふらふらしているのとで、僕は降参した。
その後、僕はお母さんに抱き上げられてベッドに連れ戻され寝るまでずっと見張られていた。
最初は絶対に寝るもんかと頑張って起きてたけど、睡魔には勝てなかった。
夢を見ていた。
中2の私と葦田と若葉が楽しそうに話していた。
でも、なんでか私はそれを遠巻きに見ているだけだった。声を出そうとしても、息しか出なかった。じゃあ、あそこにいるのは私じゃなくて、誰?…あれは、沙知?じゃあ、沙知はどこにいるの?ねぇ、気付いて。私はここにいるのに。若葉、それは私じゃない。それは。
突然、皆が私の方を見た。若葉と葦田が笑って私に言う。
「「千遥もこっちにおいでよ。」」
私も私に手を振って言う。
「お兄ちゃんも一緒に話そ。」
あぁ、そうか。ここに沙知はいないんだ。
自分は沙知の双子の兄、千遥。
僕は、千遥。
それを忘れちゃいけない。
だから、僕は笑顔を浮かべて頷いた。
「僕も混ぜて。」
「千遥、大丈夫?」
お母さんの声がした。重い瞼を押し上げると、お母さんが心配そうな顔をして僕を覗き込んでいた。
「うなされてたけど、悪い夢でも見たの?」
ううん。見てないよ、お母さん。僕が見てたのは悪い夢じゃなくて、哀しい夢。だから、大丈夫。
「お水、持ってくるね。」
そう言ってお母さんは部屋を出て行った。僕はその後ろ姿を見送り終わる前にまた眠りに落ちた。
こんどは夢は見なかった。
夕方。熱がやっと下がった。
沙知よりは、千遥の方が体は強いみたい。沙知だったら一週間は寝込んでたに違いない。これで、明日は学校に行ける。
そう思って僕は今日の分の宿題をしようとしたけど、お母さんは今日は大人しく寝ていなさい、と僕をベッドに連れ戻した。宿題ができなくても先生は怒らないからちゃんと寝なさい、と二度も釘を刺された。これで、もし僕が逃げ出したら明日も休みにさせられる。それだけは嫌だ。確かに沙知の時とは少し違うけど、それが逆に楽しい。沙知の時とは違う友達もできた。沙知の時の担任とは違う先生のクラスになったけど、先生が面白いことも知った。それでも、たまに思い出しちゃう。
あいつらは元気かな。
若葉はきっと葦田に好きな人を聞いているだろうな。
それで、葦田は顔を少し赤くして
「教えねーよ。」
なんて言って逃げてたりするのかな。ご愁傷様。
ねぇ、そっちの沙知は元気?
千遥は元気。沙知
新しい世界にも慣れたよ。
暇だったら遊びに来てね。
「ははは、なんて、来れるわけないのに。何言ってるんだろうね、僕は。」
叶わない願いなんだ。一生叶わない希望。
そんな分かりきったことを願うなんて、なんて馬鹿なんだろう。
諦めろ、お前は沙知じゃない。千遥だ。
思い出すな、その記憶はお前の記憶じゃない。だから、とっとと忘れるんだ。
「お兄ちゃん、ごはんだよー!」
ほら、沙知が呼んでる。行かなきゃ。
「うん、いま行くー!」
僕は頭を振って気持ちを切り替える。
「今日のよるごはん、なに?」
「おかゆよ。」
…僕は元気だよ?お母さん。
少なくとも、お母さんはどこの世界でも変わらないみたいだ、困ったことに。