プロローグ
「沙知、お願いだから聞いて。」
後ろから少女の声が聞こえる。うるさい。もう止めて。その声で、その名前で千遥を呼ばないで。沙知はもういないから。君の前にいるのは沙知じゃない。千遥を見てよ、昔の私じゃなくて。
「沙知!話を聞けって!」
嫌だ。嫌だ!誰が聞くか。千遥に沙知を重ねているやつの話なんか、聞きたくない!
誰もいない廊下を走る。聞こえるのは、僕の足音と息遣い、少女の追いかける足音と叫ぶ声だけ。今、ここにいるのは、僕と少女だけだった。
苦しいんだ、君といると。
あの頃と変わらずに、姿だけが変わった君といると息がつまりそうになってどうしようもなくなる。
千遥は沙知だったときを忘れようとしていたのに、君が僕に思い出させるんだ。
お願いだからもう僕には関わらないで。
角を曲がろうとしたとき、誰かが飛び出してきた。
「うわっ、ごめん。って、千遥か。そんなに急いでどうしたんだよ。」
昔の君とそっくりな彼は何も知らずに千遥の名前を呼んでくれる。はぁはぁ、と息切れしながら、彼に言う。
「いま、追いかけられてるんだ。だから、協力してくれると嬉しいんだけど。」
そういうと彼は良いよ、と快く引き受けてくれた。ありがとう、と礼を言って僕は素早くその場を離れた。あとは彼がどうにかしてくれるはずだ。
「なんで、また君に逢っちゃったんだろ。」
見上げた窓の外には、青空が広がっていた。