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オズワルドはキャランの陣地に当たり前のように立っていた。
その後ろにジュディス・セデンが、そしてキャラン・ゴウデスが立っているのを見たとき、私はようやく状況を理解して戦慄した。
「あなたたち……協力してるの?」
「ああ、その通りだ」
オズワルドは静かに答えた。
同盟など前例がない。
しかし、塔の周り中に張り巡らされた落とし穴の罠がその事実を確かに指し示している。
ゴウデス兵ではなくスルタルク兵だけを選んで落とす繊細なコントロールを成立させるには、どう考えてもセデン兄妹両方が不可欠だった。
先程違和感の正体。キャランの目的はやはり時間稼ぎだったのだ。オズワルドが自陣から何らかの方法で瞬時に移動、ジュディスと共に落とし穴を作る。
――――いや。
「塔そのものを作ったんですね」
オズワルドが正解と言わんばかりに片眉を上げた。
さっきブライアンは塔の中を見て驚愕していた。
中に旗がなかったのだ。おそらく本物の塔と旗は土の中。
唇を噛む。オズワルドは右手に剣を持っていた。なのに隙だらけの私を攻撃しない。信じられない事実を一つ一つ確認する私に悠長に付き合っている始末。
「私は人質で、狙いは殿下ですか?」
「さすが現状の理解が早いな、レベッカ嬢」
オズワルドはほんの少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「ルウェインは――全てにおいて人に勝る。知力、統率力、個としての戦闘力、どれをとっても敵わない。だけど、彼の動きを予想するだけなら簡単だ」
オズワルドが遠くを、殿下がいる遠い最東を眺めるようにして言う。
「言い方は悪いが――君の存在を利用すればいい。君たちは互いに攻撃し合わない。今日だって君はこうして西へ、ルウェインは南へ向かった。君が今窮地に陥っていることも、ルウェインのことだから知っている。君を助けにきた彼をキャラン嬢と挟み撃ちにし、さらに地の利も活かせば、さすがの彼も落ちる」
殿下を倒した後は、キャランとオズワルドで正々堂々決闘でもするつもりなんだろう。
「なるほど――」
二人が何をしようとしているのかは理解した。その上で少々言いたいことがあるが口には出さないでおく。
代わりににっこり笑ってみせた。
「私が大人しく人質の役目を全うすると?」
「自害ならよしてくれ――」
そんなこと誰がするものか。
私は身を翻して一気に立ち上がり、偽物の塔に向かって駆け出した。
三強一人と五高二人から逃げ切れるわけがないと、そう思われているのだろう。
それは私が一人の場合の話だ。
「ブライアンッ!」
「はいはい、っと」
塔の影から紺色の髪の少年が姿を現す。その脚力で私のもとに向かってくる。
私は知っていた。エミリアがギリギリ反応した落とし穴の発動に、姉譲りの反射神経と身体能力を持つブライアンが反応できない訳がない。
彼はスルタルク軍の中で唯一、自力で罠を回避したのだ。
ブライアンが私とすれ違った瞬間、その肩に乗った幻獣が能力を発動する。
ブライアンの幻獣は子ライオン。子供とはいえ、百獣の王。
『夏』で七位を獲得したその獣は、ひとたび気配を現すと周囲の生き物の戦意を喪失させることができる。
人間だって動物だ。オズワルドとキャランが怯んで足を止め、ジュディスがたまらず膝をついた。
私はその隙に塔にたどり着いた。扉を閉めようと動かせば、今さっきまでオズワルドたちのところにいたはずのブライアンがもう走り込んでくる。
二人で扉をがっちり閉めた。これはオズワルドとジュディスが作り上げたものだから壊すこともできるのだろうが、私が生き埋めになっては人質の意味がないからおそらくそれはない。
壁に背をつけてへなへなと座り込む。ブライアンも私の隣にどっかり腰を下ろした。
――――完敗だ。何一つ見抜けなかった。
乾き切った口内から無理やり唾を集めて飲み込む。
落ち込んでいる暇はない。私たちに残された時間はそう多くはない。
「状況を確認します」
私は起き上がって背筋を伸ばすと、地面に絵を描いた。東西南北の陣地を表す地図だ。
「私たちは今キャランの陣地。殿下は南のオズワルドの陣地。オズワルドが落ちないところを見ると、キャランの兵が一部応援に行っているのでしょう。持久戦で時間稼ぎをしているはずです」
ブライアンがあぐらをかいて私が描く絵を眺める。
私は殿下の陣からオズワルドの陣に一本矢印を引っ張った。
「殿下はこの人質作戦を知れば、自陣の守りをフリード・ネヘル一人に任せて残る全勢力で一気にオズワルドの旗を取りに行くはずです。私たちの勝機はそこに――」
「あ? ちょっと待ってください」
ブライアンの声に顔を上がる。どこかわかりにくいところがあっただろうか。
「このまま待ってれば王子サマが助けに来てくれんじゃないんスか?」
「えっ?」
私は素っ頓狂な声を上げた。
本気で言ってるのだろうか。驚いたような顔をしたブライアンにこっちが驚いてしまって、まじまじ見つめた。
「来るわけないでしょう」
彼にもそこから説明が必要だとは思わなかった。オズワルドが人質作戦を説明していたときも、私は「何を言っているんだろう」と思いながら聞いていたのに。
指についた砂を拭ってブライアンに向き直った。
「たしかにこれが『春』なら殿下は私を助けにくるでしょう。彼が私を探そうと助けようと、彼の順位が下がるだけだからです」
ブライアンははっと息を呑んだ。
「今、私たちは『将軍』です。私たちの首は私たちだけのものじゃない。助けにきたりしたら、叱りとばしてやります」
そう、『冬』は個人戦の『春』とは違うのだ。私たちには責任がある。
私が初手で殿下を攻撃せず西に来たのだって、純粋に彼相手は分が悪いからであって、戦いたくないからではない。
「諦めるわけにはいきません……どうにかしてこの場を乗り切ってみせます」
改めて地面の絵を見ながら考え込んだ。
籠城してても何にもならない。オズワルドが落ちた直後に出て行ってキャランを叩けばまだ立て直せる。
でも外には少なく見積もっても三百人の敵兵。出て行けばまた捕まるか、今度こそ倒されて即終了だ。
血が出るほど拳を強く握り込む。
この場を打開する策が、私にはない。
ブライアンががしがしと頭を掻いたのはそんなときだった。
「三強ってのは、かっこいいんスね」
思わぬ言葉に彼を見上げる。藍色の瞳が真っ直ぐに扉を見つめていた。
正面のブライアンは、こんな状況だというのにひどく落ち着いていた。
「俺を使っていいですよ」
ブライアンがジャキンと音を立て、今まで飾りでしかなかった腰の剣を引き抜いた。唇の端を吊り上げる、いつかも見たような余裕の表情だ。
「……いいえ、必要ありません」
「違うんスよ、本当は俺」
「知っています」
訝しげな顔で再び口を開こうとしたブライアンに、被せるように繰り返す。
「知っています。あなたが、本当は強いこと」
初めて会ったときから知っている。
『ブライアン・マークは戦わない』。
戦えないんじゃない。戦わない。




