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「それでここまでいらっしゃったんですか? ヴァンダレイ様はいつも想像のつかないことをされますねぇ」
稲穂のような煌めく金髪の女性が、上品な調度の部屋でこれまた上品にころころ笑っている。
そのご令嬢、セクティアラ・ゾフ様はさすがである。こんなことに巻き込まれても慌てる様子もないとは。器の大きさが尋常でないし、大変可愛らしい。
馬に乗った兄さまが私を連れてきた先、そこは立派なお屋敷だった。ゾフ侯爵家はさすが指折りの有力な家なだけあって、王都にここまで大きな別宅があるらしい。
敬愛するセクティアラ様との再会はとても嬉しい。だがタイミングがタイミングだ。
「兄さま、せめてエミリアとメリンダを連れてきてもいいでしょうか……」
「それならもう手配済みだ! 間も無く来るはずだぞ!」
「……」
何故そこは有能なのか。兄さまの言う通り、すぐにエミリアとメリンダが到着した。
「レベッカ、あなたのお兄様なかなかぶっ飛んでるわね」
「お願い、何も言わないで……。フリード様へのプレゼントは買えたかしら」
「ええ、あの……お待たせ」
メリンダは半ば目が死んでいる。エミリアの目は大きなお屋敷を見ていることで輝いている。
私はなんだか疲れが出てしまって、メリンダと二人で大きなため息をついた、そんなときである。
……ヒュッ、ドオオオオンッ!
轟音がした。お屋敷というか、地面が揺れている。
いやまさか。
「妨害はしておいたのに、思ったより早かった! さすが殿下だ!」
「ヴァンダレイ様、行かれるのですか。ご武運を。お屋敷は可能な限り壊さないでくださいね」
「ああわかった!」
兄さまが満面の笑みで立ち上がり、セクティアラ様が見送る。慌てて後を追おうとした私をセクティアラ様が止めた。
「直接行くのは危ないです。西側の窓から見られると思います」
指示に従い、エミリアとメリンダと一緒に窓の下を覗く。
「え、魔王……?」
それは誰の呟きだったのか。多分全員そう思っていたのでわからない。
暴風と共に屋敷の敷地に入ってくる殿下は、雰囲気が黒すぎてもはや魔王だ。
それに大剣を構えて対峙し、気丈に笑う兄さまは、声は聞こえないが勇者さながらだ。
取り敢えずとても手を出して無事で済むような雰囲気ではない。私たちは固唾を飲んで二人の対面を見守ることにした。
***
ヴァンダレイ・スルタルクは二メートルあろうかという大剣を肩に担ぎ、屋敷への入り口を塞ぐようにして立った。
ゆったりとこちらに歩いてくる、嵐の中心のような男を正面に見据える。
ヴァンダレイは才物だ。優秀な彼は、自身の妹と結婚する相手として、目の前の男ほど良い相手がいないことをちゃんとわかっている。
そして、その男がこれ以上ないというくらいにレベッカを愛していることも。
だが人には情というものがある。
レベッカ八歳、ヴァンダレイ十歳の時別れたことで、以前レベッカはヴァンダレイに距離を感じていた。
しかし本人たちも気づいていない事実として、本当に心が追いついていないのはヴァンダレイの方だ。
彼の中でレベッカは未だ八歳の少女。
自分の後ろをとてとてと付いて回る、命より大事な、守ってあげなければいけない妹。簡単に嫁に出せる訳がない。
「妹との結婚を考えているそうだな」
「ああ」
「覚えているか、『冬』で貴方と俺との勝負の決着はお預けだった」
「ああ」
「今度こそ、これに貴方が勝ったら、スルタルク公爵家は貴方を認めよう」
「ああ――――参る」
しかしヴァンダレイももう腹を括らなければいけない頃だ。
こうやって度々仕掛けてきた勝負。去年の『冬』より前もあったそれらを、ルウェインは一度だって受けなかったことがない。
今日もレベッカたちを尾けていた人間はヴァンダレイの差し金だ。ルウェインがわざわざヴァンダレイのシナリオに付き合ったからこそ、今二人はこうして対峙しているのだ。
そんなことはどれもこれも百も承知で、それでもヴァンダレイは剣を振るう。炎と風を乗せ、逆巻く竜巻をまとってルウェインに突っ込んでいく。
ヴァンダレイ渾身のそれを、ルウェインは正面から受け止めた。力を込め相殺して、自分の魔力で押し返す。
ルウェインの攻撃を受け流して追撃するヴァンダレイ。それを避けることはせず、全て自分の魔力で弾くルウェイン。
互いに一際大きい魔力と魔力がぶつかり合った刹那、一瞬の静寂がその場を覆った。
暴風が真上に突き抜けて雲を散らす。木々が大きくしなり、目を開けていられないほどの衝撃波がその場を、屋敷を、二人を襲う。
それが収まった時、ヴァンダレイが見たのは青い空だった。硬い地面に背がついていた。
自分が倒れていることに気がつくのに数秒を要した。
足音が近づいてくる。彼を見下ろすようにして、ルウェインはしっかりと立っていた。相討ちという最後の可能性が消える。
「――――俺の負けか」
「ああ」
「強いなあ、貴方は」
「ああ」
「それだけ強いなら、俺の妹を守れるか」
「もちろんだ」
ヴァンダレイ・スルタルクは才物だ。優秀な彼は、ルウェインの学園生活で一番の好敵手だった。
そして今、初めて敗れた。
ヴァンダレイは一度固く目を閉じた。己が負けた事実や、妹が誰かのものになることや、それが一国の王子である現実が彼の頭の中で巡る。
再び目を開いたとき、彼はやっといつものように笑った。
「殿下、約束通り、スルタルク公爵家は貴方とレベッカの婚約を認めよう!」
「ああ――――ちょっと待て。まだ婚約を認めていなかったのか? そこは結婚を認めろ」
「それならまずはうちの父を倒してくれ! 強いぞ、父さまは!」
「今『まずは』と言ったか? あと何人控えている? ガードが厚すぎるだろう」
珍しく疲れ切ったと言わんばかりのルウェイン。ヴァンダレイは思わず声を上げて笑った。やっと大事な妹をこの男に託すことができそうだった。
それなら自分も、待ってくれている愛しい婚約者に求婚をするいい時期だ。
卒業して数ヶ月、父の仕事の手伝いと諸々の準備で王都に留まっていたが、公爵家領に帰ろう。できることなら彼女を連れて。
そして妹のため、この義弟のため、いつでも力になってやれるようきちんと公爵家領を治めねば。
彼はそんなふうに考えつつ、屋敷の窓から自分たちを見ていた妹と、その一つ上の階の窓から不安げに自分を見ていた婚約者に、笑顔で手を振った。




