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「見ててね、いくよ……ふんッ……!」


 解放感に満ちた放課後の教室。窓の外を見れば爽やかな秋晴れ。寮の部屋には読みかけの小説。

 三拍子揃ったまさに絶好の外に出たい日和の今日この頃。


 なのに何故私は今、リンゴを素手で握りつぶそうと真っ赤な顔で力む少女を見させられているのか。

 ちなみにエミリアではない。


「ぐっ……ぐあああ! っしゃ、割れたよ! 見たよね!?」

「ええ……おめでとうございます……」


 ジュディス・セデンは、やりきったと言わんばかりの良い笑顔で額の汗を拭った。


「四月にあたしが言ったこと、覚えてるかな? リンゴ素手で割れるようになったから、もっかい料理教えてくださいっ!」


 対する私は、それはもう疲れ切った笑顔だ。こんなイベント、攻略本になかったぞ。



 地獄の料理イベントバージョン2。今回から開催場所が学園の調理室に変わった。人数が増えたためだ。

 私、エミリア、メリンダ、ジュディスの女子四人は変わらず、殿下、ガッド、フリードという彼氏三人が加わった。


 白いレースのエプロンを着ながらメリンダに耳打ちする。


「殿下が見てるなら私は普通に作るわ」

「私も。フリード様がいるなら」


 間違ってもエミリア方式(きんにくっきんぐ)で料理を作ってるなどと彼に思われたくない。

 その気持ちが一致しているメリンダに相談したのは成功だった。スムーズに私とメリンダ、ジュディスとエミリアという2グループに分かれる流れになる。


 男性陣はすぐ近くで一つの机に座っている。ガッドと殿下の会話が聞こえた。


「今日もエミリアさんは可憐ですね」

「そうか、具体的にはどの辺がだ?」

「全体的に……キラキラと輝いて見えます」

「俺には全体的にムキムキしているように見える」


 二人しかいないような内容の会話だが、三人である。フリードが沈黙しながら一応座っているので。


 エミリアがキラキラかムキムキか決めようとしている彼らは置いておいて、私はメリンダと顔を突き合わせて相談を始めた。


「メリンダ、何作る?」

「男の胃をガッと鷲掴みにできるもの」

「賛成。なら肉ね」


 私が玉ねぎを、メリンダがにんじんとじゃがいもを掴む。

 学園での食事は食堂で済むので貴族令嬢は料理ができないのが普通だが、私が料理ができるのは母の影響、メリンダは私の影響である。


「レベッカ」

「なに?」


 それぞれ野菜を洗って皮を剥いて刻んでいたら、メリンダが包丁から目を離さないまま呟いた。


「私が洗脳されていた間にあなたに何をしたか聞いたわ」

「謝らないでね」


 私は私で野菜を刻む手を止めず、先回りして言う。


「あれはサジャッド・マハジャンジガのせいであってメリンダのせいじゃない。そんなことで謝らないで」

「……」


 返事がないので向かいを見上げた。親友は蜜色の瞳を揺らして、しゃくり上げそうな喉を抑えていた。


「泣かないでよ……」

「泣いてない……玉ねぎのせい……」

「玉ねぎ刻んでるのメリンダじゃなくて私よ」


 軽く手を洗ってから彼女を抱きしめる。

 代わった方がいいかと思ってフリードに目をやったが、「どうぞ」というジェスチャーをされたので遠慮なくいく。

 メリンダはひとしきりポロポロ涙を流したあと、いきなり小さくお腹を鳴らした。


「泣いたらお腹すいた……早く作りましょ」

「ええ」


 メリンダが玉ねぎを炒める。私はじゃがいもとにんじんを茹でつつひき肉の味付けを始めた。

 炒め終わった玉ねぎを肉に投入して、パン粉と牛乳を加えたら混ぜ合わせる。空気を抜いて形を整えてこんがり焼き上げ、続いて手早くソースを作る。


 皿にでんと盛った肉の横に付け合わせの野菜、そして上からソースをたっぷりかければ、肉料理の王様・ハンバーグの出来上がりである。


「うん、よくできた」


 メリンダと笑い合って、人数分のそれを殿下たちの机に運んだ。狭いがギリギリ七人で座れるだろう。


 実食と行きたいところだが、エミリアとジュディスがまだだ。

 二人の調理台を振り返った私は言葉を失った。今まさに彼女たちの料理が佳境を迎えていたのだ。


 エミリアが小麦粉から作ったらしき巨大な生地を頭上で回転させながら薄く伸ばしている。ジュディスは調理台に乗せた同じような生地を、木製の棍棒のようなもので殴り倒していた。


「えっ、なに、なんの儀式……?」

「スイーツ作りだそうだ」


 唖然として呟いた私に返事をくれたのは殿下だった。指をさしながら今一度確認する。


「あれがですか?」

「ああ。ガッドはあのエミリアも『これ以上ないほど可憐』だと思うらしい。末期だな」


 殿下は理解できないものを見る目でガッド・メイセンを見た。私も同じような視線を送る。あれを見ても引かないとは、恋は盲目というやつだろうか。

 ガッドは眉を寄せて反論した。


「それを言うならルウェインですよ。この前の『秋』で開発したストーカー魔法、『レベッカなら使っても怒らない』とか言うんですよ。そんな人いないでしょうに」


 私は口をつぐんだ。実際に使われているのかは知らないが、別に位置情報を知られても困らないしいいかなとか思っていた。人のことを言えないのかもしれない。


 すると今日まだ一度も口を開いていなかった黒ローブが突然会話に参加した。


「メリンダは、綺麗だ」


 それだけ言って終わりだった。ヤマもオチもない。私と殿下とガッドの困惑の視線をものともせず、メリンダがフリードの腕にしがみつく。


「やだあ、フリード様ったら」


 語尾にハートマークがついて聞こえる。いつもサバサバした親友のこんな姿は正直見たくなかった。


「どいつもこいつもバカップル……」


 振り返る。低い声で怨嗟を吐き捨てたのはジュディスだった。手には出来立てのスイーツを持ち、いつも元気にきらめいている目が死んでいる。


「ごめん……」


 私は居た堪れなくなって心から謝罪しつつ、ジュディスとエミリアが運んできてくれた皿をテーブルに並べた。



「いただきます!」


 全員で手を合わせる。各々まずはフォークとナイフを手にハンバーグに取り掛かった。

 男性の胃を満足させるのに繊細な味付けは必要なく、とりあえずデカイ肉でいけというのはもちろん偏見だろうが、やはり効果はある。


 ナイフで切れ込みを入れれば肉汁が溢れ出す、出来立てのハンバーグ。

 殿下がそれを切り分けて口に運び、満足そうに咀嚼するのを、私はこれまた満足そうに眺めた。


「旨いな、レベッカ」

「たくさん食べて大きくなってくださいね」


 もはや母性めいたものを感じていたせいで出た一言に、メリンダが「それ以上?」と反応する。殿下は素直に頷いたのでよしとする。


 ハンバーグはみんなの皿からあっという間になくなって、ジュディスがレシピを欲しがったから書いてあげてから、今度はスイーツだ。


「じゃーん!」


 エミリアが鼻高々に出したのは三種類のパンだった。オレンジピールとチョコレートが練り込まれたドーナツ、この前と同じアップルパイ、そしてクロワッサン。

 一つ一つが小ぶりで、飽きることなくおいしく食べられる量になっている。


 早速口にして、私は顔を輝かせた。


「美味しい……!」


 中心となってこれらを作ったであろうエミリアはさすがの女子力だ。いや、クロワッサンを作る能力はもはや女子力ではなくパン職人の能力の気もするが、とりあえずさすがだ。


 だが美味しさに感動しているのはその場の半数くらいだった。


「何故……」


 そう呟いた殿下に、何があったかを理解する。きっと筋肉ッキングの洗礼を受けたのだ。これに関しては学園七不思議にした方がいいと私も思っている。


 超常現象を理解しようとしても無益なので、ジュディスに前から思っていたことを聞いてみる。


「ジュディスはどうして料理ができるようになりたいと思ったの?」


 パンを前に全力で首を捻っていたジュディスが、心臓が飛び跳ねたと言わんばかりに狼狽える。


「いや、その……お兄ちゃんが……」

「オズワルド様が?」


 急に出てきたオズワルド・セデンに首を傾げる。ジュディスが続きを言うのを躊躇えば躊躇うほどみんなの視線がジュディスに集中する。


「美味しく作れたら食べてやるって、言うから……」


 ジュディスはリンゴみたいになった顔を覆い、限界まで体を縮こまらせながら言った。


 私は彼女を健気だと思うと同時に、家に帰ったら久しぶりに攻略本に書き込みをしようと思った。



「ジュディス・セデン――五高、第二学年、緑色の髪と瞳、幻獣は蚯蚓みみず、オズワルド・セデンの妹、



備考:料理が殺人級『、ブラコン』」

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