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貴族に必要な素養とはなんだろうか。
フアバードン王国に限れば戦闘力は不可欠だ。さらに領地を経営する知識と手腕、戦になれば軍をまとめ上げる統率力、人の上に立つ者としてのカリスマ性。
そして、魔法への造詣の深さ。
王国での暮らしと魔法は切っても切り離せない。そしてその研究は、毎年ある時期に突如飛躍的に進歩することがあった。
何故って、王立貴族学園で『秋』、通称『魔法研究発表会』が開催されるからだ。
学生にも関わらずレベルの高さはお墨付き。魔法研究の大家や権威もこぞって席を取り合うので有名だ。
そして本日は『秋』。王立貴族学園に、魔法大好きもはや変人のみなさんが集結する。
開始時刻、私は講堂の壇上に並べられた椅子の一つに座っていた。第一次選考をクリアし発表の権利を得た二十人の生徒の一人である。
威厳を持って現れた学園長が、全校生徒と来賓を前に開始に伴う挨拶を行う。
「学園ながらここは魔法研究の第一線でもある。『秋』で成功したことで研究者への道が開けることも少なくない。発表者の諸君、楽しみにしているよ」
深く無数の皺が刻まれた顔が、緊張した面持ちの発表者たちに笑顔を向ける。学園長が席に着くのに合わせて、最初の発表者が歩み出た。
「みなさんこんにちは、エミリアです。今回私は、私が得意とする治癒魔法を少しでも多くの方々のお役に立てたいという思いからこの研究を行いました」
講堂が若干どよめいた。家名を持たない平民が一番手だったからでも、希少な治癒魔法使いであるからでもなく、その銀髪の少女がまるで清廉な聖女のように見えたからだろう。
私はエミリアの研究を知らない。この一ヶ月ほど、彼女はいつになく真剣だった。自然と身を乗り出す。
エミリアは講堂が静かになるのを待ってから口を開いた。
「みなさんは……筋肉の超回復を、ご存知でしょうか? 筋トレによって傷ついた筋肉は再生時より太く強くなる。私の研究はこの超回復をさらに効果的に、素早く行うよう促す――飲むだけで、筋肉が露のごとく輝きを増す! その名も増露輝飲です!」
エミリアはそこで、仰々しく両腕を開いた。多分歓声的なものを待っていた。私は呆気に取られてただ見ていた。
「っ、ブラボー!」
しかし、惜しみない賞賛を叫ぶ男たちはたしかにいた。生徒の一部や、魔法研究者にしては少々ごつい体つきをした者や、あと私のニつ隣のガッド・メイセンなどである。
エミリアは筋肉を愛する同士たちの喜びの声を聞き、『増露輝飲』の詳細や原理を嬉々として語って、満足げに自分の席に戻った。
大半がぽかんとしていることはどうでもいいらしい。
「気を取り直して次の方――」
司会に気を取り直されているエミリアは置いておいて、『秋』が進んでいく。
発表順はくじ引きだ。得意の防御魔法を遠隔で離れた相手に付与することを思いついたキャラン・ゴウデスに続き、妹の幻獣と自分の幻獣の能力をより効率的に引き出そうとしたオズワルド・セデン、魔法教育の新たな構想を提唱したハンナ・ホートン。
特に殿下の発表のとき、会場は揺れた。
彼が説明したのは、相手に魔法をかけることで手持ちの地図が常にその位置情報を示すという、「王子、誰をストーカーする気なんですか?」と聞かずにはいられない研究だったからだ。
すごいし色んな場面で活躍できる魔法のはずなのに、普段の行いなのか四方からちらっちら私に視線が集まっていて、走って逃げたくなった。
だが最も印象に残ったのは、サジャッド・マハジャンジガの研究だった。
「ご来場の皆さんは、自分の幻獣の能力を変えたいとお思いになったことは?」
その出だしに会場はざわめいた。エミリアのときとは違う、戸惑いが強いざわめきだった。
幻獣研究は王国ではメジャーな分野だ。その能力を任意に改変することなどできないというのが共通の認識で、常識だ。
「幻獣が主人の感情の影響を強く受けるのはご存知ですね? 突然変異と呼ばれる、新たな能力の発現がごく稀にあることも。私はそれを人為的に起こしたい」
心当たりがあってはっとする。第一部の『夏』で、キャランの子熊が成体に変貌して襲いかかってきたことがあった。
あれを自分で起こす?
サジャッド・マハジャンジガの発表は続き、最終的には現段階で成功することはなかったという結論に落ち着いた。研究としては不十分だし、大して褒められるものではない。
だが私はずっと背筋が泡立つような思いだった。
サジャッドは私と殿下が彼の能力を正しく認識していることを知らない。
だから夢にも思っていないのだ。サジャッドが幻獣の能力の改変に成功した可能性に、私と殿下が思い当たることを。
――――彼のバクは突然変異を起こした。そしておそらく能力の発動条件がより簡単なものに変わった。
だけど、そこにはどんな『感情』があったのだろう。
シナリオにはないサジャッドの何らかの激情が、現実をこうもシナリオから乖離させた。
「では、最後の発表者です」
司会の声に、思考を中断する。私は背筋をピンと伸ばして立ち上がった。




