18
乾いた破裂音を鳴らして、王都の空に花火が打ち上がった。続け様にまた一つ、もう一つ。朝の空でも目に見えるそれらは色とりどりでとても綺麗だ。
私は簡易的な椅子に腰掛けて空を眺めた。
最初に「空に花を咲かそう」と考えた人は誰なのだろう。
そこにはきっとロマンチックな理由があるんだろうが、今打ち上がった花火に限って言えば、『夏』・『幻獣祭』開始五分前の合図である。
『幻獣祭』は国を上げての祭だ。学園が一般に解放され、観光客が大量に来る。この暑さにも関わらず。
三部制で、午前中は私たち第二学年の生徒が自分の持ち場で幻獣をアピールしないといけない。
かくいう私も照りつける日差しにじんわり汗を滲ませながら自分の持ち場に座っている。
『夏』は去年卒業した『三強』二人が卒業生代表として参加するのが伝統。
遠くに見える簡易ステージに、チーターの背に乗った女性と、数えきれないくらいの蝶の群れを引き連れた女性がちょうど姿を現したところだった。
「久しぶり、王立貴族学園! 今年は私たちが卒業生代表だよー!」
「みなさま、ご無沙汰しております。よろしくお願いいたしますね」
オリヴィエ・マーク、そしてセクティアラ・ゾフの登場に、会場である中庭は、気温が数度上がったと錯覚するほどの熱狂に呑み込まれた。特に男たちの野太い声援がすごい。
そこかしこで興奮の声が聞こえる。客が吸い寄せられるようにステージに集まっていく。
「私も近くで見たかったのに……」
不機嫌を隠しもせずぼやいた。
「こればっかりは、毎年第二学年が不満に思うところですね」
隣のスペースから返事が返ってくる。ガッド・メイセンだ。
切長の目も、眼鏡が似合う涼やかな雰囲気も、夏季休暇前の彼そのもの。
――――でも。
「メイセン様、筋トレ、なさいました……?」
彼は線の細い美形から一転、武闘派イケメンへと変貌を遂げていた。
「あっ、わかります? これも『筋肉ムキムキ体操』のおかげなんですよ」
あれか。私はまだ会えていない親友の名前を呼んだ。エミリア、あなたこの休暇の間、一体何をしていたの?
聞いてもいないのに嬉々として『筋肉ムキムキ体操』のご利益を語り始めたガッドを適当に無視する。私は天地がひっくり返ろうとその集まりにだけは参加しない。
簡易ステージの上に意識を戻した。
オリヴィエとセクティアラ様が何か言っているのに、男性陣の勢いが強すぎてかき消されている。ステージに少しでも近い場所を争っているのだ。
教員が統制に動き出す始末である。見ていたら男子生徒が一人、教員を投げ飛ばした。
むさ苦しい争いを眺めているうち、気づいたら『幻獣祭』開始が宣言されていた。
『夏』は自分が見られている間結構暇だ。周りからの視線を受け止めて座っている以外にあまりやることはない。
クリスティーナは私の足元で大きな体を投げ出し眠っている。審査団が来たら起こせばいい。この喧騒と暑さと視線の中で寝られるなんて、図太くてかわいい。
ぼーっとしていようかと思ったが、ガッドが平民の男の子相手に筋肉ムキムキ体操を布教しだしたので、助け舟を出すことにした。
「メイセン様、あなたの幻獣はナマケモノであっていますか?」
男の子が私に会釈してから逃げていくのを見送る。
ガッドは自分の上半身に掴まっている幻獣の頭を撫でた。手足が長く、目がくりっとしている。そして動きが鈍い。なんというかキモ可愛い。
「はい。月に一回くらいしか働かないやつなんで、ぴったりだと思ってます」
「月に一回何をするんですか?」
「秘密です。『冬』で敵になる可能性もありますから。移動系とだけ言っておきます」
ガッドが人差し指を自分の唇に当てた。さすが抜け目ない。
彼は優秀だが、能力うんぬんより人望が厚い。彼と話していると誰でも毒気が抜かれる感じがする。
すると審査団一行が近づいてきた。オリヴィエが私を見つけて駆け寄ってくる。
「おーい! レベッカちゃん!」
彼女は私にぶつかる寸前のところまで走ってきて、ピタッと止まると、私を太陽から覆うようにして立った。
「そんなに汗かいて可哀想に! 熱中症には気をつけるんだよ!」
「お久しぶりです、オリヴィエ様。ありがとうございます」
隣からガッドがオリヴィエに声をかけた。
「オリヴィエ嬢は騎士団で団長一直線の活躍ぶりだとか。一国民として頼もしい限りです」
「照れるなー!」
お世辞ではなく、オリヴィエは彼女の幻獣であるチーターに乗って出世街道を爆走しているともっぱらの噂なのだ。
「レベッカちゃん、ブライアンと仲良くしてくれてるんだってね! あいつは普段悪ぶってるけど、ほんとは優しくていいやつなんだ。これからも頼むね」
オリヴィエがそう口にしたとき、審査団の残りの面々が追いついた。ギャラリーをぞろぞろ引き連れている。
「セクティアラ様、お久しぶりですっ」
「レベッカ、ごきげんよう」
オリヴィエの陰から顔を出して挨拶する。セクティアラ・ゾフ様が上品な猫のような目を細めて微笑みかけてくれた。
私は「この天女は私の義理の姉になる方なんです」とふれて回ろうとしたが、オリヴィエで立ち上がれなかったので断念した。
代わりにクリスティーナを揺り起こす。
「ごめんね、クリスティーナ。一発だけ空に向かって『何やらすごい息』を吐いたら、また眠っていいから」
「キュイ」
クリスティーナが寝ぼけ眼のまま顔を上げる。そして口をパカっと開けたとき、あろうことか審査団の男性、それも確か最近就任した宰相が、ずいとクリスティーナに近づいた。
「ほう、君は『ドラゴン・ブレス』をそのような呼び方で――」
「あっ!」
危ない、と言いたかったのだがもう遅い。クリスティーナの口内に極度に純度の高い魔力の塊が発生し、空に向かって打ち上げられた。
私はニの句が継げなかった。いや、宰相は無事だった。それは良かった。
だが間近で発射されたその咆哮は、宰相のカツラを凄まじい勢いで吹き飛ばしていた。
彼は周りからの視線を全て頭部に集めたまま、噛み締めるように、
「……止むなし。これも宿命」
と口に出した。妙にかっこよかった。あと多分良い人だ。
そのあとはまたガッドと取り止めのない話をして、第二学年の時間が終了した。次は第三学年。
私はこの時間、サジャッド・マハジャンジガを見張る手筈になっている。
攻略本によれば、『夏』はサジャッドが暗躍を始めるタイミングだ。
今日は彼にとって「好きな夢を見せられる能力」と偽って色んな人の夢に入りこめる、またとないチャンス。
だから私と殿下は決めた。
『夏』の間サジャッドから目を離してはならない。サジャッドに夢への介入を許した人間は、学園の生徒・一般人に関わらず一人残らず記録し、マークする。
私が持ち場にいた間は殿下が見張っていたはずだ。
クリスティーナに蛇に戻ってもらい、ポケットに入らせた。サジャッドの持ち場を探す。
既に第三学年の多くが自分のスペースに座っていて、順番に見ていった。カメレオンに羊にヤギに象。もはや動物園である。
ついにサジャッドを見つけて、私は離れたところから遠視の魔法を使った。『夏』はフアバードン王国の一大行事だけあって人でごった返しているし、これだけ離れていればまず見つからない。
第三学年の部がスタートすると、サジャッドが集まってくる人に順番に応対し始めた。
『昨日見た夢はどこで何をしたものだったか』という鍵を聞いて、一人がけのソファに座らせ目を閉じさせる。睡眠導入に似たこともできるのだろう。
平民嫌いの彼も、やろうと思えば愛想良くすることくらいはできるらしい。
記録をとるの自体は楽だ。
しかし犠牲者が増えていくのを指を咥えて見ているのは思ったより精神的にくるものがあった。
あの男を今すぐ捕まえられたらどんなに良いか。だがいくら第一王子と公爵令嬢でも、国民を理由もなく長期間幽閉するなんて不可能だ。
私は唇を噛みながらただ記録を取り続けた。
第三学年が終われば、トリは第一学年。新たな幻獣たちのお目見えだから『幻獣祭』は最後が一番盛り上がる。朝よりさらに人が増えて身動きが取りづらい。
シナリオでも、一番の山場はこの時間だ。洗脳をかけるためサジャッドが主人公エミリアを呼び出す。
だがどうにも事態がシナリオ通りに進んでいないから、正直サジャッドがどう出るかわからない。
サジャッドが立ち上がった。異変はそのとき起きた。
――何十メートルも離れたところにいる彼と私は、確かに目が合った。
その瞬間。
「あっ、次期王妃様だ!」
「綺麗ー!」
周囲の一部が急に私に反応し始めた。ただでさえ密度が高いのにさらに人だかりに囲まれる。握手を求めて四方から手が伸ばされ、どんどん距離を詰められる。
学園の生徒も混じっていたから変だと思った。私に対してこんな熱意はなかったはずだ。
見れば、彼らは全員、サジャッドに『夢』を見せてもらった人たちだった。
揉みくちゃにされながら人と人の隙間に目を凝らす。
――――いない。
サジャッド・マハジャンジガはその場所から忽然と姿を消していた。




