17
八月は王都の父の家で過ごしている。今日も朝起きて、軽く伸びをしながら朝食を食べに行く。
そこには既に父さまがいた。書類に目を通しながらスープを飲んでいる。
「おはようございます」
「おはようレベッカ」
朝食が出てくるのを待つ間テーブルの上に置かれた手紙の類を確認した。
薄ピンクの可愛らしい封筒と、無機質な茶色の封筒が私宛だった。
「あらエミリアから手紙だわ」
「へえ、何だって?」
薄ピンクの方をペーパーナイフで丁寧に切り、手紙を取り出す。もう一枚別の紙も入っていた。
「ええと……元気みたいですね。『筋肉ムキムキ体操』を考案したそうです」
「えっ?」
父が素っ頓狂な声と共に書類から顔を上げた。
「隊員たちからは隊長と呼ばれ、とてもやりがいを感じているそうです」
「……どういうことだい?」
「どういうことでしょうね」
最終的には『筋肉ムキムキキャンプ』のお誘いだった。同封されていたのはそのチラシのようだ。
「君も一緒にムキムキしよう!」というあおりと一緒に、浅黒い男性が歯を見せて笑っている写真がデカデカと載っている。いや誰?
私は何も見なかったことにして、もう一つの封筒を開けた。差出人は王立貴族学園である。
手紙は季節の挨拶から始まって、最終的には順位表だった。
「ああ、六月のテストの結果ね」
第二学年を真っ先に確認して、私は天を仰いだ。
「やるわね、ガッド・メイセン……!」
一位にあったのは私の名前ではなかったのだ。二位が私で、三位がエミリア。
「一位じゃなかったのが初めてなだけで、父さまはものすごいと思うぞ」
「ありがとうございます……」
時間をかけて準備しただけに悔しい。次は負けないと心に決め、他の学年を見ていく。
第三学年はやはりというか一位が殿下、二位がキャラン・ゴウデスで、三位がフリード・ネヘルだ。
第一学年は一位がブライアン・マークだったから驚いた。「とにかく強かったがテストで学園最低点を更新し続けた生徒」として教員一同の記憶に新しい姉とえらい差である。
私は読み終わった手紙を置いて一息ついた。
ポケットの内側に手を滑らせる。まだ眠たそうな顔の私の白蛇を出してあげ、テーブルに乗せる。
「ねえクリスティーナ、もうすぐあなたが生まれてから一年だわ。何か欲しいものはあるかしら?」
「キュ? シュー?」
「もちろん。私これでも公爵令嬢なの」
「キュイ……キュキュキュイ」
「っふふふ、こら、滅多なこと言わないの」
「キュイ」
「っふ、あはははっ、もう、クリスティーナってば! っふふふふふ」
お腹を押さえて涙が出るくらい笑った。そんな私の様子を、テーブルの向かいに座る父さまが口を開けて見ていた。感心したように言う。
「すごいな。レベッカはその子が何を言っているかわかるんだね」
「いえ、よくわかりません。フィーリングです」
「えっ」
クリスティーナとの会話に戻ろうとしたが、何やら視線を感じた。父さまが口に手を当てておろおろしている。
「父さま?」
「えっ、えっと、クリスティーナちゃんは欲しいものがあるって?」
「ええ。小粋なジョークを混じえつつ教えてくれたわ」
「小粋なジョーク」
朝食を持ったメイドが部屋に入ってきた。お礼を言って受け取り、「サンドイッチを外で食べられるように包んでほしい」と伝えた。
「そういうわけで、今日は一日留守にしますね。クリスティーナの『必殺技』を編み出すという予定が入ったので」
そう告げてからクリスティーナと「ねー」と顔を見合わせる。
父さまは複雑そうな顔で「本当にフィーリングなの?」と呟いた。
朝食を食べ終わりサンドイッチを受け取る。帽子だけ被って、庭で龍の姿になったクリスティーナの背中に乗った。
クリスティーナがやりたいという『修行』と『必殺技の会得』は、きっとひと気のない林の中とかでやるのがいい。王都を抜けてどこかの山に入るべきだろう。
明確な理由はない。なんか「ぽい」からだ。
「そうだ、ちょうどいいわ。良いのができたら『夏』で披露しましょう」
ゆったり飛行しながら思いついた。
あと半月もすれば『夏』だが、正直まだノープランだった。クリスティーナはただ存在するだけで完璧に可愛いので、これ以上何かしろと言われても困るのだ。
見えてきた山の中腹に適当に降り立つ。
「じゃあ早速始めましょうか!」
「キュ!」
クリスティーナはやる気十分と言わんばかりに鼻息を出した。可愛い。
「龍といえば、伝承では何やらすごい息を吐き出すわよね。クリスティーナ、出せる?」
辺り一帯を薙ぎ払うみたいな威力をもった龍の吐息について、たしか伝承があったはずだ。本で読んだことがある。
クリスティーナは顔を持ち上げ、口をパカっと開けた。そのままシュー、シューと何かを出そうと力むが、特に何かが起きる様子はない。
「シュ……」
クリスティーナは肩を落としてしまった。いや、肩なんてないのだが、落ち込んでいる。
「あなたのせいじゃないのよ、クリスティーナ。本当にそんな龍がいたかも分からないんだから」
何せクリスティーナは学園百年の歴史でも初めての龍の幻獣なのだ。その鱗を腕全体で撫でる。
「爪が鋭いわよね。使ってみましょう。クリスティーナ、『何やらすごい爪』よ!」
手頃な太い木を指差して言う。クリスティーナが元々鋭い爪をカッターのように尖らせて、その木の幹を斜めに引っ掻いた。
何も起こらないと思われたそのとき、大木は自分が切られていることに初めて気付いたみたいにずるりと動いた。真っ二つになって倒れる。
「わあっ、すごいわ!」
「キュイっ!」
私は手を叩いて喜んだ。素晴らしい切れ味だ。剣も目じゃないというか、多分最高品質の剣も敵わない切れ味だ。
クリスティーナも嬉しいようで、私を中心にとぐろを巻いてキュッと抱きしめてくれる。
「言い方の問題なんだわ! クリスティーナ、『何やらすごい息』!」
私はとぐろの中から腕だけ出して、高々と天を指した。クリスティーナは私の声に応え、その方角へ大口を開いた。
「ガアッ!」
瞬間、白い炎を纏った咆哮が空を覆った。高く伸びて巨大な入道雲を突き破る。入道雲はその一閃を中心に消しとばされた。
言葉を失った。口を半開きにしたまま、上げていた手を下ろす。
ぎぎぎ、と音をさせてクリスティーナを見る。クリスティーナも恐る恐るこちらを見た。
「っす、すっごいわ! クリスティーナッ!」
白い体に飛びついた。手の届く範囲をすべすべと撫でまくる。
クリスティーナは怒られると思っていたと見えてびっくりしている。だがすぐに私にされるがままになった。
おそらくだが、クリスティーナが言い出したこの修行は私のためのものだ。
『春』で矢に射られたり、階段から落とされたり、不甲斐なかった私を見て「もっと強くならなきゃ」と思ってくれたのだろう。
それなのに、ちょっと空を燃やしたぐらいで怒っては、主人失格というものだ。
「ありがとうね。大好きよ」
額を合わせ、大きな頭を抱え込んで抱きしめる。愛は伝えても伝えても足りない。こんなにいい子の主人である私は幸せ者だ。
それからしばらく、伝説でしかなかった『ドラゴン・ブレス』が観測されたという話で王都は持ちきりになった。
事実確認の必要に迫られた殿下が真っ先に私に連絡をよこしたので、私は平謝りした。これも主人の仕事のうちである。




