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13

 段々蒸し蒸しとしてきた七月の半ば。私は王宮で開催される夜会に出席するため、馬車の中にいた。


 始まりは夏季休暇に入る二週間ほど前だ。

 珍しくまだ明るい時間に私の部屋を訪ねてきた殿下の、こんな一言によるものだった。


『レベッカ、イベント発生だ』


 殿下と二人で攻略本を広げる。彼の指がとんとんと一つのページを指した。


『『夏季休暇・夜会イベント』……』


 殿下の説明は攻略本とほぼ一致していた。フアバードン王国王宮でこの夏、小規模な夜会が開催される。私は殿下のパートナーとしてそれに呼ばれているのだ。

 つまり、殿下の婚約者としては初めて公式の場に出るということだ。


 自然と身構えてしまうが、殿下はそんな私の顔を覗き込んだ。私の髪を手でとくようにして耳にかけてくれる。


『あまり大袈裟に考えなくていい。レベッカはいつもの通りでいればそれで問題ない。それより、一緒にドレスを作りに行こう』


 優しい言葉に胸がジーンとした。殿下はそんな私に、「とびきり似合って、それでいて露出の少ないもの」と念押しした。


 そのすぐあとの休日に殿下とドレスを仕立てに行ったが、あんなにドレス選びに精を出したのは正直初めてだった。

 失敗は許されないのだから気疲れもするというもの。


 そもそも夜会とは。


 男女がくるくると踊り狂い、小洒落た会話を楽しみ、高級料理と年代物のワインに舌鼓を打つ――。


 そんな優雅な催しと思ったら大間違いだ。


 あそこにいるのはたぬきかきつね、それでなければ被捕食側の子ウサギのみである。楽しもうなんて生半可な気持ちで行ってはいけない。


 私は夜会の日の午前中から王宮に滞在させてもらうことになっている。

 普通は家で準備をして夜にやってくるものだが、そこは殿下の婚約者なので、部屋をもらえるという特別待遇である。

 午後から準備を始め、夜いざ出陣という流れだ。


 揺れる馬車の窓から、全貌が見えないほど大きく絢爛な王宮を見上げた。


「王宮なんて、屋根なら乗ったことさえあるし、大丈夫、大丈夫」


 馬車の中で自分にそう言い聞かせ背筋をピンと伸ばす。

 殿下の婚約者を名乗りたいなら、今日は一つのミスだって許されない。



 馬車が王宮に到着し、国王陛下、王妃殿下にご挨拶する。お会いするのは実は二回目だ。この前の春季休暇中、私は王妃様主催のガーデンパーティーに招待されて参加した。

 王妃様はその途中全員参加で本気の「かくれんぼ」を始めるという厄介、ではなく、遊び心のある方で、大変だった記憶がある。


 挨拶を済ませると私室に案内された。広いというよりだだっ広いという表現が合う部屋。調度品も豪華で、私と侍女三人には勿体無いくらいだ。


 殿下は夜会まで会えないと聞いている。夜会開催まで、準備のため多忙を極めるのだ。

 学園の友人たちは出席するのだろうか? いるなら会いたいが、変に出歩いて何か失敗したらどうしようという気持ちが強い。

 私は慎重に、準備を始める時間まで、それはもう大人しく過ごした。


 女性の準備というのは大変だ。いや、男性の準備がわからないが、とにかく夜会の準備は大変だ。

 浴室で身体中磨かれて、腰を縛り上げられて、重たい宝石を装備して。一分の隙もなく完成させなければならない。

 顔面なんてもはやキャンバスにでもなったかと錯覚する。


 貴族の素養は万事問題ないと評価をもらってる私だって一つくらい苦手なものもある。


 コルセットである。


「マリー、こんな、細く、なきゃ、だめ?」

「頑張ってください、お嬢様……!」


 私が机に掴まり、侍女のマリーが私のコルセットを渾身の力で引っ張る。正しく締まった頃には、私は人間離れした細腰の持ち主になっていた。

 私はその間首を絞められた鳥みたいな声を上げていただけなので全てはマリーの功績だ。父さまに特別手当を出すよう頼もう。


 全て準備を終えて少し休憩していたときだ。

 ノックが聞こえ、私はガバッと顔を上げた。


 殿下が迎えにきたのだ!


 侍女が応対してくれている間、おかしなところがないか鏡で確認する。夜会という名の戦いのため万全を期さねばならない。へまをすれば嘲笑ものだ。


「あのう、お嬢様」


 しかし、焦りを覚える私に対して、戻ってきた侍女は浮かない顔をしていた。


「ルウェイン殿下ですが、夜会までエスコート出来ないそうです。問題が起きて対応しないといけないとか」

「…………え」


 急速に気持ちが萎むと同時、私ははっと気づいた。


 そうだ、これはイベントだ。

 


「それでその、代理の方がいらっしゃって――」


 侍女の言葉は最後まで届かなかった。


 人が真横から近づいてきたのに気付くが早いか、その人物は両腕の中に私を包み込んだのだ。

 殿下じゃない。なのに抵抗しようと思わない。


 勢いの良い声が頭の上から聞こえたからだ。



「会いたかった! また美人になったな、俺の可愛いレベッカ!」



 太陽みたいな笑顔が向けられた。と思ったら、ぽかぽかしたその腕の中にまた閉じ込められていた。今度は私も抱きしめ返す。


「私も会いたかったです、兄さま!」


 ヴァンダレイ・スルタルク。三強で学園を卒業した次期公爵であり、加えてとても男らしくてかっこいい見た目をしている。

 第一部では『憧れの先輩』ポジションの攻略対象だった。第二部では『憧れの卒業生』に昇格である。


 夜会のエスコートを代わりにしてくれるのは、『ヴァンダレイ・ルート』でのご褒美イベントだ。気を揉みすぎて失念していた。

 今の私は思ったより余裕がないらしい。


 兄さまは私を散々抱きしめてやっと離したと思ったら、「最後にもう一度」と言ってまた押しつぶした。


「レベッカ可愛いぞ! 国を救える!」

「ありがとうございます」


 褒め方が幼児に対するそれで笑ってしまう。


 兄さまは私の頭を撫でたいらしく手を伸ばしてきたが、芸術品のように複雑に編まれているそれを触ってはいけないと思い直したらしい。

 最終的に私の頭の上の空気を撫でた。


「殿下に招待されたんですか?」

「ああ、セクティアラが出席できないから今日の夜会はパスする予定だったんだがな!」


 兄さまは目を閉じ腕を組み、しみじみと口を開いた。


「突如部屋の窓が砕け散って、馬車でも突っ込んできたかと思ったら、殿下の幻獣だった! 嘴に咥えられて空を飛んだのは初めてだ! もはや誘拐だったな!」

「ええ……」


 それからすぐ王宮の一室で支度をして、そのままここまで来てくれたらしい。

 グルーは勢い余ってしまったのだろうか。それか「ヴァンダレイは丈夫だから多少雑で構わない」と殿下に言われた可能性がある。


 なんとなく遠くを見つめていたら、兄さまが私の前に跪き、恭しく手を差し出した。


「殿下は既に会場内にいるそうだ。王子のもとまで、俺にエスコートさせてくれるか?」

「はい!」


 私はお姫様にでもなった気分でその手を取った。

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― 新着の感想 ―
[一言] >>殿下の婚約者を名乗りたいなら、今日は一つのミスだって許されない。 夜会、怖すぎる((((;゜Д゜))))
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