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6

 殿下の手をしっかり握り返すと、彼の風魔法が私たちの背中を押し始めた。少しの跳躍で宙に浮くかの如く移動できる。

 文字通り飛ぶように廊下を走って501号教室の扉が見えたときだった。


「来るぞ」


 短く声をかけられた直後、扉の向こうの角から一人の女子生徒が姿を現した。


 ふわふわした深緑の髪を揺らし、背後へ向かって何か言いながら扉へ走り寄り、


「お兄ちゃん、ゴールが――――うわっ!?」



 叫び声を上げて急ブレーキをかけた。



 飛び出してきた女子生徒、もといジュディス・セデンに、床を踏み抜く勢いで加速した殿下が一気に肉薄したのだ。


 目にも留まらぬ速さで彼が腕を振り上げると同時、その手の中で魔力の刃が形成されていく。

 鋭い切っ先が出来上がると同時にジュディスの首に届こうとする。


 ――しかし。


 にゅっと大きな手が伸びた。ジュディスの背中を掴み、間一髪で引き戻す。


 ガキン。ジュディスと入れ替わりに前に出たその男は、殿下の一撃を当たり前のように受け止めた。

 殿下は殿下で表情を変えることもなく、当たり前のようにニ回目、三回目の攻撃を加える。


「ルウェイン、妹に怪我をさせないでくれよ」


 猛攻を受けながらなお笑みを浮かべてみせた彼こそ、三強が一角・オズワルド・セデン。


 精悍という表現がぴったりで、今年も乙女ゲームの攻略対象の一人だ。妹と同じ穏やかな森のような瞳と髪。

 童顔と鍛えられた身体のギャップが女性、特に年上のお姉様方に大変人気である。


「防御魔法があるだろう」

「君の攻撃は防御魔法を無効化しそうで怖いんだよ……」


 殿下の攻撃を紙一重のところで捌いて受け流している。見事な剣技だ。去年にも増して一層磨きがかかっている。

 だが殿下は攻撃の手を緩めない。魔法を交えた攻撃を立て続きに浴びせ、それらはさらに鋭さを増していく。


「ッ、ルウェイン、なんか君怒ってないか?」

「先程気にくわない男に会った。オズワルド、お前でその苛立ちを解消する」

「堂々と八つ当たりしないでくれ、ッ!?」


 殿下が一際力強い蹴りを放ち、オズワルドが危ういところでかわした。殿下の足がドゴンと凶悪な音をたてて壁に入り、大穴が開く。


「――あっ!」


 その音と衝撃でようやく我に返った人物がいた。先程寸でのところで兄に救われ、それ以降尻餅をつき口をパカっと開けて二人のやりとりを見ていた、ジュディスである。

 立ち上がって剣を構え、一気に駆け出す。



 しかし、やっと準備ができたのは私の方だ。



 おそらく殿下といえど三強と五高の兄妹が連携してかかってくれば分が悪い。でも殿下だって一人じゃない。

 私はずっと準備していた。兄妹を一網打尽にする、最低でもどちらかに致命傷を与える、逃げ場のない一発。


 クリスティーナに分けてもらった尋常でない量の魔力を全て、体内で炎に変換した。


 結果出来上がったのは、私という名の令嬢型超強力火炎放射器である。


「殿下っ!」

「!」


 短く叫ぶ。その視線が刹那私に向く。オズワルドも気を取られた。


 その一瞬の隙をつき、殿下がバチンと両手を合わせた。離すと同時、手の間で作り出された巨大な網が、ぶわりと広がって兄妹を襲う。

 殿下自身はすぐさま横の窓を開けて外に避難した。



 というわけで遠慮はいらない。


 私は素早く息を吸い込み、喉のギリギリまで迫り上がっていた炎を一気に吹き出した。



「うっわあ!?」

「ッ!?」


 壁を溶かすほどの熱の塊が廊下を埋め尽くす。一瞬だけ聞こえたジュディスの悲鳴も、轟音でかき消えた。


 全て吐き出しきって、肩で息を整える。兄妹の影を探して立ち込める煙に目を凝らした。ものが焼け焦げる匂いが辺りに充満している。

 がらりと窓を開けて戻ってきた殿下が私の隣に並んだ。魔法で煙を一掃してくれる。


 私は息を呑んだ。




 ――――いない。誰もいない。


  代わりに彼らがいた場所にぽっかり空いた、大穴。



 思わず口角を上げた。――やられた。


幻獣(もぐら)!」

「ああ、どこにいるかと思ったら。床を掘って階下に逃げたな」


 穴を覗き込んでも見えるのは下の階の床だけだ。二人の姿は無い。

 オズワルドの幻獣が地面にぼこぼこと穴を開けられることは知っていたが、まさか鉄筋コンクリートの床を突き破れるとは思わなかった。


「追いかけることもない。今のうちにゴールしよう」


 殿下と二人、扉に向き直る。真っ黒に焼け焦げているのはご愛嬌だ。『行事』で壊れたものは先生方が直すので問題ない。

 コンコンコン。息を合わせて叩けば、私たちは本校舎の大広間にいた。昨年度もゴールのあと行き着いた場所である。


 ぐるりと一周見回してから目を丸くした。

 そこにはまだ誰もいなかったのだ。


 隣で殿下がふうと息を吐く。彼は右の手のひらを私に向けて、


「レベッカ、良い攻撃だった」


 満足そうに笑ってくれた。彼の手にぱちんと自分の手を合わせる。さらに勢いのまま抱きついた。


 殿下との初共闘は、文句なしの白星だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わあ、ハガレンだぁ〜。
[一言] いっそ第一学年が第1部 第2学年が第2部 第3学年を第3部ということに。 そうでもしないと 主人公が殿下に押し切られて学年途中で結婚してしまいそうでーーーーー
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