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いよいよ『春』の火蓋が切られる。待機室が段々静まり、代わりに緊張が高まっていくのを肌で感じる。
『春』は全生徒が一斉に学園のどこかに『転送』され、ヒントを得て隠されたゴールに到達する早さを競う競技だ。
道具は一人一つまでで、フアバードン王国貴族のパートナーである『幻獣』をカウントするので、愛用の短剣は持っていけない。
「じゃあエミリア、メリンダ、また後で」
「二人とも、鉢合わせしても恨みっこなしよ」
「望むところです! ゴールで会いましょう!」
ついに強い光を放つ魔法陣が足元に浮かび上がった。下からの強烈な風で制服の水色のワンピースがはためく。小さなクリスティーナが吹き飛ばされないよう抱きしめた。
懐かしい浮遊感に包まれ、私たちは散り散りになった。
地面に足がつく感触があってすぐ目を開く。素早く周囲を確認した。
その瞬間、私を含めて二十八人の生徒が、互いの姿を認識した。
「――ッ!?」
ほとんど反射で全方位に攻撃魔法を繰り出した。
私と同じように反応した側とそうでない側がいて、二十八は一瞬で半分に減った。
広大な敷地のうち、『第一校舎前広場』は最初に転送される生徒の数が多いことで有名だ。
つまり開始早々激戦区になるのである。
私は今まさにそのど真ん中にいるのだ。
四方で攻撃魔法が飛び交う。飛んできたのをスレスレでかわし、新たに打って応戦する。
少しでも気を抜けば被弾して即ゲームオーバー。運が悪いことこの上ない!
「『三強』スルタルク公爵令嬢とお見受けする! 良い腕試しができそ――」
「クリスティーナ、お願い!」
私が呼べば、幻獣・クリスティーナが眩い光に包まれて応える。その身体がぶわりと質量を増し、クリスティーナは白い龍に姿を変えた。
そして巨大な尾をぶんと振り回す。
「ぐえっ」
蛙が潰れたみたいな音と共に先程の男子生徒が吹っ飛んでいくのを見送った。
生徒は全員学園長の防御魔法をかけられていて、攻撃されても失格になるだけで怪我はしないようになっているから大丈夫だ。
「クリスティーナ、ここにいちゃダメだわ! 『ヒントの魔法』をかけられた新入生を探しに行かないと」
「キュ、シュー!」
「あら、近いのね!」
『ヒントの魔法』は新入生の一部にランダムにかけられていて、その人間を戦闘不能にさせた一人だけがヒントを得られる仕組みになっている。
「他に取られないうちにいかないと――」
周囲に目を走らせた、そのとき。
ドッカァァァァン!
爆音が耳をつんざいた。大地が小刻みに震え、一拍遅れて爆風が押し寄せた。その場の全員が数秒間意識を持っていかれる。
私はその隙に攻撃魔法を撃つ手を止め、クリスティーナの首にひらりと跨った。一気に上昇し『第一校舎前広場』を一人離脱する。
こちらを見上げる生徒たちの姿が遠ざかっていくのを確認した後、もくもくと黒い煙と炎を上げる遠くの森に目をやった。
「もう、エミリアってば」
爆発の原因はおそらく彼女である。幻獣・九尾の爆破魔法を景気良くぶっ放しているのだろう。
群がってくる『五高潰し』を「撃ーーー!」とか叫んで蹴散らしているに違いない。
その様子を想像して思わずくすくす笑っていたら、クリスティーナがぐんと高度を下げて、前髪が浮いた。ヒントの新入生を捕捉したのだ。
強風に翻る自分の髪の隙間から地上に目を凝らす。
一人の男子生徒。校舎群から寮の方角へ移動している。足がかなり、いやすごく早い。
背が高く髪は紺色だ。
「……あ」
知らず声が出た。クリスティーナの魔法を通して感じる彼の気配は、私がよく知っているある人物のものにとても似ていたのだ。
――多分『あの人』だ。
私はその男子生徒に正面から堂々と近づくことにした。
彼は途中でこちらを振り返ると、顔を引きつらせて立ち止まった。
「ごきげんよう」
その前に優雅に降り立つ。男子生徒は腹の底から出たみたいな深いため息をついた。
「……どうも。いきなり『スルタルクの宝石令嬢』サマに見つかるなんてついてねぇ……。でも舐めないでください、俺逃げ足だけは一人前って有名なんスよ」
彼はペラペラ喋りながらも私から少しも目を離さない。一見不遜だが実際は一切油断がないのだ。
私は内心感心しながら口を開いた。
「ヒントは欲しいですが、戦いはしません。あなたにかけられたその魔法を調べさせていただければ、ヒントを得るためのもう一つの方法を知ることができます。その方法ならあなた自身もヒントを得られます」
「はは、信用すると思います?」
口の端を吊り上げる彼。信じてもらえなくても、この話は本当だ。
ヒントの人間は基本他の生徒に追われ戦闘不能にさせられる運命にあるが、ヒントを得る方法は実はもう一つあるのだ。
去年が『暗闇の中で見る』だったように、その内容は毎年変わるので、実際に調べないとわからないが。
どうしたものか。
顎に手を当て考えながら、するりと目線だけを彼に戻した。彼は彼で不敵に笑いながら目をそらさない。
ポケットに手を突っ込み、シャツは第三ボタンまで開いていて、両耳にはじゃらりとピアスが揺れている。
「ええ、マーク様」
その余裕を壊す最初の言葉。
彼の瞳が丸くなる。――――当たりだ。
「初めまして、ブライアン・マーク様。あなたのお姉様とは飲み比べをした仲です」
彼はブライアン・マーク。戦闘神オリヴィエの弟で、騎士団長の息子。
そして、『乙女ゲーム』の攻略対象だ。




