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「まず、五高」


 誰もが固唾を呑んで見守る。選ばれし16人に、今から称号の名誉が授けられる。


「男子―――第1学年、ガッド・メイセン。第2学年、サジャッド・マハジャンジガ。第2学年、フリード・ネヘル。以上、他該当者なし」


 会場が動揺に揺れる。おそらく空席はランスロットと第2学年のディエゴ・ニーシュがいた場所だ。『冬』で兄さまに立ちはだかっていた彼だ。サジャッド・マハジャンジガという男は、名前こそ『夏』などで聞いたことがあるが面識はない。

 三強や五高に空席があることはあるが、五高が三人しかいなかったことは未だかつてあったのだろうか。


「女子―――第1学年、エミリア。第1学年、ジュディス・セデン。第1学年、メリンダ・キューイ。第2学年、キャラン・ゴウデス。第3学年、レイ・ロウ」


 出かけた歓喜の叫び声をギリギリで飲み込み、できるだけゆっくりと後方の二人を振り返った。エミリアとメリンダは、凛とすまして背筋を伸ばしながらも、表情は堪えきれずに思い切りにまにましている。


「では、前へ」


 学園長の合図で名前を呼ばれた8人が壇上へ向かう。私の親友二人は誇らしげに壇上に上がり、新生五高の一員として会場中から視線を浴びた。


「では、三強。男子―――」


 照明が落とされ辺りが暗くなった。学園長の声だけが大きく聞こえ、誰もが生唾を飲み込む中、突然強いスポットライトが一人の男子生徒を照らした。



「第2学年、オズワルド・セデン」



 呼ばれた瞬間、歓声が上がる。彼のではなく、彼をよく知るものたちからの祝福の声だ。オズワルドは驚きが強いらしく、口を開けたままライトに照らされていた。


 『冬』で私を逃がしたあと、幻獣共々魔力を使い切り気を失ったオズワルド。魔力が完全に枯渇すると回復するのに三日はかかる。今回殿下の次に重傷だったのは彼なのだ。それも、一度しか話したことのない私を助けるために。


 オズワルドが周りの友人に肩を叩かれ背中を押されて歩み出る。壇上へと続く階段を上るその姿を目で追った。ステージの上に立ったオズワルドは、いつもの凛々しい彼に戻っていた。この学園の誰よりも熱い心、燃えるような正義感。彼はまさしく三強に値する男だと、心から思った。


 オズワルドへの拍手がやむと学園長が再び口を開く。次に呼ばれる男の名前が分からない人間は、おそらくこの場に一人としていない。



「第2学年、ルウェイン・フアバードン」



 湧き上がる歓声と拍手喝采。すぐ隣にいた殿下にビカッと照明が当たり、眩しくて目を細める。

 腰に回されていた手がそっと離れていった。それに合わせて彼からしずしずと距離を取る。


「レベッカ、次に俺が触れるまで誰にも触れさせるな」

「はい、殿下」


 壇上まで悠然と歩いていく彼を頭を下げたまま送ると、私と殿下の振る舞いを褒める声が周囲から聞こえてきた。


 三強はこれで二人。残りの一人もわかっているも同然で、多くの人間が彼に目をやっていた。


 本当に、おめでとうございます、



「第3学年、ヴァンダレイ・スルタルク」

 


 兄さま。


 兄さまは一度目を閉じた。喜びを噛み締めるみたいに呼吸を整える。そしてカッと目を開き、セクティアラ様の手の甲にキスを落としてから歩き出した。女性陣から黄色い声が上がり、男性陣から嫉妬と羨望の野次がかかる。兄さまは全てを笑顔で受け止めて手を振りながら壇上に上った。


 これで男子三強が出揃った。次は女子三強の発表に移る。私の心臓は今どきんどきんと揺れている。発表は学年順だから、呼ばれるなら、最初。


「女子―――」


 たまらず目をつぶり、しかしすぐに開けた。多くの人の目に触れるかもしれないというのに、みっともない姿を晒してはいけない。

 私はレベッカ・スルタルク。スルタルク公爵家の宝石、第一王子の婚約者。エミリアとメリンダの親友で、兄さまの妹。


 姿勢を伸ばし、美しく微笑む。視線の先では、殿下が満足そうに私を見ている。


 私はレベッカ・スルタルク。――――あの人の、恋人。



「第1学年、レベッカ・スルタルク」



 爆発のような歓声が会場を包んだ。スポットライトに肌を焼かれながら、できる限り美しく丁寧なお辞儀をして、一歩踏み出した。


 壇上に上がる階段の前まで来ると、降りてきた殿下が手が差し出してくれる。その手を借りて自分の手を重ね、二人でゆっくりと階段を上る。壇上ではエミリアが、メリンダが、兄さまが、一際大きい拍手で出迎えてくれた。



「第3学年、オリヴィエ・マーク」



 続けて呼ばれた名前に、「よしっ!」と誰よりも大きい声で快哉を叫んだのは他ならぬ本人だ。熱い声援と少なくない笑い声を受けながら、オリヴィエが階段を上がってくる。



「第3学年、セクティアラ・ゾフ」



 今度は私が「よし」と声に出した。セクティアラ様は兄さまにエスコートされ、楚々として壇上に並んだ。


「以上、6名。今年度の三強の称号を授ける。よくやった。本当に、よく頑張った」


 学園長が私たちに向き直る。そのお顔をこんなにも近くで見たのは初めてだった。笑った学園長は、教育者としての喜びと誇らしさに満ち溢れていた。


 オーケストラがゆるやかにワルツを奏で始める。舞踏会の最初は五高と三強が男女でダンスするのが伝統だ。

 だが今年は男性が二人少ないはず。どうするんだろう。周りに目をやって一歩踏み出した私の腕を、がしりと掴んだ人がいた。そのまま流れるように手を取られ片手を肩に乗せられ、音楽に合わせてステップが始まる。


「レベッカ、どこにいく?」


 …しまった。にこりと笑った殿下を見て背中に冷や汗がつたう。


「で、殿下、男性が二人少ないはずですからどうなるんだろうと思っただけで、その」

「それなら大丈夫だ、男女の数が一致しない年は教師が入る―――と言いたいが、今年は違うらしい。ほら」

「え?」


 踊りながら殿下が指す方に目をやる。我慢しきれず吹き出してしまった。エミリアとメリンダが二人で踊っているではないか。いや正確には、嬉々として男性パートを踊り続けるエミリアに、メリンダが何か言いながらやっとのことでステップを合わせている。

 メリンダが小さい声で叫んでいるのは、「ちょっ、嘘でしょ、フリードさまあ!」とか多分そんな感じだ。エミリア、ナイスジョブ。

 他は兄さまとセクティアラ様、オズワルドとオリヴィエ、フリードとキャラン、レイとサジャッド・マハジャンジガ、ガッドとジュディスというふうにペアになっているようだ。


 壇上でのワルツを皮切りに会場中がダンスを始めた。ゆったりとした時間が流れていく。何の変哲も無い、平和な、舞踏会。私は一年半をこれを手に入れるために費やしたのだ。


「…やっと、終わりましたね」

「むしろ始まったばかりじゃないか?今夜は長い」

「ふふ、そうでした。…殿下、私たくさん踊りたいです。あと美味しいものが食べたいです」

「わかった。なんでも付き合う」

「…殿下」

「なんだ」

「何故だか泣きそうなんですが、どうすれば良いでしょうか」

「……俺が隠すから泣いていい」

「メイクが崩れてしまいます…」

「…後で直しに行けばいい」

「…でんか」

「なんだ」

「だいすきです」

「俺もだ」

「はい…」


 私が涙目になっていることに気づいて、エミリアがこちらに駆け寄ってきたのが見えた。何故かワインの瓶を人を殴るために使う直前みたいに持っている。私の涙を早とちりして殿下に使うつもりなんだろう。メリンダはその隙にこれ幸いと逃げ出し、おそらくフリードと踊りに行った。


 ああ、エミリアを止めなきゃ。誤解を解いて瓶を回収したら、そのまま一緒にメリンダを捕まえに行こう。私とも踊ってもらわなきゃいけないんだから。それが終わったら兄さまとセクティアラ様のところに行って、そのあとオズワルドやキャラン、オリヴィエとレイのところにも行って、『冬』のお礼を言おう。

 十分話し終わったら殿下と美味しいもの巡りがしたい。お酒が回ったら攻略本のことを話すのもいいかもしれない。きっと全て聞き終わってもなお、「愛している」と言ってくれるだけなのだから。


 母さま、オウカ、ありがとう。

 私は今、これ以上ないくらいに幸せです。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

この回で完結となりますが、第2部を書きたいと思っておりまして、近いうちに投稿すると思います。

感想等くださった方々、本当に嬉しいです。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしかったです…。 春夏秋冬の発想がまず面白いですし、戦闘シーンをこんなにドキドキワクワク読めたのは初めてです。 キャラクターも皆それぞれ魅力的で、一人一人背景を感じました。生きている…
[一言] ここまで一気読みさせていただきました。 エミリアのキャラが大好きです!
[良い点] レベッカもエミリアもかわいいし、殿下も格好いい! ありきたりではない学園もので、オリジナルな魔法イベントとてもよかったです。
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