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 異例の『冬』の処理は難航を極めた。ランスロットの罪はスルタルク公爵家ならびに王家への反逆、王太子とその婚約者の殺人未遂、公文書偽造、王家の魔法具の持ち出し等々。騙された人と被害を受けた人の数が多すぎた。

 正式な処分が決定するまでランスロットはひとまず王宮の地下牢に捕らえられ、父親のチャリティ宰相は責任を取って職を辞した。


  学園の教師が異変に気付いて駆けつけたとき、殿下はぐずる私を撫でたり抱きしめたりしてあやしている真っ最中だった。つまりピンピンしていた。しかし念を入れて絶対安静の運びとなったのも仕方ない。一時は胸に風穴が空いたのだから。

 よって殿下の「必要ない」という言葉は聞き入れられず、彼がその腹いせに自分を運ぶための担架まで誰の手も借りず堂々と歩いて行ったのには笑ってしまった。


 殿下が運ばれた後、やっとクリスティーナを箱から出せた時はもう感無量で、『冬』で手を貸してくれた全ての人に頭を下げて回った。エミリアがそんな私にくっついてまわり、九尾がそれについてまわったので、軽い騒ぎになったことは言うまでもない。


 生徒たちは通例通り寮に戻ったが、舞踏会は一週間後に延期された。渦中の私はといえば父さまが迎えに来てくれ、兄さまと共に王都の父の家でそれまでの時間を過ごすことになった。

 父の家に到着した夜。遅くまで兄さまとお話をした。兄さまはこの一年間の私の話を全て楽しそうに聞いてくれる。私も何か聞きたいとねだったところ、『先日セクティアラを舞踏会に誘ったら泣いてしまった』とか『殿下は初対面のとき『義兄上』と呼んできた』とか、色々なお話が聞けて楽しかった。


 話し疲れると自室に戻った。一人になったことを確認して胸元からペンダントを取り出す。ピンク色の花のモチーフのそれは、ランスロットに渡された、オウカからの品だ。


「オウカ」

「よおレベッカ」


 軽く握って声をかければ真後ろから声がした。振り返るとオウカがくつろいだ様子でソファに座っている。

 久しぶりに見た彼は、髪の色は大分濁ってもう茶色に近いし、なんだか体が霞んでいる。


「俺はそのペンダントに込められた魔力の分の分身ね。一応意思はあるけど、もう残滓に近いわな。何てったって本体が完全に封印されちまってる」

「オウカ、ゲームが終わったわ。もう話してくれない?」


 オウカは口を閉じた。へらへら笑うのもやめた。


「この一年間、あなたは何がしたかったの」


 最初はシナリオ破りの男だと。次はシナリオに戻そうとしている男だと。『秋』でわからなくなってしまって、今はそのどちらでもないのだろうと思っている。

 そしてその目。どうしてわたしをそんな目で見るのだ。夏のイベントでも見た、保護者のような慈愛をたたえた赤茶の目。


「私、最後くらいちゃんとあなたの話が聞きたいわ」


 オウカは観念したみたいに一度肩をすくめてから口を開いた。


「俺は、『精神体』。この意味がわかるか?」

「いいえ」

「俺は、全ての世界の俺と、意識や記憶を共有できるってことだ」


 ―――全ての世界?


「ソニアさんは『ルート』と呼んだ」


 聞こえた名前に自分の耳を疑う。


「ソニアさん――レベッカ、あんたの母親のことが、俺は好きだった」


 ソニア・スルタルク。オウカが大事そうに呼んだのは私の母の名前だった。


「母さまを、知ってるの?」

「19年前、俺は学園の第2学年で、ソニアさんは第3学年だった」


 彼はゆっくりと話し出した。


「初めて会ったときは驚いた。まるで異質だった。俺は魔法の才能が人一倍だったし、登場人物の一人ってだけでなく精神がさまざまな同じ生を経験しているからわかった。『別の世界の魂が入り込んだ』ってな」

「転生…」

「ああ。面白いと思って接触した。ソニアさんはまだ完全に記憶を取り戻してなくて転生者っていう自覚もなかったが、夢で見る『変な世界』の話を俺にしてくれた。楽しそうに、懐かしそうに。俺も飽きもせずよく聞きに行った。

 ある日『桜』を見たっつって、勝手に俺の名前に『漢字』を当てた。『桜花(オウカ)』、ってな。どんな花か絵に描いて説明してくれたよ。楽しそうに、笑顔でさ。俺はそのとき初めてシナリオを変えようと思った。どの俺もなんの文句も無く当たり前に従ってた『シナリオ』に抗おうと決めた。だって、レベッカの母親はレベッカが15歳の時死ぬと決まっている」


 オウカの口調はとても静かで穏やかだった。閉じた目を時折薄く開いては、懐かしむように笑う。


「ソニアさんは既にあんたの父親と相思相愛で、俺はソニアさんが幸せならそれでよかった。だから、いつもは時を狂わせる魔法を使って学園長に封印されていたが、代わりに死期を伸ばす方法を研究したんだ。それでも封印された。理を外れる、つってな。シナリオの強制力ってやつだな。それでも色々やった。結局ソニアさんは決められた日時に亡くなったが…前日まで死ぬなんて思えないくらい元気だっただろ?」


 はっとして顔を上げた私にオウカが微笑む。


「俺の魔法だ。最後まで楽でいてほしかった。他にも、あんたがまだ赤子のときソニアさんが父親を引きずって現れただろ。あれも俺の魔法。ソニアさんの腕力を三倍にしたんだ」

「え」


 今度こそ口に出す。問題の解決の仕方が物理的すぎやしないか。

 思わず笑いそうになった私にオウカは「笑うな」と言うが、自分が一番笑っている。


「全く、感謝してほしいね。シナリオではあのまま父親にずっと会えずじまいで、あんたは自分が父親に愛されていないと思っていたんだぞ」

「…あ、『春』で初めて会ったとき、シナリオより髪がくすんでたのは」

「ああ、そんなことばっかして魔力を使ってたからだな。他にも色々、言い切れないくらいある。変えられないことも多かったが、変えられたこともあったから。それで色んな歪みが出た」


 オウカがふと真剣な表情になる。


「あんたに惚れたルウェインやランスロットはその典型だ。エミリアはちょっと異質なんで置いておくが…メリンダやヴァンダレイもそうだな。なあ、知ってるか?シナリオでもルウェインは窓を作ってレベッカを覗くんだ。たった一回だけな。それで近い将来立派な悪役令嬢になるレベッカを見た。その一回で切り捨てちまった」


 話の風向きが変わって、私は下を向いた。愛されている自覚がある今でも、愛してくれていない殿下の話を聞くのはつらい。

 すると大きな手が伸びてきた。私の頭をゆるく撫でる。そういえば『春』でも、こんな風に頭を撫でられた。


「ソニアさんが亡くなればこの世に未練などないと思ったが甘かった。あんたがいたよ、レベッカ。幸せにしようと思った。いや、幸せになれるようにしようと。つまり俺がしたかったのは、あんたと殿下をくっつける、ただこれだけなんだよな」


 ランスロットの一件も、あんたとルウェインなら乗り越えてもっと強くなれると思ったから。


 そう言った彼はどこまでも優しい顔をしていた。ずっとその目を『保護者』みたいだと思っていた。間違いじゃなかった。実際父親のつもりだったのだ。


「…オウカ、私が殿下に愛されなかった世界は、どれくらいあるの?」


 小さな声で聞いた。


「勘違いするな。他の世界はパラレルワールド。同時には存在しない世界、つまりこの世界は唯一絶対の現実だ。それにな、俺からすれば、悪役令嬢のあんたも可愛いもんだったよ」


 オウカは私の不安を振り払うみたいにしっかりした声で答えた。

 しかし、悪役令嬢が『可愛い』?


「レベッカはただ、愛が欲しかったんだ。父は自分に会いに来ない。亡くなった母は病気であまり話した記憶はないし気難しくて近づくこともできない。兄は育てられ方のせいで自分に関心がなく、いないも同然。使用人達は自分を公爵様に愛されていない子と陰口を叩いている。レベッカは愛に飢えた。誰でもいいから愛して欲しいと思った。だから婚約者に執着したし、誰からも愛される主人公が憎かった」


 そんな世界を想像する。どれほど辛いだろうと胸が軋んだ。


「でもそれで、レベッカがエミリアを殺そうとしたか?殴ったか?何をした?口での脅しと、子供みたいな嫌がらせだけだろ?」


 オウカは顔を歪ませ、畳み掛けるように喋る。私よりも誰よりも辛そうに見えた。


 どうかわかってくれ、辛かった悲しかった寂しかった、レベッカ(悪役令嬢)の気持ちを。


 そう懇願するみたいに話す。


「レベッカは、子供だったんだ。見た目ばかり大人みたいに綺麗だったが、心は寂しい、愛が欲しいと泣き叫んでいるだけの小さな子供だった。『悪』なんかじゃなかった。ただ『幼』かっただけなんだよ」


 最後の言葉が終わったとき、目的が叶ったことを察知したみたいにオウカの体が薄くなり始めた。


「あんたが今こんなにも幸せそうで、心から嬉しいよ。俺はあんたに、ソニアさんに会えてよかった」

「私が幸せなのはオウカのおかげだったんだね。今までありがとう。オウカ、きっとまた会おうね」

「ああ、きっと、またな」


 言い終えると同時にオウカは消えた。これが最後のお別れだと自然と理解していた。一年間という短い付き合いだったが、私も彼に会えてよかったと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 桜花の研究(延命治療になるのかな)が理(自然死)を反するってなるのなら外科的癌治療も理を反するってなりそうですね( ̄▽ ̄;) リアルの方も6世紀か、7世紀末まで外科的治療は理を反する異端って…
[気になる点] オウカ、そんなに悪い人でもなかったんなら封印を解いてもらうことは出来なかったのかな?
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