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 九尾は草木をかき分けて奥へ奥へと進んでいく。見渡す限り大樹と薮のこの山は身を隠すのにうってつけだ。


 山に入ってすぐ、セクティアラの蝶が指に降りてきた。蝶は私たちを誘導するように飛び始め、敵兵を避けているのだと予想がつく。


「…変です。先生方と連絡が取れない」


 レイが言った。兵はクリスタルで自軍の将軍と連絡が取れるのだが、もう一つ、教師とも連絡が取れるはずだった。緊急時のためだ。それが繋がらないのだ。

 教師に収めて貰うべきだと思っていたが、そうはいかないらしい。教師陣は今までの行事と違い、一年の集大成である『冬』には異常事態が起きない限り一切干渉しない。それでも状況をリアルタイムで見守っているはずなのだが、未だに誰も来ないのは何故なのか。おそらく通信だけでなくその映像にも妨害が行われているのだろう。エミリアは話に相槌を打ちながら治癒魔法でレイの幻獣のハリネズミを癒している。


 私はクリスタルでセクティアラ様と連絡を取った。状況を全て掴んでいる彼女は、「異例の事態だが勝負が流れるか判断がつかないからそのまま陣を守っていてほしい」とだけ伝えると『任せてください』と力強い返事をしてくれた。また、オリヴィエの陣に敵兵が集まりつつあるという。お礼を言って通信を終了する。


 そして先程から考えていたことを口に出した。


「あの兵たちは操られているかもしれません」


 レイは眉をひそめ、エミリアはあっと声を上げる。


 今回は出てこないと思っていたオウカ。断罪イベントが再現されたあたり、彼が関わっている可能性が出てきた。それならあの生徒たちは以前のキャランのように操られているかもしれない。

 そもそも王子の婚約者を行事の途中に攻撃しろなどと指示する人物が本当にいるなら、間違いなく狂っている。それを忠実に実行する彼らもだ。操られていると考えるのが自然だ。


「なら、解除の魔法をかければ」


 エミリアが言う。


「ええ。でもかなり大規模な使用になるわ。…ロウ様、魔法の方は?」

「申し訳ないが、それほど大規模となると厳しいです」

「そうですか、では私が」


 自軍以外と連絡が取れない今、私がやらなければならない。クリスティーナは捕らえられているので彼女の魔力を使うことはできないが、一つ方法がある。


 私たちは蝶に導かれて誰にも遭遇することなくかなりの距離を移動していた。しかしそのとき、前方から別の蝶が現れ、数人がそれに続いているのを見た。


 先頭を歩いていたのはよく見慣れた人物。私とエミリアは大声を出さずにはいられなかった。


「メリンダ!?」

「ああもう、やっと会えたわ、疲れた。あなたたち無事?」


 よろよろ近づいてきたメリンダ。その表情は疲れ切って、肩には幻獣のフクロウもいる。「もうへとへと」と言いながらだらしなく九尾にもたれかかった。


 メリンダがどうしてここに。だって、


「メリンダ嬢はルウェイン殿下の軍と記憶しているのですが」


 レイの声にエミリアがうんうんと同意を示す。


「ええ、その通りよ。私含め4名はオリヴィエの陣への偵察隊だったの」


 億劫そうな声で説明が始まった。メリンダ以外の偵察隊のメンバーは心なしか居心地悪そうにその場に立っている。


「殿下は開始と同時にヴァンダレイの陣にほとんど全勢力で攻め込んだの。ご自身も転送魔法を使って旗のすぐ前まで飛んだわ。自陣はフリード様と十数人に任せて、あとはオリヴィエの陣とレベッカの陣に僅かな偵察隊を出してね。

 だから殿下は今日もう転送魔法を使うことができないのよ。しかも、殿下とヴァンダレイの陣からあなたやオリヴィエの陣までは随分距離があるでしょう?私たち偵察隊はあなたたちがオリヴィエの旗を取るところも見ていたんだけど、それは殿下の鷲にそこまで送ってもらったからよ。鷲はそのままもう一つの偵察隊を乗せてレベッカの陣に向かったし、そこで待機する手はずになってたの。つまり、殿下には今移動手段がないわ。こっちに来るとしてもしばらく後になるでしょうね、ヴァンダレイ軍との戦いもあるんだし。

 それで、隠れて戦いを見ながら偵察隊として逐一報告をしていたんだけど…殿下ってば、戦況は最低限でレベッカの勇姿の描写ばかり求めてくるのよ…自分は自分で戦いながらよ?私、幻獣の耳の良さで偵察隊に選ばれたと思ってたんだけど…殿下はあなたの様子を知りたかっただけね、絶対。

 まあそれで変なことになったから報告したら、偵察の役目は放棄していいからあなたたちと合流して助けてやれって。それまではステルスで姿を消していたんだけど、あ、偵察隊のそこの彼の幻獣の能力ね。山に入ってそれを解いた途端ずっと近くを舞ってたあの蝶が私たちを認識したわ。姿は見えなくても気配はわかるのね。それでここまで誘導してくれたってわけ。

 待ってて、今殿下に連絡を取るわ」


 殿下は今何が起きているのか把握しているのか。流石の情報収集能力だ。私には偵察隊を出す余裕など無く、今なお北東側のことは何もわかっていない。セクティアラを擁しているにも関わらず、だ。これが指揮官としての差なんだろう。


 メリンダが胸元からクリスタルを取り出すのをぼうっと見ていた。そして数秒後聞こえた声に、ひどく安心した。


『レベッカ、そこにいるか』

「はい、殿下」


 低い、落ち着いた声。久しぶりに聞いた気がした。


「殿下、メリンダを送ってくださってありがとうございます。私は無事です。でもセデン様とクリスティーナを残してきてしまいました。防御魔法がありますし怪我をさせられることはないでしょうが、私の力不足で…申し訳ない限りです。兵たちは魔法で操られている可能性があります。今から魔力を充填して解除魔法を試みます。うまくいけば一気に……….」

『レベッカ待て、先に言わせろ。よくやった』

「………え?」


 べらべらまくし立てた私をやんわりと遮った殿下。『よくやった』。褒められた。でも何のことで?


『報告で聞いた。俺の名前が出た時も動じることなく真っ向から否定して、毅然とした態度を取っていたと』

「……褒めていただけるようなことでは」

『よくやった。俺の婚約者は立派で優秀だ』

「…」


 突然起きた断罪イベント。正直あのときの気持ちは混乱と恐怖だった。私にそれらを振り払う力をくれたのは他でもない殿下だというのに、殿下はそんな風に優しい言葉をかけて気遣ってくれる。


 何だろう。今すごく、あなたに会いたい。


「………殿下」

『ああ』

「だいすきです…」

『………………』

「殿下?」

『…俺も愛している』

「はい…」

「ねえちょっと、夫婦仲がよくて何よりだけど、出来たら二人だけの時にやってくれない?」


 メリンダが呆れた声を出した。

 はっと我に返る。しまった。つい感情に任せて人前で愛の告白をしてしまった。

 その場に何とも気まずい空気が流れている。顔を上げられないまま何か言おうと口を開いたそのとき、エミリアが鋭く声を発した。


「っレベッカ様、敵がすぐ近くまで来ています!」

「何ですって?」


 おそらく九尾が察知したのだろう。どうしてもっと早く気がつかなかったのか、だって私たちにはセクティアラがついているはずで。


 蝶を探して辺りを見回す。信じられない。


 ―――セクティアラの蝶は、いつからいなかった?


 私に何の断りもなく幻獣を回収するなんてまずありえない。つまり、セクティアラが戦闘不能にさせられたか、それに近い状態に追い込まれている?私に一つの連絡を入れる暇もなく?


「…ありえない」


 今現在起こっているであろうことが信じられなかった。


 呟くと同時、突如として大量の兵が姿を現した。私たちをぐるりと取り囲んでいる。


「何だ!?どこから湧いた!?」

「レベッカ様!」


 急に騒がしくなった周囲。敵を睨みつけながらざっと数を数えた。多すぎる。


 突然気配もなく現れた五十近い数の敵兵、その人数を操るだけの魔力、三強であるセクティアラ様を封じ込める実力、通信のうち教師との通信のみを遮断する能力、簡単に持ち出せるはずがない追放の魔法具、伝説の獣であるクリスティーナを封印する魔法具。


 オウカを疑っていたが本当に彼だけか?封じられたばかりのはずの彼にここまでが可能だろうか?さらに黒幕がいる気がしてならない。


 迫り来る敵の中、考えすぎている頭を止めた。九尾の背中に飛び乗り、一人強引に包囲網を突破した。


「私はここです!」

「レベッカ!?待ってよ!」

「ロウ様結界を!みんなを守って!」


 メリンダの制止する声が聞こえた。しかし止まるわけにはいかない。

 私は敵にこちらを向かせ、今まで来た道を戻るように九尾を走らせた。九尾が私に従ってくれるか不安だったが心配ないようだ。


 風を切りながら振り返れば、思った通り、多くの敵兵が私を追ってきている。


 レイとエミリアとメリンダ、偵察隊の3人の計6人なら、レイの幻獣の結界で十分身を守れるはずだ。敵の狙いは私一人なのだから私だけで逃げるべきだ。

 ただ、九尾は必要だ。クリスティーナがいないこの状況で大きな魔法を使う方法。九尾から魔力を借りることだ。他人の幻獣など無謀だが、九尾なら可能性がある。


 敵にも足の速い者が多い。しかし九尾はさすがの俊足だ。かなり消耗しているだろうに。

 追いつかれそうにないことを確認して、揺れる背中でなんとか体勢を整えた。


「……よし」


 今から山を下り終えるまでの間に、九尾から魔力を充填してみせる。操られている兵の魔法を解除魔法で解いてさえしまえば、この勝負は私の勝ちだ。

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