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 馬上で遠い地平に目を凝らす。私の後ろには同じく馬に乗った生徒たちが群れをなして続いている。600弱というその人数は全校生徒の4分の1にあたり、それが四人の『将軍』の一角たる私に割り当てられた兵士の数だった。


 息を殺してじっと合図を待った。冷たい空気を取り込む度肺が痛い。今朝は太陽もまるで顔を出さないし冷え込みこそしたが、雪が降らなかったのだけはよかった。どこまでも続いているかのような荒野にて、聞こえるのは600人の静かな息遣いだけだ。辺りを異様な緊張感が包んでいた。


 一月某日、本日は『冬』。

 『合戦』が今、始まろうとしていた。


 ***


 11月の初め、2ヶ月後の『冬』についてある重要な発表が行われた。


 今年度の『合戦』における将軍に、ヴァンダレイ・スルタルク、オリヴィエ・マーク、ルウェイン・フアバードン、そして私、レベッカ・スルタルク以上四名が任命されたのだ。


 そもそも、『合戦』とは。学園に選ばれた四名の『将軍』による擬似戦争である。勝利条件は他の三人の将の首をとること、すなわち防御魔法の上から致命傷となり得るような攻撃を与えること。または、将軍がそれぞれ決められた場所に持つ『陣』にある旗を奪うこと。


 将軍はそれぞれ全校生徒たちの4分の1を自軍の兵士として割り当てられ、その組み分けは基本ランダムだが、ある例外が存在する。

 それは『忠臣』。一言で言えば将軍の腹心である。将軍と『忠臣の儀』を行ったうえで事前に学園へ申請すれば、必ず仕える将の軍に割り振られることになっていた。


 忠臣の制度にはいくつかの細則がある。まず、一般の兵士が将軍に攻撃し戦闘不能に追い込んだとしてもそれは『討ち取った』とは見なされないのだが、忠臣は違う。将軍の首をとることができ、番狂わせ的に戦況を覆すことができるのだ。

 ゆえに誰が誰の忠臣かは秘匿されるものだが、去年の『冬』にて、将軍の役目を賜ったルウェイン・フアバードン殿下、私の兄ヴァンダレイ・スルタルク、シャルル・シーガン、シャルロッテ・シーガンの四名のうち、ルウェイン殿下とフリード・ネヘルは忠臣の関係にあることが明らかになっている。


 忠臣とは行事が終われば解消されるような生半可な関係ではない。そもそも深い絆がなければ忠臣の儀は成功しないがそれだけではなく、その後生涯に渡って主人と臣下の関係であり続け、決して裏切らないことを約束するという大変重いものなのだ。学園生活のみならず人生を左右すると言っても過言ではない。

 そしてリスクがある。忠臣が他の将軍に捕まったり戦闘不能にされた場合、その将軍は他の将軍の首をとれなくなる。他の将軍に対する攻撃の一切が無効化されるのだ。即座に棄権させられるわけではないにせよ大きな痛手だ。

 もう一つ、忠臣は『合戦』で功績をあげても学園に評価されない。忠臣の手柄は全て主人たる将軍のものとみなされる。自分が称号を得るために優秀な将軍に付こうとする者がでないようにするための対策だ。

 もちろん『秋』までに優秀な成績を収めていれば理論上称号を得ることは可能だ。しかし圧倒的に不利と言わざるを得ない。昨年度五高の称号を得たフリードなどは、例外的に優秀なのだ。


 一生の関係であるという重みと、利点の等価交換たる欠点。とても軽視できるものではない。


 結局私はどうしても忠臣を持とうと思えなかった。


 珍しいことではなく、例年忠臣を持つ将軍は四人中二人ほどである。


 11月初めに将軍が発表され、中旬に組み分けと陣の位置が発表される。今年度は北東に殿下、東に兄さま、南にオリヴィエ、そして南西に私。

 『冬』の舞台は学園の外れにある演習場だ。地形があるので陣の場所によっては有利不利が出るのだが、毎年ランダムに()()東西南北だった。今年の配置はかなり偏ったといえる。


 今、目を凝らすと遠くに見えるのはオリヴィエの陣だ。開始は全員がそれぞれの陣地から。始まると同時、一斉に事前の作戦通り移動するのだ。


 細く長く息をついた。真っ白になったそれを見ながら時計を取り出せば、あと2分程で開始の合図が出る。


 着込んでいる甲冑を見下ろす。手を広げ、ぐ、ぱーと握ってみる。たくさん考えたし、やれることは全てやった。準備は万全のはずだ。

 それでもこんなにも手が震える。


 馬を操り後ろを振り返った。


 600の視線が私一人に注がれている。彼らを率い、全員の命運を握るのは、他でもない私だ。


 あと1分。


「…間も無く戦が始まります。命令はただ一つ」


 しんとしたこの空間では、声を張らなくとも声が届く。兵たちが武者震いをじっと抑えながら、将たる私の言葉に全身で耳を傾けている。まさに嵐の前の静けさだと、肌で感じた。


「必ず、勝ちなさい」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 空から鳴り響く鐘の音。剣を高く突き上げた。


「行くぞォォォ!」

「オォォォーーーーー!」


 猛る兵たちの咆哮が大気をビリビリ揺らす。砂埃を撒き散らし、私たちは走り出した。


 私は主力の軍を率いて一直線にオリヴィエの陣へ向かう。攻撃力の高い兵を中心に全体のおよそ3分の2の400人をつぎこんだこの軍で猛攻をしかけ、一気に攻め落とす作戦だ。


 残りの約3分の1は自陣を守る防衛軍だ。陣には将軍の命たる旗を内包する岩の塔がそびえ立っており、それを取り囲むような布陣で既に持ち場についている。


 本陣を離れることに不安はない。私は兵に恵まれた。ここを任せるに値する優秀な兵士がこの軍にはいるのだから。


「では、頼みます!」


 振り返って叫んだ視線の先で、岩の塔の正面を陣取ったその人物が、うっとりするほど綺麗なお辞儀をするのを見た。



「頼まれました。ご武運を」



 きっと今、高貴な猫みたいな目を細め微笑んでいるだろうセクティアラ様ほど、私の旗を守るのに頼もしい味方はいない。

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