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 王立貴族学園は、貴族の子供達が3年間寝食を共にし貴族の何たるかを学ぶ全寮制の学校である。

 16歳になる年に入学し、政治学から魔法学、マナー等々多様な教養を身につけることを可能にするが、それは決して座学だけにとどまらない。この国の貴族は戦う。民を守るため、王を脅かす敵を排除するため、戦争となれば兵をまとめ上げ自らも剣を振るう。よってこの学園では武器や魔法を使った戦闘力も重視され、実技にも力が入れられていた。


 そんな、貴族なら男爵から公爵まで誰もが避けて通れない関門であるこの学園には、大きな2つの特色がある。

 ひとつ、16人の『称号持ち』の存在。

 ふたつ、その称号の獲得に大きく関わる4つの『行事』の存在。


 毎年一年が終わる頃、16人の生徒に学校から称号が授けられる。全学年合同で、男女3人ずつに『三強』。そしてさらに男女5人ずつに贈られるのが『五高』。

 この称号を持ったものは学園内であらゆる特権を得られ、それは卒業した後も同様。王からの恩寵も、望んだ役職も。約2000人の一般生徒たちが喉から手が出るほど欲し憧れる代物である。

 称号の贈呈は一年の終わり。つまり、第3学年の生徒であれば称号を賜った約2ヶ月後に卒業を迎える。

称号持ちとして卒業することは特に名誉なこととされ、昨年度は2名の三強と6名の五高がその栄光を得た。したがって現在学園に在籍する称号持ちは8名である。


 称号を得るには、その一年間様々な分野において非凡な才を周りに見せつけ教師陣をうならせる必要がある。

 その舞台こそ、普段の学校生活に加え、春夏秋冬計4回行われる『行事』なのだ。

 毎年細かな変更はあれど内容はほぼ変わっていない。300年という伝統の長さはそのままフアバードン王国建国からの年数でもある。貴族であれば世代を超えて誰にでも通ずる、良い話の種である。


 そうして互いに切磋琢磨することで得た経験・知識は貴族としてみなを幸せにするために。

 「貴族たるもの、弱きを救け、弱きを守り、弱きを挫くを挫け」とは、御年116歳学園長のお言葉である。


 ***


 この春王立貴族学園に入学する私の名前は、レベッカ・スルタルクという。広くて豊かだが王都から遠い領地からはるばるやって来た。

 私は半年前母を亡くしている。何年も病気と闘った、優しくて強い母だった。侯爵家の娘だった母が、何か普通とは違う雰囲気を纏っていたのが気のせいでなかったと知ったのは、亡くなる前日だった。


「落ち着いて聞いてねレベッカ。母さまは転生者なの。この世界は『乙女ゲーム』と呼ばれていたわ」


 曰く、王立貴族学園を舞台に、主人公が好きな『イケメン』と恋をする『乙女ゲーム』があったとか。

 曰く、この世界がそのゲームに酷似していて、主人公と思われる『稀有な治癒魔法の才を持つ平民の娘』も発見されているとか。

 曰く、―――私が『悪役令嬢』である、とか。


 ここで母はまた私を抱きしめた。この一年間で当たり前になっている動作だった。


「母も父も兄も、レベッカ、あなたを愛しています。大丈夫よ。あなたが物語の中の彼女とは全く違う人間だということは、母さまが保証してあげますからね」


 母は決して私に嘘をつかない。たとえ母の話がどんなに荒唐無稽であろうと、その目の強い輝きを見てしまえば、嘘と疑う心は湧かない。『乙女ゲーム』のことも、母が私を愛していると言うことも、すんなり信じることができた。

 強く頷いてから母の胸に顔を埋めると、その声は涙ぐんで、学園で始まるゲームに身を投じる私を遺し死ぬことが悔しくてしょうがないと言った。


「あなたが生まれたとき、何が起こっているかに気づいたわ。シナリオを変えるため色んなことをしてきた。あなたに違う名前をつけようとしたり、王子との婚約を断ろうとしたり、少しでも長生きしようとしたり。大体はうまくいかなかった」


 『シナリオの強制力』とでもいうのかしらね。母は苦笑いして言った。

 私は背筋が凍りつく思いだった。話が変わらないのなら。だって、母が話してくれた、そのゲームのラストは。


「でも確かに変わったことはあった。父と兄との関係とか、婚約者に対する想いとか、図らずもできたお友達とか。そして何より、レベッカ、あなたがこんなにも素敵な女の子に育ったことよ」


 母は笑った。心から幸せだと思っているように見える笑顔だった。私の泣きぼくろを指の腹で撫でるのは、泣き出す寸前の私を宥めるときの母の癖だった。

 だから私は目元にぐっと力を入れて、それでもどうしても震えてしまう声で1つだけ聞いた。


「母さまは…後悔していらっしゃらない?私を、産んだこと」


 ゲームのラストは主人公と攻略対象全員によるレベッカの悪行の断罪、王子との婚約破棄、そして何より――スルタルク公爵家の没落。

 我が身だけじゃない。家族、使用人、代々のご先祖様にだって申し訳が立たない。私はそれが最も怖かった。

 母は私の手を握りしめた。


「当たり前です。それに安心しなさい。ラストは必ず変わるわ。その助けにと思ってこれを書いたの」


 母が渡してくれたのは一冊の手帳。表紙には丸の中に何やら文様が書いてある。


「母さま、これは?」

「『攻略本』よ。私が覚えていること全てを時系列で纏めたわ。どうしても主人公目線になってしまったけど…うまく立ち回るのに役立つと思うの。表紙に書いてあるのは『マル秘マーク』よ」


 『日本語』っていうのよ、といたずらっぽく笑った母は、次の日帰らぬ人となった。

 昨日はあんなにたくさんおしゃべりしたのに。これも『シナリオ』で決まっていたことなのだろうと察しがついた。そう思うと胸の内に湧いたのは怒りだった。


 私は負けない。母を殺したシナリオになんて絶対に従わない。私を愛してくれた、母のため。必ず幸せをつかもう。そう誓って涙を拭った。


 「頭がおかしくなったんだと思われちゃう」との母の言葉通り、私は次の日王都から駆けつけて私を抱きしめた父にこのことを伝えなかった。

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