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勝負を受けた以上選抜にすら残らなかったらスルタルクの名が廃る。根を詰めて準備をした結果、私は見事20人の選抜入りを果たした。
セクティアラ様や殿下はもちろん、エミリアやメリンダの名前もあった。メリンダはやれば優秀なのだ。気が向かないからやらないだけで。他に知人では兄やオリヴィエ、フリードなど。第1学年ではランスロットやガッド・メイセンも選抜組に名を連ねていた。
今回は三強の在校生4人全員が選抜入りを果たしているが、彼らにも得意分野と苦手分野がある。
セクティアラ様は知力に長け、幻獣も強力だが、フィジカルは強くない。純粋な戦闘では分が悪い。
オリヴィエは逆で、武力に突出し幻獣も戦いに向いている。だが賢さは他の三強に比べれば劣るし、今回の『研究』などはあまり得意ではないはずだ。
ルウェイン殿下は全ての分野をトップクラスにこなす。特に魔法は彼の独壇場。『秋』の優勝候補筆頭だ。
ヴァンダレイも全てが高水準のオールラウンダーだが、彼の場合は特に『冬』での活躍が期待される。彼の愛馬と剣の腕が『合戦』で強力な力を発揮するためである。
『秋』で四人の発表を聞くのが楽しみだ、楽しみなのだが。くじできまった順番はセクティアラ様、殿下、私と続き、4番目はエミリアだった。
寮の自分の部屋に帰ると、ペラペラと攻略本をめくった。手に取るのは久しぶりだった。母さまを思い出し胸が痛い。
『秋』のページを開く。そこには当日何が起こるかが詳細に書いてある。母の字を指でなぞった。
「…『オウカ襲撃事件』。」
ゲームのファンは『秋』をこのように呼ぶらしい。
***
「『発表中主人公の様子がおかしくなる。オウカの魔法で操られた主人公は研究の成果である高度な治癒魔法をオウカに使ってしまう。オウカは体を復活させるきっかけを得、すぐに姿を消し、魔法研究発表会は中止となる』、か…」
実は今回、エミリアの研究をかなり手伝った。エミリアの扱う治癒魔法という分野は他の分野に比べ遅れている。魔法使いの絶対数が少ないせいだ。だから治癒魔法は今まで、怪我や病気を治せても重症・重病を完治させることはできないとされてきた。
しかしエミリアに限り、治すだけの魔力はある。何といっても歴代最高だ。問題はそのやり方だ。
治癒魔法は相手の自然治癒力を極限まで高める魔法だ。よって完全に失われた組織を復活させるには工夫が必要となる。
そこでエミリアは、自分の魔力を具現化し、壊れた細胞や組織の代わりとして間を埋めようと考えた。これが今回のエミリアの研究であり、オウカが狙うものだ。
エミリアから魔力を受け取ったオウカは、自分の魔力をかけ合わせてその効果を限りなく増幅させ、自分の体をまるごと作ってしまうのだ、なんと。そして精神体を石から体に移すことに成功、復活し、満を持して『冬』を迎える。
このことがわかっている私はエミリアの研究を止めるべきだったのだろうが、それはどうしても忍びなかったし、何よりこの研究には計り知れない価値がある。
きっとこの先、誰かの大切な人を救うことになる。
だから私は当日エミリアのポケットにクリスティーナを忍ばせるにとどめることにした。
それにしてもオウカはどこから情報を入手しているのだろう。現時点でエミリアの研究の内容を知っているのは、私とメリンダ、それに4月から私たちによく話しかけてくるランスロットだけだ。生徒から情報が漏れているわけではないのだろう。
夏のイベントでの発言を鑑みても、何か特殊な情報源があるのはたしかだ。
そうして、少しだけ肌寒くなった頃、私たちの『秋』が始まった。
***
いつも行事の説明を受けてきた講堂。『秋』に限りここが会場となる。
壇上下手には学園長を含む審査員5名。壇上上手には選ばれた20人。残る全校生徒はお行儀よく座り、発表に耳を傾ける。
発表者は発表順に座っているので私は殿下の隣だ。「寒くないか」、「手は冷たくないか」と上着やらなんやらを被せられた。「あれ、私熱とかあるんだっけ?」と思わずにはいられない過保護ぶりである。
1番手、セクティアラ様の研究は素晴らしいの一言に尽きた。
遠距離通信における現在の最先端技術であるクリスタルを応用した人間自体の呼び出し。クリスタルを媒介とし座標を固定することで安全性を追求・易化に成功した。言うなれば転送魔法の安心簡単版だ。扱いにくささえ克服すればこの国の転送魔法のあり方が大きく変わるだろう。
100もの分身を生み出す能力を持った、彼女の幻獣である蝶から着想を得たということだ。
2番手は殿下。殿下は去年から、『魔法でできることを増やす』を通底のテーマに据えている。今年はなんと、水の魔法に火の魔法と自然系魔法を組み合わせることでごく簡単な治癒魔法を再現することに成功した。これは激震だった。生得の才がなければ無理だと言われていた治癒魔法を、高水準の魔法の才能が求められるとはいえ、他の人間も使えるようにしたのだ。誰よりも魔法に精通し潤沢な種類と量の魔力を持っている殿下だからできたことだ。質は本物の治癒魔法使いに劣るにしても、殿下はその有り余る才気を見せつけたと言っていいだろう。
そして次は私の番である。私は何を研究するかかなり迷った。だって私はクリスティーナの力を借りなければ何もできないのだ。
そこで開き直って、『クリスティーナの力を如何に使うか』を研究テーマにすることにした。私たちは皆幻獣の力を借りるが、それはあくまで借りているだけ。厳密には自分の力ではない。しかし私とクリスティーナの絆が伝説の龍が生まれてくるほど強いなら、魔力を本当に私のものにする、つまりクリスティーナと魔力の共有を行うことができないものかと思った。殿下と同じく、三年間をかけこの研究を続けようと思っている。
今年は初歩的な魔法をクリスティーナの力を借りて使うことに成功した。クリスティーナが龍の姿に覚醒して、私の体に触れている時のみ、という条件付だ。
クリスティーナの全魔力がいきなり私の体に流れ込んだら最悪体が爆発するので、巨大なタンクに小さな蛇口をつけ、ちょろちょろと出して使っているようなイメージだ。それでも今までになかった試みなので、審査員の反応はなかなかだったように思う。
「ああ、緊張した」
割れんばかりの拍手の中、私の独り言に律儀に返答したのは次の発表者エミリアだ。「ご立派でした」と言ってくれた。
「ありがとう、エミリアも頑張ってね」と返しつつ、クリスティーナがエミリアの上着の下に滑り込むのを確認する。
「皆さんご機嫌よう。第1学年のエミリアです。早速ですが、私の研究は――」
オウカ、いつでも来い。そんなふうに構えていた私は時計の針が進むにつれ戸惑いを隠せなくなった。
オウカが来ない。何も起こらないまま発表が進んでいく。ついに「ご静聴ありがとうございました」との声が聞こえ。盛況のままエミリアの発表が終わった。そして次が始まり、その次も。
オウカは、『秋』に現れなかった。




