27
『夏』と『秋』は間隔が狭い。『夏』が晩夏に行われることに加え、『冬』が行事の中でも最も大掛かりで準備期間が長いので、『秋』が前倒しになるためだ。
今から1ヶ月後の10月中旬が『秋』。その名も『魔法研究発表会』だ。概要の説明は不要だろう、名は体を表す。芸術の秋、学問の秋。行事の中で最も文化的なのが『秋』なのだ。
『秋』は事前に選抜がある。3学年合同で20人が発表の権利を得る。
選抜まであと三週間。周りをあっと驚かせる魔法を如何に開発するか、腕の見せ所である。ちなみに私に見せる腕はない。魔法は苦手分野だ。『秋』は最初から諦めていた、のだが。クリスティーナが状況を変えた。クリスティーナが内包する膨大な魔力を利用すれば、もしかしたらどうにかなるかもしれない。
どうしようかなあ。
一人教室で考え込んでいた。机に薄いピンクの蝶が止まっている。指を出したら止まってくれた。体の中がざわりと震えたのはそのときだ。
「やだ、あなたどこの子?」
それは色濃い他人の気配。間違いない。この蝶、幻獣だ。
わざわざ接触してきたのだから主人は私に用があるのだろう。蝶はふわふわ飛んで教室を出て行こうとする。席を立って後を追った。蝶を追いかけるのは6歳で卒業したつもりでいたのに。
そのまま裏庭に出ると、少し涼しい風が吹く中、1人の令嬢がベンチに腰掛けて私を見ていた。完璧な角度で揃えられた爪先、膝で重ねられた白魚の手。ただの座り姿でも圧巻の令嬢力である。こちらも姿勢を正さずにはいられない。
そういえば蝶は彼女の幻獣だった。
「御機嫌よう。お呼び立てして申し訳ありません。少しお話がしたかったの」
相手はすっと立ち上がった。
「セクティアラ・ゾフと申します」
三強の名を冠する彼女はどこまでも礼儀正しい。そんな彼女に心からの敬意を表し、私も頭を下げる。
「存じ上げております、ゾフ様。レベッカ・スルタルクと申します」
私は彼女に対して個人的に思うところがある。彼女はゾフ侯爵家の娘。実は彼女こそ、ゲームでスルタルク公爵家が没落した後、兄が婿入りした先。 シナリオで彼女は兄の婚約者だったのだ。
しかし今その婚約関係はない。どちらも誰とも婚約していないのが現状だ。
顔を上げて相手の表情をうかがった。ゲームでは特に内面に言及がなかった彼女。今何を考えているのだろう。
「単刀直入に申し上げますね…1ヶ月後に『秋』があるでしょう」
「はい」
「私と勝負を致しませんか」
え?
「私の愛しい人は、私ではなくあなたを大切に思っていらっしゃいます。私との勝負を受けてくださいませんか。そして私が勝った暁には、その方と婚約を結ぶのに協力して頂きたいのです」
「愛しい方とはどなたでしょう。差し支えなければ教えて頂きたいです」
「ルウェイン殿下でないことはお約束致します」
「よし来た」
「え?」
私は淑女を脱ぎ捨てて拳を握りこんだ。
「お任せください。あなた様のために、たとえ火の中、水の中。勝負をしてからと言わず、今すぐにでもお手伝い致しましょう」
「え?え?」
セクティアラは、いやセクティアラ様は混乱している。それもそのはず。話を持ちかけた直後相手が突然はちゃめちゃにやる気を出したのだからついていけないのも無理ない。
しかし私はもう決めた。
口元に片手を当てているセクティアラ様。猫を思わせるぱっちりしたお目々が少しだけ不安に揺れている。波打つような髪は、光り輝くような殿下の金とはまた違った金色で、秋の恵みたる稲穂を連想させた。全体的に小柄でどこか小動物を思わせるが、振る舞いは洗練されて美しい。
そんなご令嬢が、毅然とした態度で、しかし同時に隠しきれない羞恥に頬を染めて、愛しい人への気持ちを語ってきたのだ。
なんと可愛らしい!
私はこの数分間のやり取りだけで彼女につくことを決めた。彼女の心を射止めたのは一体どこのラッキーな殿方だ。
「教えてくださいませ。愛しい方とはどなたです?」
どうか教えて欲しいと、心を込めて聞く。逡巡のあと、桜色の唇がその名前を呼んだ。
その直後、私は顔がひきつるのを止められなかった。
待って、しまった、
「ヴァンダレイ・スルタルク様です…」
兄さま!
少し考えればわかることだった。ゲームでも愛のある結婚だったのかもしれない。兄とはかれこれ6年程顔を合わせていないのだが、このような方に好いてもらえる男になったのか。
それにしてもまずい。私は兄を相手にどう協力できるだろう。
というか、あれ?
「お姉様、先程兄が私を大切に思っていると仰いましたか?」
「おね…?えっと、はい」
「どういうことでしょう?」
尋ねたらセクティアラ様の顔が曇ってしまった。
「ヴァンダレイ様は以前から、婚約のお話は全て『妹が一人前になるまで妻をとるつもりはない』と断られている、と伺って…」
「それでしたら大丈夫です。父が考えた方便です」
それは縁談が煩わしくなったらこう言えばいいんだよと父が兄に教えたものだ。父子家庭という事情を持ち出されて、常識のある人間なら引かざるを得なくなる。一応私を引き合いに出すからと前に父がわざわざ教えてくれた。
兄が今それを使っているのだとしても、学園での生活や公爵家を継ぐための仕事で忙しく結婚はまだいいと思っているだけだろう。ゾフ侯爵家の娘と結婚する旨味を伝えてアピールすれば普通に目を向けてくれるはずだ。
それか私が父に頼めばことはもっと簡単に運ぶだろう。なんていったって、ゲームでは結婚までいっているのだから。
「ですがレベッカ様、」
「レベッカとお呼びください」
「れ、レベッカ、私は彼と婚約する権利を自分の手で勝ち取りたいのです。あなたの協力を得るのも、ご厚意に甘えるだけでは嫌なのです。『秋』での勝負は受けて頂きたいわ」
彼女は可愛らしく上品でいじらしいだけでなく誠実さと気高い心をも併せもっているらしい。
「承りました」
二つ返事だった。




